子育てと同じように気を配り育てた「苺」 池上農園
何回道に迷っただろうか。大木町の路地裏にある小さなイチゴ農園、その細道の中でも見逃してしまいそうだった。公共交通機関なら西鉄八丁牟田駅か蒲池駅、車なら八女インターから国道442号線を西へ向かうと良い。ただ慣れないうちは、最後の寄せで苦労する。もし迷ったときの目印は小学校である。小学校の裏から入っていった田畑兼住宅街の途中に、小さなのぼりを見つけることができる。
池上祥子代表は一生懸命な方だ。多分、会った人は皆同じ印象を抱く。1年半前に初めて会ったとき、苺の加工に取り組んでおられた。冷凍苺とコンフィチュール、こう言ってしまっては身も蓋も無いが、ちっとも珍しい商品ではなかった。それをまた慣れない販売活動で何とか販路を広げようとしているその姿は、自社の存続や拡大を目指すビジネスパーソンには見えない、また、とにかく出来ることを手当たり次第に仕掛けている一農家、でもない。それはむしろ、我が子を守るために命を削る母親の姿に近かった。

中でも「博多あまおう」は、県・JAグループが全力でブランド化を図ってきた切り札とも言える商品であり、我が国の農産を北海道とともに背負うこの九州で、鹿児島・宮崎・熊本等に比べると農産の位置づけが圧倒的に低い福岡県(九州の人口の38%、505万6千人を抱えながら、農産額は2,179億円で九州全体の13%に過ぎない。出所:総務省「都道府県別人口平成19年10月1日現在」 及び 前出「農業産出額」)の、農産における競争の生命線とも呼べるものである。
「博多あまおう」が、他の農産物と別格の扱いを受けていることは、県やJAグループのホームページを確認することで伝わってくる。
例えば、JA全農ふくれん社のページ「いちごの国から 博多あまおう」では、キャラクタービジネスの雄、サンリオ社の作った可愛らしい苺のキャラクターに彩られたあまおうの紹介を見ることが出来るし、福岡県農産物ブランド化推進協議会が運営するページ「ファームステーションふくおか」のトップは「博多あまおう」の写真が飾られている。(2010年8月15日現在)しかし、その位置づけゆえに、高付加価値商品として取り扱われ、地元市場への流通以上に都心部への「国内輸出」が優先されていることも事実である。

◆ 福岡よかもん市場の当社ページ → http://www.yokamon.jp/shop/Y440/index.asp
◆ 可愛らしいデザインの当社ブログ → http://ichigoman.ocnk.net/
◆ 農業共済新聞 記事 → http://nosai.or.jp/mt/2010/08/post-1119.html
ブランディングのイロハとして、あまり商号を左右するのは好ましくないが、名前が変わっても共通するのは、溢れる苺への愛情である。
例えば「子育てと同じように」「大切な方への贈り物等、喜ばれる」「真っ赤な可愛らしい実」「ひとつひとつ愛を込めて」「より苺をいとおしく思えて」等、ホームページ、商品案内から、筆者が伺ったメモひとつに至るまで、その苺を愛でる言葉に溢れている。
池上農園の苺栽培の歴史は古い。ご主人のお祖母さんが畑を始められて、もう約50年になるそうである。2代目がご主人のお父様、3代目が池上代表のご主人だった。ご主人は土作りこそが、農の力であることを訴え、土から販売まで、組合を離れ一切を自分達で行う道を選んだ。
その矢先のご主人の急死、そして4代目として、2反の畑を引き継いだのが、現在の池上代表である。慣れない苺作り、守ってくれるのは池上代表のご両親であり、ご主人のお母様であり、またご主人の仲間でもあった同じ志を持つ、農家さん達であった。そして6年弱、池上代表は今、ひと粒ひと粒の苺にその歴史と想いを刻みながら、愛情を込めた苺作りを行っている。

また、付け焼刃では連携は成らないこと、心行くまで探してください、そんなことを伝えた。その後、池上氏が積極的に異業種交流会や相互展示会に参加したということを、風の噂だったり、共通の知人から耳に入ったり、後から伝え聞いたり、ということがあった。
昨年の秋頃、私は池上代表を、とある食品系のイベントへ参加するように誘った。熱心な取組み姿勢や、他の参加者とのコミュニケーションを図ろうとする動きは、以前に増して、とても頼もしいビジネスパーソンに見えた。
そして、今年になって、この九州から発信する食のプロジェクトのメンバーとして、池上氏の名を見た。彼女は、自分が育てた苺を、この育ててくれた土地の人とともに味わいたい、ということを繰返し唱えてきた。今回のプロジェクトは大きい。きっと自分が育ててきた「愛情いちご」を、この土地で、そしてこの土地から広げてくれる、またそんなきっかけを掴む日が来たのだろう、と筆者は願っている。


(左端中段が池上代表 農園の仲間たちと)
福岡県と苺
農林水産省が公表している「平成20年農業産出額」によれば、福岡県の苺の算出額は175億円(全国比10.6%)であり、県別では栃木に次いで2番目である。中でも「博多あまおう」は、県・JAグループが全力でブランド化を図ってきた切り札とも言える商品であり、我が国の農産を北海道とともに背負うこの九州で、鹿児島・宮崎・熊本等に比べると農産の位置づけが圧倒的に低い福岡県(九州の人口の38%、505万6千人を抱えながら、農産額は2,179億円で九州全体の13%に過ぎない。出所:総務省「都道府県別人口平成19年10月1日現在」 及び 前出「農業産出額」)の、農産における競争の生命線とも呼べるものである。
「博多あまおう」が、他の農産物と別格の扱いを受けていることは、県やJAグループのホームページを確認することで伝わってくる。
例えば、JA全農ふくれん社のページ「いちごの国から 博多あまおう」では、キャラクタービジネスの雄、サンリオ社の作った可愛らしい苺のキャラクターに彩られたあまおうの紹介を見ることが出来るし、福岡県農産物ブランド化推進協議会が運営するページ「ファームステーションふくおか」のトップは「博多あまおう」の写真が飾られている。(2010年8月15日現在)しかし、その位置づけゆえに、高付加価値商品として取り扱われ、地元市場への流通以上に都心部への「国内輸出」が優先されていることも事実である。

(JA全農ふくれん園芸部運営 「博多元気ドットコム」より)
池上農園と苺栽培
池上さんの苺は、文句無しに美味しい。筆者は職業柄、こういうことをめったに口にしないが、これは間違えない。加工品の技術や、販売方法はいざ知らず、苺作りはホンモノである。池上代表は、「愛情いちご 池上農園」という名称で、自社苺のブランド化を図っていたが、今は「ベリーの森 聖(せい)」の名でネット販売を行っている。◆ 福岡よかもん市場の当社ページ → http://www.yokamon.jp/shop/Y440/index.asp
◆ 可愛らしいデザインの当社ブログ → http://ichigoman.ocnk.net/
◆ 農業共済新聞 記事 → http://nosai.or.jp/mt/2010/08/post-1119.html
ブランディングのイロハとして、あまり商号を左右するのは好ましくないが、名前が変わっても共通するのは、溢れる苺への愛情である。
例えば「子育てと同じように」「大切な方への贈り物等、喜ばれる」「真っ赤な可愛らしい実」「ひとつひとつ愛を込めて」「より苺をいとおしく思えて」等、ホームページ、商品案内から、筆者が伺ったメモひとつに至るまで、その苺を愛でる言葉に溢れている。
池上農園の苺栽培の歴史は古い。ご主人のお祖母さんが畑を始められて、もう約50年になるそうである。2代目がご主人のお父様、3代目が池上代表のご主人だった。ご主人は土作りこそが、農の力であることを訴え、土から販売まで、組合を離れ一切を自分達で行う道を選んだ。
その矢先のご主人の急死、そして4代目として、2反の畑を引き継いだのが、現在の池上代表である。慣れない苺作り、守ってくれるのは池上代表のご両親であり、ご主人のお母様であり、またご主人の仲間でもあった同じ志を持つ、農家さん達であった。そして6年弱、池上代表は今、ひと粒ひと粒の苺にその歴史と想いを刻みながら、愛情を込めた苺作りを行っている。

(光沢を帯びた赤色 当社の大粒のあまおう)
明日へ向けて 農商工連携
筆者が最初に池上代表に会ったとき、彼女はほとんど単騎で戦っていた。これだけ素晴らしい苺を作る人でありながら、加工や販売までを全て手掛けようとしていた。私は、それぞれの分野にはそれぞれのプロフェッショナルがいることを伝え、あなたは苺作りのプロフェッショナルであること、そして他業種のプロとの連携を図ることの重要性を示唆した、そんな記憶がある。また、付け焼刃では連携は成らないこと、心行くまで探してください、そんなことを伝えた。その後、池上氏が積極的に異業種交流会や相互展示会に参加したということを、風の噂だったり、共通の知人から耳に入ったり、後から伝え聞いたり、ということがあった。
昨年の秋頃、私は池上代表を、とある食品系のイベントへ参加するように誘った。熱心な取組み姿勢や、他の参加者とのコミュニケーションを図ろうとする動きは、以前に増して、とても頼もしいビジネスパーソンに見えた。
そして、今年になって、この九州から発信する食のプロジェクトのメンバーとして、池上氏の名を見た。彼女は、自分が育てた苺を、この育ててくれた土地の人とともに味わいたい、ということを繰返し唱えてきた。今回のプロジェクトは大きい。きっと自分が育ててきた「愛情いちご」を、この土地で、そしてこの土地から広げてくれる、またそんなきっかけを掴む日が来たのだろう、と筆者は願っている。

(苺のギフトに入っていたしおり 「子育てと同じように」)















