契約書に押してもらう印鑑は実印が必要か?
Q.この度、新たに大きな契約を取れることになったのですが、先方の会社が大きな会社で、契約書に代表印(実印)は押せないと言われています。通常、先方の会社では、今回の規模の契約については統括部長である取締役IT事業部長の印鑑で契約をしているそうです。当社の規模からすれば大きな取引ですので、万が一にも間違いがないようにしたいのですが、先方の言うとおり、取締役IT事業部長の印鑑で契約をしても問題ないでしょうか?
A.そもそも、契約書になぜ印鑑を押すのかということについて、一度考えてみる必要があります。
契約書というのは、重要な書類であり、権利義務の内容やいざというときのペナルティー等といった法的な約束事が記載されています。商品を販売したとしたら、この契約書に基づいて、幾らの代金をいつもらうことができるのか、そのために必要な条件は何か、どのような商品をどの状態にすれば「納品」と言えるのか、後日商品に不具合があった場合はどの範囲で責任を負うのかといったことが、全て決められることになります。
つまり、契約書がなく、口約束だけであれば、決まった代金の回収すら覚束ないと言えます。
ところで、法律上の「契約」というのは、当事者間で約束事が決まれば、その瞬間に成立します。したがって、契約書のない「口約束」であっても、合意が成立すれば「契約」であると言えるのです。
しかしながら、口約束では、後日「言った、言わない」のトラブルになったときにどうしようもありませんので、決まった約束事を記録として残しておくために、「契約書」というものを作成するのが一般的です。
そこで、この「契約書」にさらに押印をするわけですが、この「印鑑を押す」という行為には、二つの意味合いがあります。
一つ目の意味は、「真正な文書の推定」という効果です。民事訴訟法228条4項は、「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と規定しています。この意味は非常に難しい点を含んでいるのですが、非常にわかりやすくするために多少乱暴にまとめてしまうと、「本人の署名又は押印があるときは、その文書に書かれたことはその名義人の真意であるとして扱う」ということになります。つまり、「確かに文書には書いてあるが、本当はそういう約束じゃなかった」ということを、原則として言わせない、ということになるわけです。
二つ目の意味は、「意思表示の終局性」ということです。つまり、印鑑を押してある文書は、「草案」や「検討中の案」などではなく、よく考えた上での最終決定がなされたものであると扱う、ということです。このような結果、印鑑があることによって、その文書に記載された内容は原則として争えない(=争っても負けてしまう)という強い効果が付与されるのです。
ところで、当然ですが、ここでいう「署名又は押印」は、「本人」のものでなければなりません。ところが、三文判などもたくさん売られていますし、会社の印鑑も色々なものがありますから誰かが偽造するかもしれません。
つまり、せっかく印鑑を押してもらっても、「それは私の印鑑ではありません。」と言われてしまえば、「本人の印鑑」であることを証明できない以上、全く無価値となってしまう可能性があるのです。
この「本人の印鑑」であることを証明するもっとも的確かつ強力な方法が、「実印」を押してもらい、印鑑証明書を添付してもらうというやり方です。実印は、あらかじめ個人の場合は市区町村役場に、法人の場合は管轄する法務局に届出された印鑑のことを言います。どんな印鑑でも「実印」として登録すれば「実印」となります(但し、大きさ等、若干の制限はあります)ので、必ずしも立派な印鑑である必要はないわけです。
「実印」と「その他の印鑑」の違いは、「印鑑証明が取れるか否か」だけです。
そして、この印鑑証明書が添付されていることによって、その印鑑が「実印」であることが証明され、通常、「実印」は本人が所持しているかまたは本人から権限を付与された者が所持しているのが普通ですから、「実印」があることによって、「本人の意思で印鑑を押した」ということが証明されるのです。
会社の場合、いわゆる「丸印」と呼ばれる「代表取締役之印」というものが「実印」として登録されているのが一般的です。いずれにしても、会社との取引の場合、この「実印」を押印してもらわない限り、その会社と契約したというきちんとした証拠にはならない可能性があります。
特に、いわゆる「角印」と呼ばれる印鑑などは、よく使われますが、これはただの「認印」と同じものでしかありませんので、注意が必要です。
また、「取締役IT事業部長」名での契約にも問題があります。
会社として契約を締結できるのは、代表権がある人だけです。代表取締役や、支店決裁の契約であればその「支店長」等がこれにあたりますが、代表権のない「取締役」には、会社を代表する権限はありません。
したがって、「会社」と契約したというためには、原則として、「代表権」のある人の名義が必要です。
では、どうしても、このような「代表権」ある人の「代表印(=実印)」での契約書を作ってもらえないときはどうしたらよいでしょうか?
その場合は、その「会社」との契約であることを確認するため、他の方法を併用する必要があります。日ごろから取引のある会社で、通常この程度までの規模の契約は「IT事業部長」に権限があるということであれば、そのような以前の取引がきちんと問題なく履行されていることを確認し、その際に使用されている「IT事業部長」の印鑑と同じものを使用されていれば、一応、会社の付与した権限内での押印であると考えてよいと思います。
ただ、はじめて契約をする相手などについては、そのようなこれまでの取引事例との照合はできませんから、たとえば相手方の代表者に「契約のお礼」の電話やメールを送るといったように、代表者(=会社)もきちんとこの取引を了知していることを証拠として残す工夫などが必要でしょう。
また、一般的な与信としても、初回の取引から大きな規模にするのではなく、小規模の取引に分割して、少しずつ決裁してもらって実績を積みながら、徐々に規模を拡大していくことが望ましいと言えます。
営業チャンスを逃したくないという要請と、リスクを回避したいという要請とを、どのように調和させていくのか、経営者のバランス感覚とリスク回避のテクニックが要求されるところです。
契約はしたいが、形式上の不備について少しでもリスクを回避したいということであれば、契約書の本質に遡れば、代替手段はあるものです。そのあたりは、契約前に、日ごろお付き合いのある弁護士等にご相談されてみるのも一つの方法だと思います。
なお、商工会議所では、弁護士による法律相談も、毎週月曜日と金曜日に開催されていますので、適宜ご利用ください。
















