これまでパン一筋で25年間パンに携わって来られた前田さんは勤務していたパン屋を辞めた後、2008年8月にパン工房 グラン・エピを開業されました。店舗のオープン直後にはリーマンショックによる不況の影響で売上の減少に見舞われながらも、お客様とのコミュニケーションを大切にしながら地元の人とのきずなを深めていけるパン屋を目指されています。

-起業前はどのようなお仕事をされていたのですか?
パン一筋です。北海道から沖縄まで各有名百貨店に出店している神戸が本社のパン屋さんで25年働いていました。最初はパンを作る方で、その後はほとんどが営業でした。最初に配属になった店舗の店長が辞めるということで「店の営業をやってくれ。」と言われて、作る方は3ヶ月くらいしかしないうちにすぐ営業に配属されたんですよ。
-起業されたきっかけを教えていただけますか?
パン屋さんには25年勤めていて、最終的に営業部長でした。仕事としては九州の各百貨店内のお店を、2ヶ月に1回巡回をしながら百貨店の方達と色んな話をしたりするものでした。でも、あんまり自分が向いてないというか、お酒の席が多いからお酒は飲む、タバコは吸う、おいしいものばっかり食べるので、こんなのやっぱり嫌だなと感じてました。
今から5年前に会社を辞めて、(まだその時にはパン屋さんをやろうと思っていなかったから)自分の歳に合った仕事は何だろうということで、いろんな仕事を見に行ったんです。そしたら今の日本にはないんですよね。53歳ですって言ったら、おじいちゃん扱いされて・・・、掃除とかそういう仕事しかなくて、馬鹿にすんな!って思いました。
まだ、今の若い者には負けないし、若い人なんかよりよっぽど動くんですよ。だから夜勤もやったり、弁当屋さんに行ったり、ケーキを作ったりとか色々アルバイトしました。
もうこの年だとアルバイトしか雇ってくれないんですよ。
それで、何か自分でやろうと思ったら、今まで25年間やってきたパン屋さんしかないと思いました。こういう年齢で起業するって言ったら、無謀だとかって色々言われましたけど、年齢は関係ないと思ったし、やる気さえあればなんとなかるって思いました。
で、過去にお取引のあった業者の人達に相談したら、「ここの店舗が前もパン屋さんだったけど辞められたので居抜きでありますよ」ってことだったので、じゃあ俺がそこを継ぐよってことで話を進めました。
開業の準備を始めた頃に大濠の方のパン屋さんから「うちにおいでよって。」誘いもあったけど、でも、やっぱり自分でやるしかないのかなって思ってました。とにかく自分はパンに携わる仕事しかできないと思っていました。
-パン屋さんをオープンするのに準備にはどれ位かかりましたか?
ここのお店は2008年8月1日にオープンしました。オープンする3ヶ月くらい前に店舗が見つかりました。でも、自分なりに計画を立てていたのはその半年くらい前からだから、準備期間は合わせて1年弱位です。
店が決まる前は場所とかもわからないので、具体的な計画じゃなくて、おぼろげな計画で、どういうお店にしようか、商品はこのように作ろうか、フランスパンはこれ位の種類で、菓子パンはこれ位でとか・・・そんなことを考えていました。そして、店舗の立地が決まってからは具体的に計画を立てました。
パン作りは前の会社で3ヶ月しかしてなかったから本を見て、猛勉強でした。でも、25年間、パンに携わっていたので、自分では作っちゃいなかったけど、それを販売したりとかいろんな中で、いろんなことが分かってました。それと、チーフとして採用した職人さんがすごく腕が立つ方だったので、一緒にやりながら作り方とかをずーっと見て、ああするんだな、こうするんだな、と覚えていきました。その後に来た職人さんも29歳と若いんですけど腕が立って、ここにはそういう腕の立つ職人さんばかりがきてくれたので、その2人を見て覚えました。教えてくれとか言えないんですよ。彼らも僕の方が年上だから教えてくれって言ってもすごく気を使って教えにくいんですよ。だから、黙ってやることをチラッチラッ見ながら覚えましたね。
-創業資金はどうされましたか?
国金さん(現日本政策金融公庫)から借りました。この店を見つけてくれた人から中小企業の援助をしてくれるところがあるからって聞いて行ったんですよ。そしたら「商工会議所の中村課長を紹介するから行っておいでよ。」って言われて、中村課長のところに行って、そこからトントントントーンって。「国金さんに電話しておくから、誰それさんを尋ねて行って下さいね。」って言われて行ったんですよ。そこからはもう国金さんと僕との間で進んでいきました。
-従業員は何人で始められたのですか?
国金さんに計画書とかも出さなければならないから、売上はどのくらいだろうとか計画を立てていったんですね。だったら社員を1人、アルバイトを2人、僕の4人でやろうってことになって、社員は経験30年の職人さん、アルバイトは販売1人と製造1人を採用することにしたんです。

-お店をオープンしてからはどうでしたか?
2008年8月にオープンして、「こんなに売れていいんだろうか?」って言うくらい売れました。何にも宣伝していなかったにもかかわらずオープンの時は1日で20万円近くいったんですよ。開業してからコンスタントにお客様が来てくれて、平均したら月商で230万円、240万円くらいまでいったので、これだったら十分採算が合うなって思ってたんです。
ところが、11月からサブプライムの問題が出てきて、あっという間でしたね。だんだんだんだん、お客様は来てくれるんだけど、お客様がお金を使わなくなってくる・・・。
例えば130人くらい来てくれてたとしますよね、それが100人くらいに減るんですよ。なおかつ、700円ちょっとくらいの客単価だったのが、500円とか450円とかに落ちてくるんですよ。それがオープンの年でしょう、2009年、今年とやっぱり悪くなってますよ。
で、僕は同じようにパン屋さんをやってる人をたくさん知ってるから、やっぱり連絡取るじゃないですか。そしたらみんな同じような流れで、大変!あんまりマスメディアが100年に1度の不景気だとか言い出して、そしたら年末には派遣切りだとか、いろんな不景気の声ばかりがテレビとかで流されて、いい話一切流さない。そしたらみんなそう思っちゃう。
例えば1個180円とか200円という商品があったとすると、それが結構売れていたので、全く売れなくなりましたね。代わって売れるようになったのが、パンの耳とかを50円とかで袋詰めしたものだったりです。実際、そういう商品がボンボン出るし、予約の電話がかかってくるんですよ。1個70円の「よもっち」っていうヨモギのもちもちしたパンが1個50円、ミニクロワッサンが1個50円、そういったものが動き始めました。それまではそういうのは安い商品はあまり動かなかったです。逆に高いほうが売れてたんですよ。そういうのを見ると様変わりしたなーと思うんです。だから、商品の値下げをしました。
今は最初のアルバイトの子達も辞めちゃったし、最初の職人さんも体調を崩して辞めて、もう1人の職人さんも3月に自分の店をオープンするために1月に辞めて、その後、僕1人になってしまいました。それからだんだんいろんなことがちょっとずつ見えてきました。3、4人でやってる時は、給料日前になってくると計算ばかりしていてすごいストレスだったんです。それがなくなって、お店や商品をこういう風にしていきたいなとか考えられるようになりました。要はお客様のための後工程にもっとお金を使えるなと思ってます。
すべて後工程がお客様につながっていて、お客様が満足してくれるような使い道になればいいかなと思って、今は気分的には少し楽になってましたね。
-1人でされているとしなければならないことが多すぎて、ご苦労も多いですよね。
パンというのはちょっと置いておくと、例えば暑いときとかは発酵するんです。もう時間との戦いだから、そういうのがすごく大変ですよね。今年の1月16日から1人だったけど、1月いっぱいはものすごくイライラしました。それまでは3人とかでやってたのが1人でやるってなると、一遍に3つのことをやらないといけないから。サンドイッチ広げながら、仕込みをしながら、ブーって鳴ったら釜へ行って商品出して、そういうのを最低3つやらないと回っていかないような状況だったのです。もうピリピリピリピリしてましたけど、でも、慣れればどうってことないですよ。

-創業のタイミングとしては厳しかったですね。
8月にオープンして3ヶ月くらい良くて、そのままトントントントーンって行ってれば見えるものが見えなかったかもしれないです。「おー何だ、こんな感じじゃないか。」って。
で、ガーンって頭叩かれて、これでもか、これでもかって。去年なんかみたら、1月は大雪でお客様は来ない、6、7、8月は長梅雨で、雨ばっかり・・・。ここは雨が降ると道が川のように水が流れちゃうんで、お客様が入って来れないんですよ。で、雨が上がったら今度はカンカン照りになってあまり暑すぎて誰も来てくれない。こんなに気温とか天候とかを毎日新聞で見たり、携帯で見たりしたりしたのは初めてでしたね。だから、天候とかは綿密に売上と一緒に書くようにしてます。
ベビーカーでお母さんが赤ちゃんを乗せて散歩をする、そういう気候の時だけどんどん来てくれますよ。滅茶苦茶入って来てくれます。お客様が入って来てくれる天候の条件がすごく狭いことに気付きました。
今度博多駅に阪急百貨店と東急ハンズができるんですよ。そしたら、ここから香椎の方とかもっともっとマンションが建ってくと思うんですよ。もっともっと開けてくると思うんですよ。だからちょっと開業が早かったのかなーって思うんです。この店の前の道路は5年前くらいに出来たらしいんですが、広いんですよ。その前は3号線の方がメイン通りになっていたんですけど、こっちのほうが道路の幅が広くて、車の交通量も多いんですよ。でも、まだ人通りは向こうが多い。こちらから積極的に働きかけるわけじゃないから、毎日ここを車で通っていた人がこの前1年半経って来て「ここパン屋さんだったんだねー。」って、「毎日通ってたけど何かわからなかった。」って言われるんですよ。そういうことは3年位経たないと認知されないのかなーと、コツコツやっててもそういうもんなんだろうなーと思いましたね。
-もともとは高級なパンが中心だったのですか?
最初はおいしいパンで、いい材料を使って、ということでスタートしましたから高額品がメインだったんですよ。お客様達が「あそこはおいしいけど値段が高いからね。」と言われているのが耳に入ってきてたんです。不景気になってどんどん悪くなってきた時に「これはいかん、やっぱり下げよう。」ということになりました。かと言って材料もとことん落とすわけにはいかないから上を使っていたのを中の中位の材料を使うことにしてやっぱり値段を下げました。

-こだわりや力を入れていることはどういうところですか?
フランスパンと食パンはこだわっていますので、フランスパンと食パンは絶対味を落とさない。初めて来たお客様が「ここのお店はどういうパンにこだわってるんですか?」と聞かれたら間違いなく「フランスパンと食パンにこだわってます。」と答えます。食パンは『パンカレ』という食パンと『玄米食パン』と2種類しか置いてないですけど、「皮が薄くて無添加で絶対おいしいですよ。」って言ってます。1回買って行かれた方は絶対リピートしていただけるんですよ。
あとは、ずっとやってて思ったけど、お客様は選ぶ楽しみを求めてるんですよ。だから小さなパン屋さんで、例えば10種類しかないって言ったら選ぶ楽しみも何もないんです。
最初3人でやっていた時は85アイテムあったんですよ、ジュースやスープを入れたら100アイテムは超えてたんですよ。今は僕1人だから少なくなったけど、それでも65アイテムはあります。

フランスパンがあり、調理パンがあり、デニッシュがあり、クロワッサンがありと置いておいて、個人のお店だけど「あそこに行ったらある程度いろんなパンがあるよ。」と言われるようにしています。動物パンとかは、うさぎとかカメとかコアラとかパンダとか、そういうのも子供連れで来たら楽しみだしね。

で、500円以上お買い上げになったらコーヒーは無料にしてるし、僕は品揃えだと思ってますね。
-その65アイテムは定期的に入れ替えもされているんですか?
入れ替えもしていますし、季節のパンも出しています。この時期は桜あんぱんです。バレンタインがあって、ひな祭りがあって、こどもの日があってとかそういう時には季節のパンを出してます。干支パンを出したりとか、あそこに行けば何かやっていると言われるようなことをやっていきたいですね。
でも、毎回毎回新商品を考えていくのは大変なことで、1人じゃなかなかできないので、以前のパンを復活させたりとか、いろいろ工夫しています。お客様はちょっとしたことで、例えば黒ゴマをかけていたものを白ゴマに変えたりと、それだけでも新鮮に感じられるんですよ。だから、ちょっとした形を変えるだけで、そういうニュアンスを汲み取ってくれるからそういう点でありがたいですよね。
1ヶ月に3、4種類は変えていきますよ。ちょっと伸びが悪くなったものは落として入れ替えて、また悪くなってきたらまた入れ替えてという感じですね。
-お店だけでなく、外部での販売もされていますよね?
去年、県庁から「月に2回、地下の総合売店でパンを販売しませんか?」というお話があったんです。「どのくらい売れるんですか?」って言ったら、「3万円分位じゃないですかね。」って言われたので、じゃあその倍くらい持って行こうかって、滅茶苦茶作って6万5千円分位持って行ったら、1時間半で売り切れたんですよ。で、去年は1年間ずっと月に2回入れてもらって販売してたんですよ。そしたら今年の1月から量は今までより少ないんですけど今度買い取りにしますからというお話があって助かりました。
それと去年の7月から近くのホテルからも話しがあって毎日テーブルロールとか、フランスパンとか食パンとかを取っていただいて、それもずいぶん助かっています。あと今年1月の半ばから学生寮が食パンを毎週月曜日と木曜日に6本とか8本とか取ってくれるんですよ。そういうのがトントントーンって来たから、それで助かってますよね。

-どのようなきっかけで納入されることになったのですか?
県庁は400人くらい入る食堂の人が出ちゃって代わりにやる人がいなかったそうなんです。で、総合売店の方が県庁の方から「どこか当たってもらえませんか?」と頼まれたらしいんですよ。その方がうちのホームページを見て電話してこられて、「売店で販売したりとか、祭事みたいなことは興味がありますか?」と言われたので、「出来ることならばやってみたいと思います。」と答えたんです。
ここのお店のままだったら、どんどんどんどん売上が下がってきて「これから一体どうなるんだろう?」と思ってたところだったので、すごいありがたかったです。ホテルの方は、僕らが商店街の事務所に行って、「どこか入り込めるところないかなー?」なんていう話をしている時にたまたまそのホテルの方が来られて、「今入っているパン屋さんが評判良くないから、すぐじゃないけど話してみるから。」という話になって、そこから4ヶ月くらい経って決まりました。
-パンがおいしいからそういうお話がくるということですね。
それはありがたかったですね。最初に勤めてたパン屋さんのやり方をある程度引き継いできているから。そして最初の職人さんも有名なパン屋さんの人だったから、その2つのやり方をミックスしたような感じで工夫しています。
-パン屋さんを創業する予定の方へのアドバイスもされているということですが。
これからパン屋さんを創業する方が商工会議所に相談に行かれて、そこから紹介されて今まで3人ほどみえました。「今の時期は大変だよ。」という話はまず最初にしますね。お客様のためにある店だから、お客様に喜んでもらうことを考えていかないと、自己満足だけではお客様は離れていくからとか、十人十色のお客様がいらっしゃるからその1人1人に満足してもらうというのはなかなか難しいことだけど、自分のお店に来てもらうお客様には気持ち良く買い物していただいて、またあのお店に行きたいなと思ってもらえるようにとか、今まで会社だったりしたら間違ったことをしても上司が注意してくれるけど、これからは誰もそういうことを言う人はいなくなるわけだから、自分で判断して行動していかなければならなくなるからとか、すべての行動はすべてお客様につながっていくわけだからとか、そういうお話をさせていただきます。3人のうち2人の方がもうお店をオープンされました。
-どのようなお店を目指されていますか?
最初はね、パンの専門店みたいなのをやりたいなと思ってましたね。そこのお店に行ったら、いろんなパンがあって、わざわざ百貨店に行って買わなくてもいいような専門店みたいなパン屋さんを小さくてもいいからやりたいと思ってたんだけど・・・。
今は1つはこういう時期だから安全・安心みたいなのは食べ物だから当たり前で、なおかつ、今やりたいのは、これまで1年半やってきてお客様がもうある程度このお店の味というのをわかってきてくれているので、それにもっともっと磨きをかけてお店の個性をもっとわかってもらえるようにしたいですね。
「フランスパンと食パンはあなたのところのがおいしいのよ。だから、フランスパンと食パンだけはわざわざここに買いに来るのよ。」と言われるような、ここでしかないそういうのをきちんとやっていきたいですね。
それと僕も57歳だから、後釜を作りたいんです。後継者を作って、ここの後のことも考えないと。そういうことを考えながらちょっとずつやっていきたいですね。あとはお客様とコミュニケーションをもっと取れるようになればいいかな。今は1人で朝からパンを作っていて、常連のお客様が見えたら窓から手を振られるから「こんにちは」ってやるんだけど、もっと余裕ができて話ができるようになればいいなと思っています。

-後継者ということですが、パン作りは元々持っている素質によるものが大きいのですか? それとも経験を積んだら身に付けられるものですか?
パンにはその人の個性というか性格というものがものすごく出ますよね。パンで、二十数年間やってきたという職人さんは確かに腕は立ちますよね。けど性格が荒々しかったりするともろにパンに出ます。やっぱり協調性がある人とか、自分が腕を持っていても人の話を聞く耳を持つ人っていうのはすごくいいかなーって思いますね。
結局、一番怖いのは自分の長年の経験で、今はフランスパンと食パンを皆さんおいしいとおっしゃってくださるから、すごいありがたくやってるけど、もっと歳を取ってきた時にやっぱり人間って鈍ってくるじゃないですか。自分の感覚だけで自己満足して、頭も固くなってくるけど、それでも俺のパンはいいんだ、いいんだ、となってくると一番いけないことだし。
若い人は頭も柔らかいし、性格のいい人を育てていきたいなと思います。技術は身に付いてくるから生まれ持っている性格が活きてきますね。できれば、若い子を2、3年育てて、あとは任せられるようになればいいかなーと思ってます。
-怖いですね。パンを作ると性格がわかってしまうなんて。
例えば店長をやってた時も、朝開店前にお店に行くともうパンができてるんですよ。で、パンを見て「今日はあいつ休みか?」っていうと「はい、何でわかりますか?」って言われるので、「だって、これは彼が作ったパンやろう?」って。もう、すぐわかるんですよ。あいつが作るパンはこういう風になる、彼が作るパンはこういう風になるって。
百貨店の中であれば、8人とか10人とかで作るわけだから、たまにはいざこざとかがあるんですよ。そうすると、出てきたパンがやっぱり荒れてるんですよね。
-これからの予定や目標を教えてください。
無店舗販売を増やしていくことですね。ここの店舗ではこれが精一杯だと思うんですよ。特に天候とかに左右されるし、駐車場もないお店だから。
でも、県庁やホテル、学生寮は売上が安定しているから、他にも学校とかに商品を入れられたらいいなと思ってます。そういうのを夏くらいまでに固めていければ人手も必要になるけど、僕はもう手一杯だから、その時に人を入れて、育ててみようかなと思ってます。
売上の比率としては、本当はね、ここのお店は最初で本店というお店だから7割とか8割とか欲しいんですけど、やっぱりこういう形だからね。ここが5割です。だから半分はお店の外で販売したいですね。外への販売がなかった頃は、雨が降るとイライラするし、天候次第でものすごく気分が滅入っていたんだけど、外への販売が増えてくると全然気にならなくなってきました。

女房ががんばって配達に行ってくれてるし、天候が悪くてもちゃんとお金が入ってくるわけだから。女房は百貨店でショップマスターをやっていたから、営業は得意なんです。人を育ててちょっと余裕ができてきたら、色々な人と話すのが好きだから、そういうのをやってもらったらいいかなと思ってます。
それと、今まではたまたま外での販売の話が来たけど、これからはこっちの方から交渉に行ってみようかなと思ってるんです。
-将来の夢や目標を教えてください。
この箱崎の地元の人達、子供とお母さん達に動物パンの作り方とかのパン教室をやったり、そういうお客様達とのコミュニケーションがとれる場を提供したり、地元の人たちとのきずなを深めたりという展開ができればいいなと思ってます。
【レポーターのコメント】
「パン工房 グラン・エピ」の前田さんは25年間のパン屋勤務で培った経験やノウハウを生かしてパン屋を開業されています。会社を辞め、独立して自分で事業を始める時に何をするか?と考えた時に、やはり経験により培ったノウハウに勝る強みはないのではないかと思います。
開業後はフランスパンや食パンに強いこだわりを持ち、不況による売上の減少に対応するために値下げをした時もフランスパンと食パンだけは絶対に味を落とさないということでがんばっておられます。
不況だからと言って全てのパンの原材料を見直し、値下げをしてしまうとお店の持つ強みや特徴が失われてしまいかねません。そうするとお店の競争力までもが失われてしまい、景気が回復しても売上は回復しないということにつながってしまいます。
前田さんは創業に当たって資金調達の相談を商工会議所にされています。商工会議所だけでなく、自治体などでも創業やさまざまな経営の相談窓口が設けられています。創業にしても、経営上の悩みにしても一人で考えるのではなく、積極的に相談窓口に相談することが成功への近道ではないかと思います。

添付資料(印刷用にご利用ください)
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レポーター:大串 明子(おおぐし あきこ)
中小企業診断士、1級販売士、経営学修士(MBA)
外資系コンピューターメーカーでコンサルティングやシステム構築に携わり、その後、投資会社で経営管理実務を経験。2008年に独立・開業し、現在は経営コンサルタントとして活動中。事業計画、経営革新計画の策定、創業支援などを中心に中小企業の支援を行なっている。- パン工房 グラン・エピ
東区箱崎1-4-10 102号
TEL 092-651-1218営業時間
平 日 8:30~19:00
土日祝 9:00~17:30
※売り切次第、閉店します
定休日:第2、4日曜日















