第7回 実録!過労死

第7回 実録!過労死

「この求人なら、おまえ向きじゃないか?」
L大学に通うUくんが友人にそう言われたのは、残暑の厳しい9月中旬の事でした。

就職活動真っ最中のUくんは、今日も友人と一緒に大学の就職課へ求人票を見に来ています。

「どれどれ」

友人が差し出す求人票のファイルに眼を落とすUくん。そこには、Uくんも行った事のある居酒屋を始め、和食から洋食、ファミリーレストランまでを幅広く手掛ける一大グループ企業、Z社の求人が掲載されていました。

「おまえ、サービス業が希望なんだろ。Z社なら東証一部上場だし、給与もなかなかのもんだぜ」

飲食店でのアルバイト経験が豊富なUくんは、そこでお客様と接する事のおもしろさをおぼえ、一生の仕事にするなら接客業と決めていました。給与も初任給194,500円と確かになかなかの水準です。

念のために自宅に帰り、パソコンで新卒向けの求人サイトも見ましたが、そこにも初任給196,400円+残業手当との記載があります。初任給の違いも、求人サイトの方は関東圏の例で、Uくんの大学は関西にあるため多少の差が出ているだけのようです。

「よし、これだ」

早速Uくんは大学の就職課を通じてZ社に応募しました。結果、飲食店での豊富なアルバイト経験が高評価を受け、見事に採用となったのです。
しかしUくんの地獄はここがスタートでした。

入社から3週間が過ぎ、今日も関西支社の研修室で新入社員研修を受けるUくんは、その場で驚くべき事を聞かされました。

それは、初任給についての詭弁としか言えないカラクリです。

実はUくんの基本給は123,200円、時給換算で713円。なんと関西地区の最低賃金です。この時給713円に残業の割増賃金として1.25を掛けたものの80時間分が71,300円。基本給との合計194,500円。

つまり、求人票に記載されていた初任給194,500円と言うのは、1ヶ月80時間の残業を前提として設定されていたのです。しかも月の残業時間が80時間を切った場合は、勤怠控除として給与がカットされてしまいます。

面接のときにこの話しを聞かされていれば当然入社はしませんでしたが、時すでに遅し。ここで辞める事はUくんの就職活動を応援してくれたご両親を裏切る結果にもなり、とうてい出来ません。

研修を終え店舗に配属されたUくんは、毎日早朝の8時前に出勤し、家に帰るのは午前さま。月100時間以上の残業という激務が始まりました。しかし、もともと80時間の残業が義務付けられているような会社ですから、この程度の勤務は当たり前と言った雰囲気で、上司は少しも激務とは考えていないようでした。

そして入社からわずか4ヶ月後の8月初旬。過重労働がたたったUくんは心不全を起こし、帰らぬ人となったのです。

享年24歳。あまりにも短い生涯でした。

これは本当にあった話です。

Uくんの死後、ご両親は会社を相手に裁判を起こしました。月に80時間もの残業をいわば義務付け、24歳の若者を死に至らしめた罪。裁判所はその罪の所在を会社だけでなく社長以下役員にもあるとして、共同での損害賠償を命じました。

過労死に対するトップ個人の責任を、裁判所が初めて認めたのです。通常、過労死をめぐる裁判で損害賠償の責を負うのは会社そのもの、つまり法人であり、経営者個人が賠償を命じられる事はまずありません。

それは、普通、残業を命じるのは直属の上司であり、企業のトップが一従業員に直接命令をする事はあまり考えられないからです。

ところが、この事件の場合は月80時間の残業義務が労務管理の制度として導入されていました。そして、会社の制度である以上、導入を最終的に決めたのはトップに他なりません。つまり、この会社のトップは月80時間の残業を制度化する事で、全従業員に直接命令をしたのも同様と見なされたのです。

労災としての過労死の認定基準は月平均80時間の残業があることです。月平均80時間の残業を義務付け、基本給は最低賃金で、初任給として提示している給与は80時間の残業代を含んでいると言うカラクリや、過労死基準の残業をしなければ給与がカットされるという過酷な仕組みの全てが労務管理の制度として運営されている以上、トップが直接命令していたものと同視されることは当然です。

この判決が出た事で、過重労働に対する責任は法人とともに経営者個人にもかかってくるという認識を、トップは持たなければいけないでしょう。

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島村 進(しまむら すすむ)

社会保険労務士

1961年神奈川県生まれ。近畿大学法学部法律学科を卒業後、広告代理店入社。その後、経営者団体相談員を経て、平成8年、社会保険労務士試験合格。平成11年、福岡総合労務管理事務所設立。通常の社会保険等の手続き業務に加え、企業防衛のための就業規則の作成など労務管理に関する法的整備のコンサルティング、事業承継・事業再生における労務問題対応、労働者・退職者との労使紛争解決支援、訴訟対策支援など、企業における労務の「困った」の解決に力を入れている。

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