「お茶一杯からはじまった「はとバス」の経営改革」(2009/09/07開催)

「お茶一杯からはじまった「はとバス」の経営改革」(2009/09/07開催)

事業承継には様々なケースがあります。
大事なことは“お客様のためには何が必要か” “社員は大切に、ただし甘やかさず、仕事は厳しくすることが重要” これが実践できれば自ずと次代のトップが見えてきます。宮端氏の社長就任から始まった「はとバス」復活劇。顧客の声、従業員の声に応える体制づくりを皮切りに、社員自ら改善案を作る全社員サービス研修で意識を変える改革を推進しました。社長や役員は自腹でバスに乗り顧客と同じ目線でコースを体験するなど、トップの率先垂範で社員に現場第一、顧客第一の心を築きました。
今回はそんな実体験から得たリーダーの役割を、事業を受け渡す立場、受け継ぐ立場のそれぞれから解説します。これからの事業承継を考える経営者の皆様のヒントにしていただけたらと思います。

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事業承継 地域力連携拠点事業

こんにちは。ご紹介いただきました宮端です。本日は福岡商工会議所の事業承継セミナーにお招きをいただきまして、ありがとうございます。経歴紹介をご覧いただいたとおり、私は大阪の商家に生まれた一人息子です。姉が一人おりますが、商家にもかかわらず一人息子の私には家を継がせず、姉に婿をとり(家を継がせ)、私は「出て行ってよい」ということになりました。大阪の船場は婿養子をとるところが多いのですが、親になぜそうなのかを聞くと、「自分の息子に家を継がせるとつぶされてしまうから婿を取った、だからお前は出て行ってよい」と言っておりました。結果的にみたらそれは正しかった気がします。事業を承継できなかった不適格な私が「事業承継セミナー」の講師をするのは大変恥ずかしいのですが、反面教師として話を聞いていただければと思います。 私は地方公務員として35年間東京都庁で勤務いたしまして、在職後は2つの民間会社で各4年ずつ、計8年間経理の仕事に従事いたしました。いわば43年間仕事中心の生活を送ったわけですが、率直に申し上げて、その間に多くの挫折・失敗をし、多くの皆さんに迷惑をかけました。今日は「はとバス」の事例が話の中心になりますが、その中で私が何を学びとり、反省・教訓としたか、いわばケーススタディとしてお話をさせていただきます。後半の1時間は、平成10年(今から11年前)に経営危機、倒産寸前に陥った「はとバス」が、4年間でどのように復活したかということをお話いたします。先に申し上げたとおり、(経営危機後)初年度で黒字になり4年間で累積欠損金を全額返済し、借金を半分にして復配出来たのは、「社長」ではなく、「社員」でした。社員が涙と汗と血を流した結果です。この内容を後半の1時間でお話したいと思います。

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最初に、私自身が43年間の仕事の中で何を学びとり反省としたか、それを一言で表すとしたら、「現状維持は破滅となる」ということです。今、世の中は、世界同時不況で大変な状況にあります。私もこうして全国をまわっておりますが、昨年まで一番元気だったのは東海地方で、九州ではこの福岡でした。いつも地方を回っていて言われていたのが、「福岡ストロー現象」ということでした。要は福岡に全てを吸い取られてしまう、ということを他県の人はおっしゃっていました。しかし昨年の10月以降、世界同時不況でガタっと落ちていき、大変な状況になりました。特に雇用関係がそうです。そのような中で、懸命に苦労されている経営者の皆様からは、「現状維持をするだけでもたいしたものじゃないか!」というお叱りを受けるのですが、それを承知の上であえて「現状維持は破滅を迎える」ということを43年間私が反省と教訓から申し上げます。なぜかというと、時代や環境の変化に機敏に対応できないものは取り残され、滅んでいくからです。皆様よくご存じのダーウィンは今年でちょうど生誕200年で、今から約150年前に活躍した人です。ダーウィンは「一番賢い人が生き残っていくのではなく、環境の変化に機敏に対応したものこそが生き残っていくのである。」ということを言っています。これを今日どう解釈するのか。私は都庁やはとバスの後輩には「時代や環境の変化に機敏に対応できる人こそが、本当に強い人であり賢い人だ、そう考えてこれから頑張ってくれ」と言っています。よく「失敗を恐れるな」といわれますが、恐れなければならないことがあります。それは失敗から何も学ばないことです。毎日毎日の真剣勝負の中、どうするのかが問題です。誰も助けてくれないのです。事業承継=発展だということは言葉では分かります、しかしそう簡単ではない、それをどうするのか、ということが今日のテーマの一つでもあります。要は我々組織も個人も昨日と今日と明日、同じ事をやっていてもダメです。特に意識改革が重要です。これが、私が失敗から学びとった反省であり教訓であります。そのことを最初に申し上げます。 

では、何でも全て変えればよいかというと、そうではありません。俳聖と言われる松尾芭蕉は、「不易流行」と言っています。これは俳句だけの問題ではありません。これは経営にも当てはまります。「不易」とは何かというと、それは変えてはいけないものです。本質的なもの、オリジナルなもの、長い間歴史と伝統に培った社訓や先祖の遺訓など、これらが不易=変えてはいけないもので、変えなければならないもの、これが流行です。これを見極めるのが経営者です。しかしこれが難しいのです。皆様、すぐ「よそがやっているから、あそこがやっているから」と真似をし、それがうまくいかないことがよくあります。不易流行は俳句だけでなく、経営にも当てはまることで、それを見分けるのが経営者です。それを見分ける、分別できるかが問題です。(私はできない方ですが)そう思います。

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先ほど申し上げた通り、昨年までは東海地方が一番元気でした。特に中小企業の経営は景気がよかったです。しかし今年、1月・2月の賀詞交換会などに招かれ出席すると、「去年の10月から12月までは対前年比でマイナス10%から30%まで下がった、だから12月までは不安だった」と彼らは言っていました。あれだけの右肩上がりで成長してきたわけですから、大変な事態だと思います。しかし、この1月・2月の業績をみて、「不安が恐怖になった」と経営者の皆さんがおっしゃるっていました。私が「どうしてですか」と尋ねると、「ワークシェアリングや社長の給料を減らしたりしながら、なんとか雇用(社員)を守ろうと思ってきたが、この1月・2月になると半年先の仕事が分らなくなってきた、守りようがなくなってきた、だから不安が恐怖になった」とおっしゃるのです。去年まで一番元気だった「東海地方」がです。3月に底をうったなどと今言われていますが、この1月・2月、経営者はこのようにおっしゃっていました。大変な時代になっています。要は、現状に対する不満と将来に対する不安、この不満と不安が複雑に交錯して、先行き不透明、閉塞感、何が起こるか分からないという意識が覆っています。あまり暗い展望ばかりを言っても未来がないので、明るい展望が欲しいというのが経営者には当然必要ですが、この不満と不安、先行き不透明という中で何をどう考えていくか、ということになります。

時代を取り巻く環境は2つあります。ポイントは2つです。一つは二極化、格差拡大の時代です。二極化というといろいろな種類がありますが、私の経験から二極化の特質は何かというと、まん中の中途半端が苦戦するということです。これで失敗します。二極化というのは難しいです。安物ばかりでいった方がよいか、あるいはブランド品ばかり行った方が良いか、これは職種によっていろいろありますが、右往左をしてはダメです。中途半端はダメです。日本は世界に比べると格差の少ない社会です。何十年か前までは、一億総中流意識というものがありました。しかしこの数年かでそれも吹っ飛びました。失われた10年といわれて今日まで来ています。また、新しい「失われた10年」が始まるかもしれません。そういうように、格差がどんどん広がってきています。特に雇用が顕著です。皆さんも国の発表を新聞やテレビでご覧になったと思いますが、去年の1年間で年収200万円以下の人が1000万人を突破しました。福岡は全国平均に比べるとまだ、恵まれています。ワーキングプアー、派遣村が出てきました。契約社員・派遣社員の問題が出てきました。全世界を通じても雇用の格差が一番大きいです。アメリカもそうですが日本もそうです。日本でも実質の失業率は10%になっていると言われています。これをどうしていくのか、というのが国・地方を通じての一番の課題となっています。雇用の格差が所得の格差を生み、それが消費にまで影響を及ぼしているのです。経済学者も政治家も皆異口同音に言います。景気を良くするためには4つの要素がありますが、その中で1番に言われるのが「個人消費を上げること」です。これが6割を占めているそうです。その個人消費が上らないのが現状です。国が発表したデータによると、この1年間で所得が平均で100万円落ちています。個人所得が落ちているのです。消費があがらないのです。このことを国が発表している訳です。では、(このような状況の中)「どうするか!」ということが問題です。今度、民主党が(良いか悪いか別ですが)これまでは企業・団体にお金を出してきたけれどもそれではダメだということで、個人にお金を付けようとしています。これが子供手当であり、いろいろな無料化施策です。こういうように、新聞紙上で言われています。判断されるのはこれからの政治家であり、国民であろうと思います。このように時代が変わってきています。そういう格差の時代がきている、これが一つです。

もう一つは、今日のテーマの一つでもありますが、「価格より価値」の時代です。今までは不況ですから、価格一本槍で勝負が出来ていました。しかし価格だけだと一時の客は捕まえられますが永続性がない。今は、その価格一本槍+価値(=付加価値・こだわり)が重要になってきています。我々も東京でスーパーに行って、買い物をします。米のコーナーで見てみると、我々が買うのは、だいたい5kgで(東京では)2000円前後の米です。皆さんもそう変わらない価格で買っていると思います。ところが去年か今年にかけて不況にも関わらず、一番高いものは新米が5kgで3980円というのがありました。これは新潟南魚沼産のこしひかりです。店員に「こんなに高い米を買う人がいるのか」と聞くと「はい、お求めになるお客様がいらっしゃるので置いています。」というのです。二番に高い米は兵庫県の豊岡です。なぜ豊岡かかというと、豊岡にはコウノトリが生息していて、無農薬・無添加の米が栽培できるからだそうです。冬でも田んぼに水を張っているそうです。この無農薬の米は3680円でした。それで私が考えたのは、美味しいもの、食の安全安心の為には、お金を払う人がいるということです。(全ての人ではないですが) この不況の中でも「価値の時代」なのです。飲食店でもまずければやはりダメなのです。おいしければ30分でも待ちます。口コミで半年先の予約まで入っているレストランもあります。やはり質の問題が問われ、価格から価値の時代になってきています。量販店ではユニクロがデパートを凌駕して一人勝ちしています。これまでユニクロは980円の安物の専門店でした。ユニクロは中国に進出しようとしています。衣料品ではデパートは全てやられてしまいました。それは何がそうしたのかというと、彼らは「質」を上げたからです。ジーパンでも何でも、洗濯機で丸洗いしても大丈夫です。今までは「安い・安い・安い」でやってきたけれども、ちょっと変わってきたのです。人の心をつかみ始めたのだと思います。これは一つの例です。参考にするかどうかは別として。ただ言えることは「価値」の時代だということです。別の例でいくと、具体的には「健康」がそうです。病気にならないため、そのためのグッズやサプリメントが売れます。新聞やテレビで宣伝しています。ある有名な俳優が作家と対談した時に「僕は健康オタク」になったと言っていました。ありとあらゆる病気にならないためのサプリメントやグッズを買っているそうです。機械や薬まで。もう妻からは見放されて「なにをやっているのか・・・」と呆れられるが、何でも買ってしまうそうです。作家に「どういう心境ですか」と聞かれると、その俳優は「いまや効かないのを確かめるために買っています」と答えているそうです。そんな馬鹿な話はないのですが、彼は健康オタクです。特に女性は痩せたい・きれいになりたいという思いから、一本5万もする高い化粧品を買う人もいます。良い悪いは別として現実の問題です。健康というのは不況でも強いです。また(別の例は)最近は「エコ・環境」です。ブッシュ政権の時は「京都議定書反対」としていましたが、オバマ政権になると180度変わって、「グリーンニューディール」に変わりました。今、全世界を上げて「エコ・環境」になってしまいました。世界が変わったのです。今や、どの業種業態をみても環境問題を度外視しては事業の承継発展は出来なくなった訳です。時間がないので一つだけ例を申し上げると、ロンドンのスーパーで昨年から始まった取組です。スーパーでは、(肉や魚が沢山売っており主婦を中心に皆買い物に行きますが、)支払時に値段の横にフードマイルズが出るようにしています。フードは食べ物です。マイルは距離です。この食べ物がこのスーパーに来るまでの距離を示しているわけです。フードマイルズが出るわけです。このフードマイルズが高ければ高いほど、環境を悪化させるとしてお客様から敬遠されます。日本ではまだ行っていません。ロンドンではこのフードマイルズを昨年から行っています。環境という問題があります。良い悪いは言っていません。新エネルギーから始まって、いろいろな問題がありますが、あらゆる業種業態に大きく影響する時代になったということをご理解下さい。

結局何かというと、どの業種業態であろうとお客様のニーズを掴むしかないということです。これは鉄則です。ニーズというのは、客が欲しがるもの、求めるものです。ある新聞社が、お客様ニーズをつかんでいる企業1~100社までを掲載します。そのトップ企業の社長が「お客様のニーズは知っています。欲しがるもの、求められるものは解っています。けれどもそれを先取りできない、後追いするのが精一杯だ」と言うのです。トップ企業の経営者がそう言っています。では我々は一体どうすればよいのでしょうか。それくらい変化が激しいのです。増してwantsは表にでてこないのです。しかし、だからこそ我々が勝てるところがあるのだと思います。ニッチ産業がそうです。零細企業が大企業に勝てるものがあります。それがお客様のwants を掴むということです。Wantsとはなんですか?ニーズというのはお客様が欲しがる物・求められるものです。ニーズをつかんで先取りできなくても後追いすればなんとかやっていけます。しかしwantsは分らないのです。ですから、私は社員に「お客様が喜ばれるもの、感謝されるものを探してごらん」と言います。これしかないのです。これが wantsです。時間がないので一つだけ例を申し上げます。今から十数年前に新宿で百貨店戦争が起こりました。新宿というのは日本一のターミナルで当時一日250万人の利用がありました。駅ビルには伊勢丹と小田急百貨店があります。一番地の利があります。博多も同じような感じですね。駅ビルに百貨店が2つあり、そのから少し離れたところに三越、一番離れたところに伊勢丹があります。そこに十数年前、JR本社の横に高島屋が進出しました。これであの有名な新宿百貨店大戦争が十数年前に始まりました。結果的にどうなったかというと、一番元気なのは、一番離れている伊勢丹だと言われています。(伊勢丹の宣伝をするわけではありませんが、)一般論、新聞やテレビその他のメディアでも「一番元気なのは一番離れている伊勢丹だ」と言われています。三越は苦戦で伊勢丹に統合されてしまいました。今や百貨店でも生きるか死ぬかになり、単独では生き残れない状況になっています。大丸と松坂屋もそうです。最後まで残っていた高島屋ですら今年の4月に阪急阪神と統合しました。全部統合です。それでも危ない状態です。百貨店が潰れてしまうかもしれません。そういう時代です。百貨店がなぜ苦戦しているかというと、はっきり言いますと、ネット通販、テレビ通販にやられているからです。時代が変わっているのです。お中元も若い人はネットで行っています。こういう時代の中でどう戦っていくかです。ではその何が問題か。結論だけ先に言うと、百貨店は相変わらず「売り場」という意識があります。なぜ「売り場」というのか、それは「お客様に売ってやる場所」だからです。なぜ「お客様に来ていただいて買っていただく場」にしないのか。「売り場」から「買い場」の発想の転換がなければもう百貨店はダメです。胡坐をかいていてはダメです。売り場と言っても自分の社員が売っていません。実際は下請けの従業員が来て売っています。売り場から買い場への発想の転換が必要です。メーカーからユーザーへの発想の転換ができないとデパートは潰れていきます。現に、衣料品はユニクロに負けてしまいました。ではどうするのか・・・。十数年前の伊勢丹の例をとってみます。伊勢丹を作り元気をとり戻した発端は何かというと、新宿本店の婦人靴売り場の女性社員が提案したものが発端になったそうです。これは有名な話です。靴というのは紳士靴も婦人靴も左右で一足です。大きさは5mm単位です。この女性社員は3つの提案をしました。

  1. 靴を左右バラバラで売ること。左足は24cm、右足は24.5cmでもよい、極端な話、右足だけでも売る。(中には通勤途中に踵が折れて片足だけ買うという人がいるかもしれない。)
  2. 常時婦人靴の修理場を置くこと 
  3. ブランド品はお客が店に来て椅子に座ると定員が靴を運んでくるようにすること

この3つを提案しました。すると課長から「バカヤロー、そんなことをすると在庫が増えて儲からないだろう、何を考えているんだ、靴というのは左右一足で売るのが常識だろう」と怒られたそうです。しかし女性社員はめげずに役員に直訴し、役員が根負けして「半年だけやってみろ、やってみてダメだったら元に戻す」ということになったそうです。確かに在庫は増えコストも増えました。しかし売上が3倍になりました。ここがポイントです。 誰もがバラバラでは買いません。皆左右一足で買います。しかし伊勢丹は「バラバラ」で売りますということが、客の心を掴んだのです。ここから、他の社員(地下の食品売り場から始まり)がいろいろな提案をするようになったそうです。伊勢丹の宣伝ではなく、事実をも申し上げているのです。伊勢丹は新宿に「メンズ館」を作りました。メンズ館とは男性専門のビルで、ワンフロア全て、男性化粧品を売っています。男性が化粧品を買う=時代を先取りしたということで新聞にも取り上げられました。ここなのです。別に真似をする必要はありません。左右バラバラで売る、これが心を掴むのです。

今の不況の時代でいうと一つのキーワードがあります。「得した気分」というのがそれです。一番良い例はビール会社のサントリーです。サントリーは26年間赤字だった、ビール事業で昨年黒字にしました。サッポロを抜いて第3位に上がりました。これは事実です。サッポロがサントリーに負けたのです。キリン・アサヒ・サントリーになったのです。今度キリンとサントリーが統合予定だと言っていますが、その話はちょっと別にして、サッポロを黒字にさせたのは何かというと「お客様に得した気分を持たせる」ということでした。今年になって、ある個人スーパーの社長がテレビに出て次にように言っていました、「不況ですからみなディスカウントで安く物を売ります。当然昨年まではそのスーパーも同じように、10000円の商品であれば、赤でバツをして3割引7000円と書いて売っていました。お客様は『3割引で安くなった』と言って、これまではそれを買われていました。しかし今年からその方法をやめました。なぜなら、それだけだとこの不況の時代ではお客様の心を掴めないからです。10000円のものを仮に3割引いて売ってしまうと、お客様はその商品は7000円の価値しかないと思ってしまいます。これではだめだ。7000円と思われてはだめなのです。やはりこの品物は10000円だと思ってもらわなければならない。お客様が10000円払ったとしても損にはならない、これは、やはり10000円の価値がある、ということで割引をやめた」ということです。その社長は、最初は不安だったそうです。しかし必要な方は10000円で品物をかいます。その人がレジにきて支払う際、大入り袋に3000円を入れてキャッシュバックしたそうです。同じ7000円で売るなら、最初から3割引いて売るのがいいのか、10000円いただいてその場で3000円キャッシュバックするのがいいのか。お客様は後者だとびっくりして「ありがとう」と言うそうです。「お客様は悪いと思ってその3000円に2000円プラスして別の買い物をされます」と社長は言います。これで今年からそのスーパーは業績が伸び、ひとり勝ちしていきました。良い商法かどうかはわかりませんが、このようなことを行っている社長がいます。

また、九州の鹿児島にも昔からある24時間営業のスーパーで、子供も大人も老人も皆買い物に来るという有名なスーパーがあります。そこでは消費税5%を、お年寄りと子供にはキャッシュバックしていました。今でもやっていますか?この鹿児島のスーパーを東京のスーパーが真似したのかどうかはわかりませんが、このような報道がテレビでされていました。そのよう発想、(もちろんお客様の心は変わりますが)客の心をどう掴むかが重要です。意外性、新鮮な驚きで、次から次へとお客様の心の動きの変化をつかんでいくか。それはやはりお客様のwantsを掴むニッチ産業にあると思います。私にもなかなかできませんが・・・。

今日のテーマの一つになってきますが、ではこの不況の中で、事業を承継し維持・発展させるためには、どうしたらよいか。釈迦に説法だとは思いますが、あえて言うと4つの要素があります。事業を維持発展させて子供に承継させるために必要な4つの要素です。簡単に申します、①スリム②セーフティ③スペシャリティ④スピード、この4つのSです。たぶん皆様方の企業はお持ちだと思います。この4つがあればこの不況の中でも強いです。

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逆風の中でも前に進んで事業を維持発展させ、後継者にバトンタッチできると思います。この逆風の中でもピンチをチャンスに変えて前進していくものがあります。人間ではなく、ヨットがそれです。ヨットは逆風に向って前に進んでいます。ただし真直ぐには進みません。ジグザグです。ヨットをやっていらっしゃる方はご存じだと思います。追い風だと誰でも前に進みます。逆風に向かってヨットは前(ななめ)に進みます。そのヨットが前に進む条件は3つあります。

  1. 帆のはり方=ななめに張る 
  2. 舵の取り方=その逆に舵をとる 
  3. チームワークとリーダーシップ

この3つをバランスよくやっていくのが、ヨットが逆風に向かって前進していく秘訣です。バランス一つ崩したら転覆します。経営も同じです。ヨットを見習えということです。逆風に向かっても前に進めます。

  1. 帆のはり方=経営方針 
  2. 舵のとりかた=実施・運用 
  3. チームワークとリーダーシップ=常に風の具合によって変えていきジグザグに前進


こういう時代ですから、先ほど申し上げた4Sが必要になります。最初はスリム化です。現状は厳しいですからやはりリストラもしなければならないでしょう。スリム化には3つあります。生きるか死ぬかの時です。嫌ですけどリストラをやらねばなりません)

  1. 組織・人のスリム化
  2. コスト削減(コストのスリム化)
  3. 借金=有利子負債のスリム化

この3つのスリムを行うしかありません。しかしこればかりをやっていても事業は発展しません。今日のテーマにつながりますが、いつも社員を犠牲にしているばかりの会社は発展しません。だからと言って甘やかしたら会社は潰れます。どうしらよいか。これが経営者の手腕です。これで皆悩むわけです。

スリム化を私は否定しません。しかしスリム化だけをやっていては駄目です。スリム化は基本なことで、その上に残りのS(セーフティ、スペシャリティ、スピード)を行うことです。最初はセーフティです。今の言葉でいえば、お客様の安全・安心思考を掴むことです。企業でいえばCSRです。社会的責任です。CSRが企業投入されてもう10年経ちました。コンプライアンス=法令順守。皆知っていますね。しかし毎日のテレビや新聞で食品・建築その他の偽装問題が取り上げられています。大企業も中小企業も引っかかっています。食品は雪印から始まり吉兆やこちらの明太子まで含めて、東京で報道されています。皆解ってはいるのですが目先の利益のためにやらざるを得なくなり、やってしまっています。日本一の電力会社、T電力でさえ音プライアンスで失敗しました。社長以下全役員が辞職しました。T電力の社長がテレビの前で「コンプライアンスに失敗し、全役員が辞職します」と言って涙を流していました。「不正を起こさせないルールづくりと社内風土を作るしかないということを後輩に委託して我々役員は全員辞めます」と言って辞めました。しかし昨年またT電力はコンプライアンスで失敗しました。この3月期また赤字になっています。コンプライアンスは怖いです。別に食品・建築だけではありません。大企業から中小企業、皆同じです。

今日はコンプライアンスの話をしにきたのではありませんが・・・。コンプライアンスを社員に話しても中々理解されませんから、私は社員に向かっては「セーフティについては、『なら・しか』で行こう」と言っています。はとバスの例をあげると、「はとバスなら安心して乗れる、はとバスしか乗らない」と言っていただければよいと、社員に話しております。福岡県なら安心して住める、福岡にしか住みたくないと言わせればいいのです。全国の市民から、福岡県に行ってみたい、住んでみたい、住んでいてよかったと言わせるのが、自治体の仕事です。これを言わせることが出来るかどうかです。福岡のお世辞を言うだけではないのですが、次のようなことがありました。東京で「感動サービス」という本を見つけて読みました。これを書いた学者は次ぎのようなことを書いていました。夏休みに仕事で福岡のリゾートの研究するために福岡に来る予定があった。奥様が「太宰府天満宮に行った事がないから、一緒に連れて行ってほしい」と言われ、夫婦で福岡に来た。半日ほど資料を集めやリゾートの実態調査を行ってホテルに戻り、フロントからタクシーを呼んでもらい、真夏の熱い中タクシーで太宰府天満宮に行った。駐車場を降りてこれから天満宮の本堂で参拝しようとした時、奥様がめまいを起こして駐車場の横の木陰のベンチに座って休んでいると、そこへ先ほどのタクシーの運転手さんが走ってきて、「奥様大変でしょう、ここで涼を取って休憩してください。」と近くに売っていたかき氷を2つもて来てくれた。びっくりして「ありがとう」とお礼をいい、後でお金を払えばよいと思ってご厚意に甘え、二人でかき氷を食べた。少し落ち着いてから天満宮を参拝して駐車場に戻ると、今度は、梅が枝餅を2つ運転手さんがご夫婦に渡した。学者さんはびっくりして、「さっきのかき氷もお饅頭も会社からお金が出ているわけではないでしょう、あなた自腹を切ってるの?ならばお金を出します。」と言うと、その運転手さんは「福岡に来ていただいて本当にうれしい。私たちのこの福岡にまた来ていただきたいと思ってやっているだけです。」と答えた。

この学者が何をほめたかというと、運転手さんは自腹を切って善意でやっていて、しかも「私たちの福岡」と言ったその心に感動したそうです。これは福岡県知事よりも上だと思います。知事や観光案内所あるいは商工会議所の人たちがそれだけの思いを持ってやっていますか? 民間企業のタクシーの運転手ですよ。あえて実名は揚げませんがNタクシーと書いてあったそうです。福岡県に来る人の最初の案内窓口は駅の案内書であると同時にタクシーの運転手さんです。新しい名古屋市長が言っていたことですが、名古屋市長あてに国民からお叱りの手紙が来てそれを読んでみると、ある時サラリーマンが仕事で名古屋に来て、早く仕事が終わったので駅前からタクシーに乗って、「名古屋城はしょっちゅう見ているから名古屋城以外で1時間~2時間くらい見物するところはないか」聞いたそうです。その時のタクシーの運転手が「名古屋にはそんなものはないですよ」と答え、そのサラリーマンは怒って「もう帰る」と言って引き返して帰ってしまったそうです。その抗議の手紙が、「名古屋は何をやっているのか。せっかく、1~2時間でも時間があるから、観光をしようとしたのに・・・。運転手の教育くらいできないのか!」という内容で、市長に届きました。市長はびっくりして、行政は観光PRを一生懸命にやっているが、民間企業は別だということに気づき(反省して)、民間会社に応援を要請して徳川記念館を作り、1時間でも2時間でも名古屋城以外でも名古屋を見ていただけるものを作ったそうです。博多のNタクシーの運転手は、「私たちの福岡に」と言ったわけです。立派な市民です。公務員より上です。自腹切ってやっているわけです。これがおもてなしの心です。四国でいうお接待です。おもてなし=ホスピタリティ―と言います。ホスピタリティ―の語源はホスペスというラテン語です。ホテルもホステスもホスピタリティ―もホスピスもすべて言語はホスペスです。ではホスペスとは何か。言語からいうと、ラテン語ではお客様のことをホスペスといいます。そこからすべてきています。ですから、お客様との関わり、おもてなしの心のことを言っています。これが最近言われているサービスです。

話を戻して、「なら・しか」のことですが、これは組織も個人も同じことがいえます。「福岡に! この会社に!」というのがなければダメです。「あなたなら、あなたしか」と言わせるようなサービス、これがあればこの不況のなかで勝ちます。「しか」とは何かというと、支持・無条件の支援のことです。野球では「ファン」です。ホークスがそうでしょう?無条件で支援してくれます。阪神タイガースでもそうです。サッカーではサポーターです。無条件で支援支持してもらえる。私はいつも奈良県庁に行って「奈良も、奈良鹿せんべいじゃダメ。あなたたちはマホロバだといって思いあがって胡坐をかいていいてはだめ。」と叱ってきます。「なら・しか」なのです。信頼と支持、これがセーフティの基です。はとバスの一例です。

次がスペシャリティです。これは商品、サービス、技術の差別化です。特に技術です。他社になり物を作ればいいのです。今テレビでもやっている、社員10人の有名な会社がありますよね。この不況の中でも世界のシェアの7割をとっている会社があります。技術を持っているところ、たとえば金型だって福岡にもあると思いますが、ミクロの技術で零細企業でも大企業に勝てるのです。商品、サービス、技術で特に他社にないもの、真似をしようとしてもできないものを作ればいいのです。江戸時代でしたら、「人の裏に道あり、花の山に住んだ」です。今そんなこと言っていられません。真似しようとしてもできないものをつくる、これがスペシャリティです。

最後にスピードです。IT産業は別です。ITに行きますと、ドッグイヤーからマウスイヤーと言っています。ドッグとは犬ですよね。犬の1年は人間の7年、7倍の速度で進行します。マウス=ネズミに至っては、ネズミ1年が人間の20年だそうです。20倍の速度でやっているので、ITは別です。一般的に言いますと、半年で世の中変わります。ですから、半年で変わるということを前提に中長期で物を見る、あるいは半年ごとに見直しを行っていく、これが大企業であろうと、中小であろうと、零細企業であろうと必要なことです。以上、4つのSです。これで事業の維持発展・承継を行っていくしかありません。これをどうしていくかは、経営者のご判断です。基本的要素としてはこの4つのSが必要だと思います。私もできなかったので、反省として申し上げているのですが・・・。

では意識改革をどうするかということになります。特に経営者の意識改革です。先ほども申し上げましたとおり、平成10年にはとバスの社長になりました。再建をしなければなりませんでしたので、再建の基本方針を3つ作りました。JTBから来た人が専務、営団地下鉄、いすゞ自動車からもプロパーとして人が来て、再建チームを作りました。その3つの基本方針の中の1番が「全社員の意識改革」、2番が「徹底した合理化」、3番が「品質の向上」、これらはどこの会社でも行います。まず全社員の意識改革からですが、私が就任して最初に行った仕事は全社員の名刺と封筒・パンフレット等に「改革・改善・改良」という文字を印刷(作成)しました。意識改革は本当に難しいものです。私の独断ではありますが、私も含めここにおられる方は知識・経験、皆持っておられます。私の欠点は何かというと、「実行していない」ことにあります。知っているつもりなのです。どんなに豊富な知識経験を持っていても、実行しなければダメです。これが私の欠点です。継続は力ですから、三日坊主はダメです。実行しなければダメです。だからどうしていくかが問題です。意識改革のプロセスと目的を言い現わそうとして、こういうことをしました。最初は趣味でも仕事でも何でもよいのですが、「?(クエッション)」問題意識を持って、「なぜ?」を追求するようにしました。「なぜ?」を追求したら、課題なり問題点が出てきます。出たらすぐにそれらを実行です。簡単です。改革・改善・改良、毎日朝から晩までこれをやってください。それも平面で回らないで螺旋でまわしていく。これ毎日やりましょう。問題意識をもって課題をつかんで、課題が出たらすぐ改善してください。そしてそのプロセスを通じて最後の狙いは何かというと、ダブルカウントダウンです。「やった!」という充実感と達成感が生まれます。これが意識改革の狙いです。仕事を通じてお客様と喜び・感動を共有すること。先ほどのNタクシーの運転手さんですよ。お客様から「ありがとう。参った、そこまでやるか!!」と言われるほどやる。これがサービスです。このようなものは最初から狙ってやるものではないです。これが自然にできるかどうかです。別にお金儲けとかなんだかんだではない。お客様と喜び・感動を共有できるかどうかです。自分の意思でやるのです。これがこれからのテーマです。こうして、名刺の右上にその文字を全部書きました。

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運転手もガイドも営業部員も皆、名刺の上に書きました。乗務員だけではなく、営業部員もお客様と名刺交換します。その時に。名刺を交換したお客様の中からたとえ10人に1人でも、右上の三つの符号に目をとめていただいて、社員に聞いてもらい。それが狙いです。自分で作ったのですから、私はその3文字の意味を言えます。しかし他はどうでしょうか。私は、運転手であろうと、ガイドであろうと、あるいは営業部員であろうと、「実はこれはこういう意味でございます。よろしくお願いいたします。」とお客様に言ってもらいたかったのです。しかしはっきり言ってこれは失敗いたしました。総スカンをくらってしまいました。社長の独りよがりだったのです。社員は「社長が勝手に決め、答えるのは良いが、俺たち社員がそんなものに応える義務はない。」と腹の中では思っています。とうとう失敗し、1年半経った現在は、赤字に白で「安心と感動を笑顔に乗せて」という文字に変えました。これは、封筒からパンフレットから名刺から、全部これに変えました。私の大失敗の第一号です。私は善意で「意識改革とはこういうものだ!」として。これをやったのですが失敗しました。まあ、それを別にして私が申し上げたいのは、意識改革というのは全社員がやらなければならないということです。ベクトルを合わせて。会社あっての社員であることは間違いありません。しかし一方においては、社員あっての会社なのです。社長一人では仕事はできません。個人商店は別です。零細企業であっても同じです。それを考えた場合、やはり会社あっての社員であると同時に社員あっての会社、だったらどうするか。社長以下全社員が「危機感と使命感」を共有できるかどうかということが、意識改革です。これが難しいです。言葉でいくら言っても、実行しなければいけません。結論を先に言います。グループであろうと、組織であろうと、あるいは会社であろうと、意識改革を成功させようと思ったら、一番の近道はトップが変わることです。間違いありません。会社であれば社長が変わることです。部でいえば部長が変わることです。支店でいえば支店長が変わることです。家庭においては自分が変わることです。周りを変えようと思ったら、まず自分が変わることです。自分が変わらないで周りを変えようとすれば失敗します。私はこれに失敗しました。家庭においても職場においても同じです。トップが変わることです。首を変えろということではありません。自分(トップ)の意識を変えろということです。ボトムアップも大事です。ボトムアップは時間もかかりますが、日常やらねばなりません。しかい一番の近道はトップ(の意識)が変わる、自分が変わることです。

危機感も、危機になって感じてももう手遅れです。はっきり言います。順風満帆で右肩上がりの有頂天の時に危機感が持てるかどうか、これが経営者です。それいけドンドンで、有頂天だからなかなかこの危機感が持てない。それでふと、右肩下がりになったとき、慌ててV字回復だと言って改善ガイドを行います。でもV字回復させようと思ったらエネルギーが3倍かかります。そんなに苦労するのであれば、なぜ右肩上がりの順風満帆の時に危機感を持てないのか、ということになります。しょうがありません。人間として。私も失敗しました。都庁にいる時も皆そうでした。下り坂になってからやろうと思ったら、厳しいです。坂道を転げ落ちるのは早いです。石ころを転がしても、加速度をつけて転がっていきます。あれよ、あれよという間に転がっていきます。これを回復させようとしたら大変です。だから、人生でも職場でも3つの坂があるということをご理解いただきたいと思います。一番「上り坂」です。二番「下り坂」です。三番が「まさか」という坂です。この「まさか」を意識できるかどうかだと思います。今の言葉でいえば、危機管理・リスク管理ですね。解っていても意識できないのが現状です。今頂天に立っているユニクロの社長は、リスクと利益はイコールだと言い出しました。これはちょっと私もまだ賛成できませんが・・・。リスクと利益はいコールだと彼は言っています。けれどもリスクと利益は大変関係が深いものです。リスクをとらないと利益は出てこないということは、間違いありません。ですから、「まさか」というのは危機管理・リスク管理です。観光業でいいますと、観光業というのは平和産業です。先日神戸で発症した新型インフルだけで、はとバスで2000万円キャンセルです。親会社のJTBは150億円キャンセルです。大地震でも起これば、明日からぱたっと仕事がないのが観光業です。ですから、私の後輩の経営者には「はとバスにおける『まさか』は何かというと半年間社員を食べさせていけるだけのキャッシュを持つこと」だと言っています。不動産を持っていても売れません。半年間社員を食べさせていけるキャッシュを持つ、これは難しいことです。しかし現実はその備えが必要です。明日東京大地震が起きれば、もう仕事はないのですから。これが「まさか」です。ですから経営者というのは、本当に厳しいです。皆さんも経営者であり、経営者の一番の仕事は後継者を育成することです。解っていますが、これが一番難しいことです。それをどうするかということが一番の大きな課題になります。「まさか」です。

このことからも経営者というのは意識の上では24時間勤務です。寝ていても会社のこと、社員のこと、事業のことを考えます。中腰です。ソファの上にどっぷり座って胡坐かいて煙草吸ってもダメです。ここです。辛いですよ。あえてリーダーの話をしますと、リーダーは偉いのではありません。辛いものです。これに気がつかないのです。私も失敗しました。ヘッドシップとリーダーシップを誤解しています。ヘッドシップというのは文字一つ(公表)で出るものです。課長になりました、部長になりました、役員になりました・・・・とこれはヘッドシップです。権限と責務が出てきます。部長になったから、社長になったから偉いかといえばそうではありません。リーダーシップは違います。これを誤解すると私と同じように失敗します。ヘッドシップとリーダーシップは違います。リーダシップがある人がヘッドシップを持つのが理想です。リーダーシップがない人がヘッドシップを持ったら悲劇です。どうするか・・・なんです。時間がないので簡単に言いますと、リーダーになる資格は3つしかありません。最低3つです。一番「仕事ができるか」です。仕事ができなかったら上司から信頼されませんし、部下から馬鹿にされます。公務員であろうと民間であろうと同じです。では仕事だけできればよいかというとそうではありません。では何が必要かというと、人間的魅力です。「あの人と一緒に仕事したい、あの人の為なら喜んでやるよ、あの人から言われたら仕方ないな」と言わせられるかどうかです。人間力とも言っています。これを言わせることです。西郷隆盛ではないですが、「西郷さんの為なら死んでもいい」という人が沢山いました。今、そういうことを言わせるリーダーがいますか?鹿児島県出身の盛和塾の出身の稲盛さん(京セラ)はその一人かもしれませんが。それはちょっと別ですよ。政治家でそういう人はいますか?「この人の為なら命がけでやる、この人と一緒に仕事がしたい、この人の為なら喜んで」という人間力が備わっていなければダメです。それに加えて、もう一つあります。激務に耐えうる体力がなければダメです。私の先輩後輩で、私より優秀な人が沢山いました。ところが途中で心が病み、体を病んで辞めていきました。精神的に「鬱」になったり、癌になったりして辞めていきました。これが現実です。心身ともに激務に耐えうる体力がないとダメです。仕事ができ、人間的魅力があって、体力がある、その上で初めてリーダーとして仕事ができます。本にも書いてある通り、先見性(先を読む力)、情報収集力(情報があふれているいまだからこそ「必要」な情報をとってこなければなりません)、判断力(優先順位)、決断力(意思決定)、実行力、検証力(目標通りいっているかどうか)など、これらはみな本に書いてあります。しかし実際は大変難しいです。

ではこれだけのものがあって、最後は何かというとやはり「徳」がないとダメです。才だけあってもダメです。正義感、情熱がなかったらダメなのです。日本の資本主義の父は渋沢栄一です。日本で最初に銀行を作り、株式会社を作った有名な人です。渋沢栄一は「右手に論語、左手にそろばん」と言っています。商売ですからそろばんは度外視できません。「右手に論語」と言いました。今の流行りの言葉でいえば、「義」と「利」です。別にNHKの「天地人」ではありませんが・・。片方だけではダメです。バブルの時から最近まで、人の心は金で買えるという人がいます。利益を出す為なら、法を犯してもしょうがないということを言った人もいます。目先の利益のためにコンプライアンスも何もない人がいます。確かに利益はあげなければいけない、これは間違いないことです。一方の「利」に対して「義」、損と得、善と悪でもいいです、「倫理」を経営者が持たなければ、長い目で見たらその経営者は失敗します。(不明)必ず嘘はばれます。間違いないです。ですからやはりそれを解いた渋沢栄一は日本で最初に株式会社を作った日本一の経営者です。ここですよ。これをどうしていくか。

少し横道にそれましたが、私ははとバスや都庁の後輩に、「リーダーとは、ケッチ管理だ」ということを言います。私が言っていることですのでたいしたことではありません。これは血を流せと言っているのではなく、血を滾らせと言っているのです。「やる気を出せ」ということです。先ほど申し上げたように、リーダーというのは蠟燭です。リーダーは蠟燭の蠟です。わが身を削って周りを明るく照らして役に立つ、これがリーダーです。わが身を削れますか?後ろ姿です。「あの人の為なら、あの人から言われるんじゃしょうがない」と言わせるのです。マックスでいえば、(不明)ば、強制から始まって、説得やら感化やら権威とかいろいろあります。しかし究極は何かというと、ナポレオンは人を動かすには「利益」と「恐怖」の2つだと言いました。ナポレオンの時代はそれでいいです。言うことを聞かないと殺してしまうのですから。戦国時代もそうですね。利益と恐怖で人を動かしていました。しかし今はそのような時代ではありません。リーダーは蠟燭、これが今のリーダーシップの考えです。わが身を削って周りを明るく照らして役に立つ、これが出発です。リーダーというのは偉いのではありません、辛いのです。少し横道にそれましたが、血を滾らせ知恵を出し、汗を流して涙を流せ、部下と一緒に泣いてやれるか、それがリーダーに求められているものです。これが難しいのです。人は自分のことでは泣けます。部下と一緒に泣けますか?

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一つだけ例を挙げますと、T火災の社長・会長を歴任された方が新聞で書かれていました。皆さんお読みになった方もいらっしゃるかもしれません。この方は、自分の仕事人生の中で一番感動を味わったのは、社長会長の時ではないと言っています。それはT火災の名古屋支店の業務部長の時だと言っています。私はそれを読んでびっくりしました。どういうことかというと、名古屋支店の業務部長、40歳前後だと推測しますが、自分の業務部には5つの課があり、課長以下目標を立て(数字かなにか解りませんが)、部長としては叱咤激励して指導し、5つの課の内4つの課は順調で安心していた。ところが、1つの課だけが(目標達成が)厳しかった。一生懸命に切磋琢磨し指導したがどうしても難しく、今でいう年度末の3月31日になってしまった。当然他の4つの課は楽々と目標を達成して夕方になったら課長以下、「祝勝会だ」といって名古屋の街に繰り出した。1つだけが残ってしまった。夕方その担当課長が帰ってきたので心配で「どうだ?」と聞いたら、その課長が「部長申し訳ないです。やっぱり厳しいです。部長には本当にご迷惑かけました。私はもう一度現場に出ますが、もう遅いですので部長はお帰りください。本当に申し訳ございません」と頭を下げて謝った。部長は「あまり無理をするなよ」と言って19時ごろ家に帰り、風呂に入って食事をした。部長としての責任もあるわけだから、「明日どうやってあの課長を慰めてやったらいいだろうか、ひとりだけとりのこされて。本当は5つとも目標を達成してもらいたい」と思っていた。それで10時半ごろ、悶々としながら床についたが寝付けなかった。11時頃電話がかかってきて奥さんが出て「会社の方からみたい」ということで、「何だろう」と思いながら受話器を取ると、その課長からだった。「部長、ただいま達成できました。」と言って電話の向こうで号泣しだした。「おめでとうよかったね」と言ったつもりが、相手が泣いているものだから、言葉にならず自分も受話器を持ったまま泣いた。「あの時ほど、震えるような感動を味わったのは、後にも先にもない。と東京海上の社長・会長が語っていました。ここです。

会社から見れば、楽々と目標を達成したほかの4人の課長の方が優秀だとみるでしょう。しかし、得難い体験を課長も部長もしているのです。苦労して、苦労して達成したときの喜びというのは、なかなか味わえないものです。私もOJT(On the Job Training)という言葉は知っていました。Onは密着です。Aboveではありません。Onは上だけれども密着です。On the jobというのは仕事そのものなのです。ですから、日本語に訳したら、職場内訓練だということで、職場で研修すればよいと思ったのです。大間違いでした。私の失敗です。OJTというのは仕事そのものです。仕事で部下を鍛えるのです。褒めたり叱ったりして部下を育てるのです。今、叱れる管理職がいません。私の失敗ですけれども。褒める時に褒め、叱る時に叱れる人がいないのです。子供の躾一つ満足にできない時代ですから。能書き言ってもダメです、後ろ姿見たら。反面教師だから子供一人教育できません。ましてや職場で出来るわけがないですね。ですから職場で右往左往をします。失敗ばかりやって。ですからOJTというのは仕事そのものなのです。私は東京海上の社長さんお話を聞いて、本当に部下のことを思い心から泣けるか、ここがポイントだと思います。部下と一緒に泣いてやることができるかどうかということです。

横道にそれました。 危機感と同時に使命感がなければなりません。使命感もなかなかもてません。結論から言いますと、公務員も今使命感がないと叱られていますが、社員には「志をもて」と言っています。この志というのも、ピンからキリまであります。「少年よ、大志をいだけ」もあります。今の若い人に「志を持て」と言っても難しいです。若い人には「自分の為でいいから、なりたい(人)、なってみたい(人)から始めてくれ」と言っています、天下国家のあるべき姿、果たすべき役割なんてそう簡単にはできません。ですから、若い人には身近なところから始めて、できたら徐々に上げていけばよいと言っています。安政の大獄で吉田松陰は29歳で首を切られました。29歳で亡くなった吉田松陰が山口県の萩にある松下村塾で教えたのはわずか2年弱です。わずか2年弱しか教えていないのに、あれだけの幕末の志士と明治の元勲を排出しています。私は萩の松下村塾に行ってきました。山口県の人から言わせれば、先生というのは吉田松陰だけだそうです。木戸孝允から高杉新作、山形有朋、伊藤博文等、総理大臣をやっている人であっても、先生とはいいません。先生は松陰だけだと言います。松陰が松下村塾で教えたものの一つに、「立志万事の源をなす」という言葉があります。志を立てることが全ての根幹だ、ということです。今風に言えば、人間は志を立てることにより始めてその人の真価が現れる、ということです。自分のためにやるのです。まずは、なりたい、なってみたいから。一体私は何のためにこの世に送られてきたのか、私にしかできないこととは一体何か、自分自身に聞いてみてください。自分の為にです。その上で組織のため、家族のため、社会のために役立ってもらえればいいと思います。まずは自分のためからです。 

例を挙げると、西武ライオンズからレッドソックスに行った松坂大輔は、今年は不審ですが、3年前に西部ライオンズからレッドソックスに移籍した際、彼は120億円とりました。イチロー選手と同じように、彼はポスティングで行きましたから、半分の60億は西武ライオンズに渡しました。残りの60億円を毎年10億円ずつもらい、今が3年目です。これは皆が知っていることです。新聞にも載りましたが、松坂は小学生のころ「僕は将来大リーガーになりたい」と言っていました。小学校の卒業文集に「僕は将来100億円プレイヤーになってみせる」と書いているのです。1億でもプロ野球選手としては立派なものですよ。それが100億円プレイヤーになると12歳の松坂は言っていました。彼は3年前26歳の時にレッドソックスから120億円をとりました。なりたい、なってみたいでいいのです。才能があるからこれは別だといえばそれでも良いのですが、松坂は(先のわからない)12歳の時に言っているのですから。移籍会見で彼は、「僕は夢という言葉あまり好きではありません、なぜなら夢は見るものであって、実現するものではないからです。僕は実現したいから、夢という代わりに目標という言葉を使います。」と言い放ちました。良い悪いは別です。26歳の青年がそう言ったのです。イチロー選手の語録を読んでいると、「夢は近付くと目標になる」と言っています。いろいろ見方があっていいと思います。26歳の青年(松坂)がそういうのですよ。今彼は29歳です。今年はあまりよくないですけどね。ここですよ、自分の為でいいからやる。使命感。これが出てこないとやる気がでてこないのです。

今日の1つのテーマは、「社員にやる気を持ってもらうこと」です。しかしこの不況の中では難しいんですよ。だから私も中小企業の社長の皆さんに「今皆さん大変でしょう?トンネルの中でしょう?けれども誰も助けてくれませんよ、国も自治体も。もうこの中で、死に物狂いでやるしかない。「今はトンネルの中だけれども、何年先にはこうしたい、明るい展望、夢と希望を持って、(そしてそれを社員に見せて)こういう方向に持っていきたいから、どうか俺と一緒にやってくれないか。今は零細企業だけれども将来中堅企業に持っていきたい、こうしたいと思っているという事を社員に言ってください。」と伝えています。要するに、社員の皆さんにこの会社で仕事がしたい、この会社にいて本当に良かった、自分の子供もこの会社に入れたい、そう言わせるようにやってください。これを言わせられなかったら、社長失格です。これは厳しいことですが、(社長に)御願していることです。この会社にいて本当によかったと言わせるのが経営者です。これが難しい。私もダメした。しかしやっている社長がいます。48年間増収増益の会社が長野県にあります。大企業でも48年間増収増益はできないのに、その経営者は全国を(講演して)回って、「この会社の存立目的は何かというと、一言でいえば、社員を幸せにすることです。社員を幸せにすることによって、初めて社会貢献ができます。経営者の重要な仕事の1つは何かというと社員にきちんと給料を払うことです。その為にこそ、売上と利益が必要です。」と語っています。私も言いたくても言えません。48年間増収増益だから言えるのです。皆さんもお聞きになった方がいらっしゃるかもしれませんが、この社長は全国を講演で回っていらっしゃいます。本にも出ています。「社員を幸せにすること」、解っていますがそう簡単ではないです。会社の存立がかかっていますから。

北海道の帯広に行ったら、有名なお菓子屋さんがあります。オーナーは2代目で初代のオーナーはもうお亡くなりになりました。私も行ってきました。初代オーナーの語録の中に、「利益はお客様の満足料です。」といのがありました。赤字の社長だったらなんと言えばよいのでしょうか。今2代目の社長です。1300人の従業員がいます。一日20万個のお菓子を作っています。これは北海道にしか売っていないので、高いですが私も買って帰ります。年間売上は180億円です。なぜ私がこの会社を紹介するかというと、その会社の社是は、CSではありません。CSというのはCustomers Satisfactionお客様満足度(顧客満足)で、どこの会社でもやることです。ところがそのお菓子屋さんの社是はESです。ESのEというのはEmployeeですから、社員、従業員満足です。ESのないところに、CSは出ないとそのオーナー2代目は言います。イコールではないですが喚起が深いと言っています。ESを高めることによって、初めてCSが出てくると言います。何故かというと、社員が頑張ってお客様と真剣勝負してサービスで勝つからです。社員は責任も取りますし、トップセールスもやります。しかし毎日毎日お客様とサービスの真剣勝負をしているのは社員だからです。社員がやる気を出して満足度を持ってくれないとESからCSへ転換できないと言っています。だけど、これが難しいです。結論を言うならば、仕事は「厳しく」です。民間業者は目標を達成できなければ、給与も払えないですし設備投資もできません。だから、仕事は厳しくしないといけません、しかし、人間としては「優しく」です。私が都庁にいた時にこの逆をやった先輩がいました。仕事がいい加減でひとに厳しく当たる人がいました。3年経って転勤しました。誰ひとりその上司の送別会をやろうとした人はいませんでした。塩はまきませんでしたけれども。民間企業でも公務員でも同じです。仕事は「厳しく」です。厳しくしなければ成果は上がりません。だからと言って、人間には(厳しくではなく)優しく、です。これができるかどうかです。これも中々できることではありませんが、そうするしかありません。社員にやる気を持ってもらう。リーダーは蠟燭です。リーダーというのは辛いのです、偉いのではありません。「俺が、俺が、の“我”を張るよりも、お陰、お陰の“げ”で暮せ」という言葉があります。私はそれを定年になってから実践しようと思いましたが、それではだめです。そういうことは経営者の時にやらなければなりません。今日こういう話ばかりしてもしかたないですね。もう残り時間が半分を切りました。

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ではこれから、「はとバス」の話をさせていただきます。まず、最初にお礼を申し上げたいのですが、お陰様ではとバスは倒産せずに昨年創立60周年を迎えました。この場を借りてお礼を申し上げます。定期観光を中心に事業を行い、最初は上野駅から250円で出ていました。今は東京駅から出ており、その定期観光も今年の3月で60周年を迎えました。昭和23年にできた株式会社で、公開(上場)はしておりません。最初の資本金は2000万円です。昭和47年に4億5千万円にしました。ですから中小企業です。公開しておりませんから、60年間株主が変わっていません。4大株主と70名の個人株主がいるだけです。4大株主の筆頭が東京都です。なぜかというと、東京都の交通局が持っていた定期観光の営業権と観光バスを譲渡したからです。お金ではなく、譲渡です。財産権出資です。これで筆頭株主になりました。第2位が日本交通公社、今のJTBです。第3位が当時の営団地下鉄、現在の東京メトロです。第4位がいすゞ自動車です。言ってみれば半官半民のようなものです。親方日の丸で60年間頑張ってきました。ご案内(資料)の通り、定期観光を中心に事業を行ってきました。定期観光も最盛期の昭和40年、東京オリンピック前後はものすごく儲かりました。年間120万人にご乗車いただきました。昨年はその半分の65万人(年間)です。時代が変わりました。それでも65万人の皆様にご乗車いただいております。本当にありがたいです。その定期観光を中心にあとは、修学旅行や職場旅行などの貸切バスがありますが、これは「自由化」のため全くの赤字です。タクシーと同じです。時給がアンバランスです。自由化ですから・・・、儲からないです、どこの会社も。もうひとつ行っているのが、募集型の企画旅行です。九州でもあると思いますが、阪急や西鉄、あるいはJTB、近畿日本ツーリスト、日本旅行などが行っていらっしゃるものと同じようなものです。日帰り、食べ放題、温泉、景色、宿泊の場合は(出発が東京ですから)東北や関西まで。ですから、定期観光を中心に貸切、募集型企画旅行、という3本柱があります。結論から言いますと、バブルまでは皆様のお陰で儲かりました。しかしバブル崩壊後の平成6年から赤字無配に転落しました。4年間赤字になりました。私は都庁を退職してから4年間、東京都地下鉄建設という会社で働きました。現在の都営大江戸線(の建設)で、総工費は1兆円、最終的には9800億円で終わりましたが、年間1000億円かけてゼネコン55社、16国30駅を同時開業という突貫工事を行いました。あと2年で開業という時、平成10年の夏に東京都庁から呼ばれて行ってみると、東京都のトップから「今度は地下鉄からバスに行ってくれ」と言われました。あと2年で開業ですから、私はあと2年やったら引退しようと思っていました。ところが東京都から今度はバスだと言われ、「どうしてですか」と聞くと、「はとバスが4年間赤字で、このままだと大変厳しい。経営危機陥る。株主のJTBや営団地下鉄と相談し、経営陣を総入れ替えする。あなたは東京都(筆頭株主)の代表だから社長を予定している。専務がJTBから来るからプロパーと一緒になってがんばれ。潰すな。」と言われました。「潰すな」というのが東京都の指示でした。潰すなと言われても、平成10年といえば不況の真っただ中で、融資一つしてくれない時代です。今の新銀行東京とは違いますから、当たり前ですが融資はできません。民間企業ですから。できないけれども皆で頑張って「潰すな」というのが東京都の命令でした。潰れるかもしれない会社ですから、私は(行くのが)嫌でした。火中の栗を拾うのは嫌ですが誰かが行かねばなりません。ましてお世話になっている東京都から言われたことですから。

そこで私ははとバスを調べました。はとバスはめずらしく6月決算で、9月末が株主総会です。東京都に呼ばれたのは8月でしたから、株主総会まであと1か月少ししかありませんでした。調べてみると、年間の売上がわずか120~130億円しかないのに、グループの借金が70億円ありました。売上の半分が借金です。財産は全部売ってしまっていました。不動産はみなパンプラーです。メインバンクは当時の富士銀行です。サブが安田信託銀行です。この2行から70億円借金をしていて、年間7回借り換えをしていました。これにはびっくりしました。1年で7回借り換えるというご経験は皆さんないでしょう?返すために借りていたのです。自転車操業です。融資がストップしたら終わりです。これにはびっくりしました。4年連続赤字ですから、合理化はやっていました。しかし多少の合理化では追いつくわけがありません。不況のど真ん中ですから、銀行も貸し渋りの話をするのです。(社長)予定者の私の最初の仕事が何かというと、大手町の富士銀行本店に行き、営業課長に、「抜本的な経営の合理化をしますから、お願ですから融資の継続をおねがいします」と頭を下げることでした。私が都庁の現役の時は富士銀行の幹部が私のところに来ていましたし、宴会をやると床の間近くに座っていた私が、今度は民間企業の立場ですから、課長のところに行って頭を下げなければなりませんでした。「こんちきしょう!」ですよね。しかしこれが現実です。これが最初の仕事でした。株主総会まであと1ヶ月しかありませんから、いよいよ切羽詰ってJTBや営団地下鉄やプロパーなど、新役員8人が集まって話をしました。「潰すな」という命ですから。それまでもいろいろな合理化を行っていましたが、そんな合理化ではとうてい太刀打ちできない内容でした。平成10年です。定期昇給廃止、これは当たり前ですね。2年経っても黒字にならない商品やコースはやめる。これも当たり前です。運転手の手当はこれまで拘束時間で出していましたが、それはもうできませんから、ハンドル時間に変え、60歳定年制度も管理職は55歳で定年、調査役は賃金カットです。これはどこでも行います。当時観光バス会社で一番厳しい合理化をやった会社が一つあります。全員解雇です。銀行から1000万円ほど借り、退職金を払い、今度は再雇用=契約社員で再雇用する。20歳も50歳も皆200~300万(年俸)、ということをやっている会社がありました。

はとバスが同じ事をやりたくても、銀行が金を貸してくれませんし、東京都がバックですからそんなこと(全員解雇)はできません。合理化を徹底するしかありません。しかし今言ったような合理化を行っても、効果が出てくるのは半年先か1年後です。銀行は待ってくれません。即効性のある合理化を求められ、それができなければ融資継続はできないと銀行の営業課長から言われました。即効性のある合理化は何かというと「賃金カット」しかない。しょうがないので、前任者にお願いし8月中に臨時取締役会を開いてもらいました。全社員基本給(本給)+手当を翌月の9月から1割カット、9月が株主総会ですから、我々役員は10月末からしか給与はでません。ですから社長は年収の3割、役員は2割カット。これは当たり前ですね。これは即効性があります。いくら観光バス事業でも、6割も人件費率があれば、これは倒産します。5割以下にしなければなりません。当時の人件費が55億円でした。これを1割カットすれば年間5億円は助かります。この賃金カットをしながら、次から次へと合理化していく。これが平成10年の8月・9月の置かれている状況でした。死に物狂いでやるしかない状況でした。いよいよ9月28日に株主総会になりました。新役員8名が株主から同意を受け、取締役会で私が社長、JTBの方が専務、プロパーから監査役2名を含めて新役員が決まりました。取締役会をやっている途中で、株主から、新役員はもう一度株主総会に出てくれ、社長から挨拶を受けたい、というメモが入りました。「あれ?もう株主総会は終了しているのに」と思いましたが「待っている」ということでした。やはり株主さんも皆ご心配だったのですね。4年連続赤字。世評では「はとバスはもう危ない」と言っていましたから。またこういう状況下では、優秀な社員ほど辞めていきます。これが一番怖いです。沈没し始めた船からはネズミが一番に逃げるといいますが、はとバスの場合、優秀な社員ほど先に辞めていきました。こういう状況ですので、株主様もご心配だったのだと思います。「ごもっともだ」と思い役員8名が再度株主総会に出て、自己紹介をし、私が代表してマイクを持ちました。「社長でございます。4年連続の赤字で株主の皆さんにはご迷惑をかけ、本当に申し訳ありません、来年6月決算まであと9カ月しかございませんが、私は社長として社員と一緒になって頑張ります」と言ったまでは良かったのですが、そのあと口が滑ってしまい、「来年6月決算で黒字にできなかったら、私は社長として責任をとって辞職します」と言ってしまいました。4年連続赤字、不況のど真ん中、借金だらけです。抜本的な合理化も始まったばかりです。株主総会でそう言ったものだから案の定株主総会が終了後、JTBの役員が私のところに来て、お叱りを受けました。「社長さん、決意表明は結構ですが就任早々の初日に進退云々されるというのはいかがなものか。軽率すぎませんか」と言われました。天下のJTBでなければ、私は「はとバスは4年連続赤字です。これがもう1年継続して、5年連続赤字になればいかにはとバスが50年の歴史と伝統があっても社会的存在としては認知されません。ですから私はこの会社を解散・清算します。JTBさんも腹をくくってください」と言いたかったです。しかし、天下のJTB、大株主にそのようなことは言えません。黙って頭を下げました。私は株主さんだけに言ったのではありません、本当は私と一緒にこの檀上に座っている8人の役員に言いたかったのです。私が言いたかったのは、「はとバスは4年連続赤字です、しかし誰ひとり経営責任を取ってないのです。外部要因、不況だ、天候不順だと言って借金しています。けれども東京都もJTBも営団も融資一つしてくれません。これは当たり前のことです。我々の力であと9カ月か、死に物狂いで頑張って黒字にする以外に生き残る道はない。できなかったら私は社長として責任をとるのだから、みな一蓮托生で2名の監査役を含めて全役員辞めてもらいます。」ということです。ですから、私は株主総会が終了してから役員にもう一度集まってもらい、「日付の入っていない辞表を出してくれ」と言いました。私は勉強不足で監査役の任期は3年間で役員とは任期が異なるということを知らず、監査役にも同じ事を言いました。人の良い監査役でしたから、皆と同じように辞表を出してくれました。これが出発でした。トップは逃げ道を作ってはいけません。退路を断つしかありません。自治体でも、民間会社でも再建計画・中期計画を立てますが、初年度目標を達成できなければダメです。大企業だって、倒産した会社は皆、初年度を失敗しています。はとバスでは初年度黒字にできなければ終わりなのです。何故かというと、1年でできなければ、4年経ってもできるわけがないからです。これが鉄則です。初年度、死に物狂いでやるしかありません。初年度に目標達成すれば、勢いが出て前倒しが出来ます。後でやると言っても絶対だめです。初年度が勝負です。これが言いたかったのです。ですから役員の辞表をとりました。これが出発です。

いよいよ10月に仕事が始まりました。最初の仕事が4大株主のところに挨拶に行くことでした。恒例ですから行かなければなりません。ある大株主の社長のところに行き挨拶したら、やはりお叱りを受けました。4年連続赤字ですから。「しっかり頑張って、早く復配してください」と。これは当たり前のことです。挨拶を終わって帰ろうとしたらその大株主が、(悪意ではなく善意で)「ところではとバスさん、はとバスさんの経営方針はなんですか?」と聞かれました。挨拶に行っただけなので、そういうことを言われるとは思っておらず「どきっ」としました。しかし私は即答が出来ませんでした。はとバスも50年の歴史と伝統がありますから、立派な社是、社訓、経営理念は壁にかかっています。私も手帳にはそれを写していました。しかし暗記しておりませんでしたから、株主さんからそう言われて絶句してしまいました。冷汗をかきながら、しどろもどろに「安全・サービス」とか言ってなんとか誤魔化しました。しかし帰りの車のなかで、もうイヤになってしまいました。今頃あの大株主は「今度来たあのはとバスの社長じゃダメだな」と思っておられるに違いない。そう思うとガックリして平和島の本社に帰ってきました。すぐ役員に集まってもらい、「今日は大恥かいた。株主さんからはとバスの経営方針はなんですかと聞かれ、即答できなかった。」と報告しました。社長が答えられないものを社員が応えられるはずがない。ここから学んだものは、どんなに立派な社是・社訓・経営理念があっても、実行していないから赤字になってしまったという事です。ここから、4年間赤字の意味がわかりました。暗記しなければ解らないようなものを作ってもダメです。社員が実行するわけがありません。社長が解らないのですから。手帳を出してそれを読まなければならないようなものではダメです。だからと言って、先輩が作った立派な社是・社訓・経営理念を否定は出来ません。ですから役員に「恥ずかしいけれども、社長以下全社員が明日から仕事にすぐ反映できるような、解り易いシンプルな方針を作ろう、これまでの社是・社訓はこのまま置いておこう」と提案しました。腹の中ではいくらこんなもの作っても、実行していないから4年連続赤字を招いているんだと本当は言いたいです。しかしそれは言えませんから、この社是・社訓はこのまま置いておこうと言いました。

社長も社員もシンプルで分かりやすく、すぐに言えて、実行できるものを、3週間で作りました。 

①お客様第一主義
②現場重点主義
③収益確保至上主義

はとバスは民間企業ですから、収益をあげなければ給与が払えませんし、設備投資もできません。今までは、売上至上主義で赤字に陥りました。これが解ってきました。だからと言ってこれを一般社員に3つ全てをやれと言っても無理です。混乱します。しかし幹部は別です。一般社員特に現場の社員には①のお客様第一主義、これでしたら、今年入社した18歳の社員でも言えます。中身は別として、私だって答えられます。これが初めての仕事で大恥をかいた挙句の最初の出発です。10月、いよいよ仕事が始まりました。はとバスは年中無休ですから、当時正社員が700名、パート・アルバイトで100名、計800名を、何回にも分け、集まってもらい合理化への協力要請を必至にしました。厳しい質疑応答がありました。だいたい1時間から1時間半くらいかかってやるわけです。協力要請とともに、「なら・しか」で行くことをお願いしました。「はとバスなら、はとバスしか」と言っていただけるようにしようと訴えました。一方においては合理化、もう一方においては「なら・しか」で。

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「お客様に選んでいただかなければ明日はありません。民間企業はみな同じです。選んでいただき、買っていただき、お金を頂戴しなければ我々の明日はありません。今までは、はとバスあってのお客様だったのではないか、だから潰れていくのです。これからは、お客様あってのはとバスです。解りますか?私たちの給料は客様から頂戴しているものです。」と訴えるしかありませんでした。(本当は銀行から借金して給与をはらっているんですが・・)判断されるのはお客様です。皆経営危機の中にあります。商品を作っている人も、現場の第一線で、接遇で頑張っている人も皆一緒懸命にやります。だけれども自己満足にすぎないんです。判断されるのはお客様です。これがサービス業、民間企業です。もうお亡くなりなった国民的歌手の三波春夫さんは「お客様は神様です」と言いました。芸能界はそれでいいです。しかし事業をやっている我々が「お客様は神様です」というのはちょっと言えません。ですから私は社員には「お客様は王様です、だから大切にしなさい」と言いました。ところがこの王様は時には我ままで、飽きっぽいです。困ってしまいます。けれども大切にしないといけません。東芝で起こった有名な悪質なクレーマーが出ます。コンピューター、インターネットの事件がありましたね。この悪質クレーマーが出たら大変です。裁判で訴えてでも会社と社員を守ります。このような例は別として、時には飽きっぽくてもお客様は王様ですから、大切にしなければならないことを、社員に訴えるしかありません。

ところが、そこでやはり社員の反応がないわけです。倒産寸前だといわれた会社に、私は嫌々火中の栗を拾いに行き、社長になったわけです。私の善意で「合理化をやろう、なんとかこのはとバスを潰さずに頑張ろう」と言っているのに、社員は全然そんなこと考えていない。1か月経ってだんだんそれが解ってきました。面と向かって言う人はいませんが、腹の中では「社長は都庁でたっぷり退職金もらいやがって・・・、渡り、(今の言葉でいえば)天下りではとバスに来たのだろう。代表権のある専務も天下り、幹部は皆天下りじゃないか、株主といえども・・・」と思っている訳です。社員は、はとバスが好き、観光という仕事がしたくて入社してきているわけです。できたら一生働きたいと思っています。ところが幹部は腰かけです。何年かしたら社長は変わります。私の後、社長は2人変わっています。株主から社長になるわけですから。幹部は皆腰掛けです。JTBも国も地方も民間企業も皆同じです。株主ということで社長が何年かしたら変わっています。渡りをやるわけです。東京都も同じ事を行っています。ですから社員はみな見透かしています。「きれいごとばかり言っているけれども、幹部は何年かしたらかわるじゃないか、俺たちは一生この会社で働き、骨を埋めるのに・・・、社長も口ではこの会社に骨を埋めると言っているが・・・」と見透かされています。影の(社員の)声は「ばかやろー」なのです。面と向かっては言いません。ですから社員の顔を見ても、反応がないわけです。

私も後から喧嘩するためではなく、「皆さんお客様第一主義ということをこれだけ説明していますが、解っているんですか?お客様第一主義がどうしても解らないと言う人は挙手してくれ」と言いました。驚くなかれ、1割以上の人が手を挙げました。びっくりしましたけれども、逆に「反応」があったので嬉しかったです。お客様第一主義がわからないのです。これには困って、私は「お客様第一主義がわからない社員は、月に一回でいいから自腹を切ってはとバスに乗ってください。私も、月3回以上休みの日に妻を連れて自腹を切ってはとバスに乗ることを約束します。幹部社員も月1回はとバスに乗ってください。一般社員もお客様第一主義がどうしても解らない人は自腹を切ってはとバスに乗ってください。そしたらわかると思います。」と言いました。ところが社員の反応は冷たいものです。「何だ社長、俺たちは子供はまだ大学生だ。住宅ローン払っているのに、給与は一割カットされているんだ。社長が勝手に3回以上乗ればいい」「社長の子供は独立して老夫婦2人きり。失うべきものはなにもない。俺たちはそういう訳にはいかない。月一回乗れというけど、そんな給与は貰っていない」これが社員の本音です。影の声では「ばかやろう」です。私は社長だと思っていきましたが、ヘッドシップではどうしようもないのです。全員ではとバスを救おう、社員を何とかしようと思っていったのですが、社員から見ればそんなものは当然なのです。「この会社をどうしてくれるのか」と社員は思っているのです。それが初めて解りました。これが私の失敗です。ですから「なら・しかで行け」と言いました。社員から見たら私は「ばかやろう」です。社員に「なら・しか」はありません。今でも反省していますが、「なら・しか」と一緒に「ライバルは同業他社だ、同業他社に勝とう」と初めのころ社員に向かって言っていたのです。ところが先ほど申し上げたように、4年間黒字でずっといき復配出来るまでの4年間社長をやらせてもらいましたが、1年半経って、これが間違いだと気づきました。最初は解りませんでした。ライバルは同業他社ではなく、ライバルはお客様だということが解ったのです。

毎日はとバスは100台から150台、バスが出ています。毎日お客様と真剣勝負しています。現実問題としては、毎日社員が社長に変わってお客様に叱られているわけです。恥ずかしいですが、今でも(お客様からのご意見の)25パーセントはお客様の不満です。1パーセントそれを下げるのは大変です。その最たるものが食事です。ホテル旅館に行くと、団体で入る為食事が悪い。今はだいぶ良くなってきましたが、当時は食事の不満が多くありました。「ご飯がボロボロで乾いている、天ぷらと味噌汁が冷たくなっている」等。特に中高年の女性は厳しいです。目が肥え、口が肥えて、耳年増なんです。阪急どうだ、読売どうだ、JTBどうだ、近ツリどうだ・・みな知っています。「このはとバスのこれなに!」となるわけです。「お金返せ、二度とはとバスなんて乗るものか」という声が聞こえてくるのです。怖いです。その矢面に立っているのが、現場の添乗員、特にガイドと乗務員です。社長に変わって毎日叱られているのです。社長は能書きを言ってますが、現場のお客様に触れていません。はっきり言って、はとバスで最も意識が高いのが現場の社員です。毎日お客様から叱られ泣き、褒められて泣きながら成長して行きます。お客様が社員を育てられているということが解ってきました。毎日が真剣勝負です。その真剣勝負に負けたら明日はありません。お客様に乗っていただけません。特に女性客は言いふらします。私も8000円払ってはとバスに乗り他県へ行きます。ホテルで食事をして隅でお客様をみてみると、グループで来ている女性は特に厳しいです。「はとバスはやっぱり駄目ね」という言葉が聞こえてきます。そういう言葉聞こえてくると、食事は喉を通りません。温泉に入ったら、裸同士で男性の声が聞こえてきます。一番勉強になるのが帰りのバスの中で前後左右から漏れ聞こえてくる生のお客様の声、つぶやきです。これが一番勉強になります。私も8000円払ってバスに乗った、曲がりなりにも客です。自分が不満に思っていたら、お客様はその何倍も不満なのです。社長=権限があるのですから、すぐに改善すればいいんのです。自分がお金を払ってはとバスに乗って初めて、何が問題か、お客様の顔が見え、声が聞こえてきました。経営学の本を読んだら、困ったときはお客様の声を聞き、顔を見てこいと書いてありました。でも誰もやっていません。これが民間企業に行き生きるか死ぬかの時に初めて解るのです。公務員の時、地下鉄建設の時、偉そうなことを言っていました。「都民の心を心として」と調子よく言ってお金をもらっていましたが、そんなことではダメなのです。生きるか死ぬかの瀬戸際にならないと解らないのです。都庁の職員を35年間務め、そのうち23年間は管理職でした。地下鉄建設で4年間経営をしていました。一生懸命仕事していました。けれども、生きるか死ぬかの瀬戸際の仕事をしていないのです。ここで初めて解るわけです。本当に恥ずかしいことです。

先程の話に戻りますが、「なら・しか」が社長にもないのです。これが平成10年の10月に初めて解ってきました。そこでどうするのか・・・です。「なら・しか」がないのですから。恥さらしですが、当初何をやったかを申し上げると、①社長室の廃止です。経営危機になったときに一番欲しいものはなにかというと悪い情報です。ちっぽけな社長室ですがそこに籠っていると、どうでもよい情報を茶坊主が持ってきます。こういうものはいらない情報です。必要なのは悪い情報です。それを得るために、役員質の専務・常務のところへ行きそこへ割り込みました。机を並べました。顔を合わせますし、役員が電話していることも聞こえるわけです。情報の共有が図られ、意思決定が早くなりました。これが本当の狙いで、社長室を出て、1カ月後私は役員質に入りました。社員には、「社長室解放するから自由に使っていいよ」とアナウンスしました。何も知らない社員に「今度来た社長は社長室でたよ、俺たちに自由に使っていいよと言っている。社長が変われば、はとバスも変わるかな」と言ってもらえると多少期待していました。それはあまり効果ありませんでした。
次に行ったのが、②社長専用車を廃止し、共用車にしました。当時私は吉祥寺に住んでいましたので、通勤は吉祥寺から東京駅、東京駅から大森、大森からバスで平和島、ちょうど1時間40分かかります。東京では当たり前ですが・・・。63歳になっていましたから、できれば社長専用車で通勤したかったです。しかしこれをやっていたら「ばかやろう」なんです。「なら・しか」がない私です。ですから私も社員と同じように1時間40分かけて満員電車を乗り継いで通勤している後ろ姿を見せるしかありませんでした。私も昼間用があるときは共用車を使いますが、営業部に「車を使っていいよ」と言って共用車にしました。三番目に行ったのは、③目安箱(直訴箱)の設置です。賃金カットから始まる合理化、「なら・しか」でのサービス向上で、皆、不満が積み重なり、会社倒産の危機で不安がたまっていました。ですから、社長に直訴する方法を作り、社長が責任をもって返事を書き、特別の場合は掲示板で回答するシステムを作りました。「何でもいいから書いてください。何でもいいから直訴してもらって、私がそれに対する回答を出す。」と社員に訴えました。今でもそれは残っています。最初の半年間は社長、役員に対する個人攻撃です。今でも忘れませんが、ガイドが書いてきたものに、「今日一緒に同乗した運転手は運転も上手くないし、セクハラまがいのことはやるし、こんな運転手ははとバスの恥じだ。私はこんな運転手とは二度と組みたくないから、社長きちんと処置をしてください」というのがありました。これは本当に困りました。返事のしようがありません。しかし返事するしかありませんから、返事を出しました。運転手やガイドの中には「社長から返事が来た」と言って見せびらかす人もいます。それに乗じて自分も書こうという人もいます。私の教訓からいえば、最初の半年間が大変でした。半年過ぎると個人攻撃が減り、建設的な意見が出てきました。はとバスでは今でもそれを行っています。一生懸命聞いてやると、根本的な解決はしていないけれども、半分は解決したと同じです。カウンセリングも同じです。社員の意見を一生懸命聞いて返事出していると、(制度改正までしなくても)半分解決なのです。「あ、聴いてくれた」というだけで半分解決です。これは私も勉強になりました。これら3つを行いました。

それから当時3つ「禁句」を作りました。これは一つの事例ですが、その一つ目が「末端」という言葉の禁句です。11月に第3次合理化計画をつくり、役員会でこれをやろうと決めました。その時にそれを担当しているプロパーの常務が役員会で「ただいま決定いたしましたこの合理化計画を私は責任を持って、末端まで周知し実践実行します」と言ったのです。その意思は良いのですが、先ほども言ったように、まずは上から意識改革をしなければなりません。社長・役員から変わらなければならないのです。そのことにやっと気づいた私は、可哀そうですがそのプロパーの常務に「今あなたが言った末端とは誰だ」と聞きました。可哀そうですが将来を担うプロパーの常務です、また次世代の育成のためにもそういう質問をしました。そうすると、その常務はポカンとして何も答えられませんでした。もう一度「末端とは誰だ」と聞くと、その常務は「私の部下である部長以下営業所の社員や乗務員です」というものですから、可哀そうでしたが、「何を言っている!あなたはよく解っていないじゃないか。今までのはとバスの組織は正三角形で一番上は社長、現場の第一線の社員は底辺だった。これを10月から、お客様第一主義にし、今度は組織図が180度ひっくり返って、今度はお客様と接する運転手、ガイド、添乗員、予約センターのオペレーター、営業所の社員これが一番上になって、これを支えるスタッフ、管理監督者、役員、社長が一番にしたのを、知っているでしょう。末端とは誰だ。自分の部下を末端などという社員は辞めてくれ。自分の部下を末端というような人にははとバスは任せられないから、辞めてくれ。今日限り、末端は禁句だ」と言いました。(その常務を首にはしませんでしたが・・・)今までは社長が一番上で、胡坐をかいて方針だけ出していたからはとバスは潰れかかっていたのです。今度はお客様第一主義ですから、お客様と接する社員が一番上です。お客様と接する社員は民間企業では「内なるお客様」と言います。ここ(図を指して)は本当のお客様ですね。お客様と接する社員は「内なるお客様」です。先端です。末端は社長です。社長は一番下で、お客様というベクトルを合わせて、全社員がサービスを徹底していく、その全社員を一番下で支えるのが社長です。そこが県庁でいえば知事です。福岡市役所でいえば市長が末端です。市民と接する職員が先端です。これができなければ実際会社は倒産していきます。間違いありません。はとバスもダメですよ。仏作って魂入れずで、あまり上手くいっていませんけれども。とりあえず、意識改革ですから、末端は禁句。お客様と接する社員は先端ですよと言うしかありません。

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二番目の禁句は「業者」です。お客様からの毎日の苦情をどうするかです。褒められるとうれしくて、涙が出ますが、褒められたものは後でいいから、今日会社に届いた不満苦情をすべて提出するように指示しました。担当部長からそれをもらい家に帰って読むと、心が萎えてしまうような内容です。ばかやろうから始まり、お金返せ、二度とはとバスなんて乗るもんか・・・等。しかし読むしかありません。痛いと思った苦情に対しては、便せん3枚に万年筆で、「社長でございます。ご利用ありがとうございます。今日はお叱りを受けました。後ほど担当部長よりお返事を差し上げます。最後にお願いです。もう一度チャンスを下さい。」とお礼とお詫びとお願いを直筆で書きました。パソコンでは打ちません。万年筆で書きます。私の経験からは、5人に1人のお客様から返事がきます。それに対してまた返事を書きます。一端敵に回ったお客様を味方にするのです。だけども5人のうち4人のお客様からはなしのつぶて。本当、いやになっちゃいますよ。しかし、その時に「不満苦情は宝の山だ、「ばかやろー」と言われても、言ってきていただくお客様はありがたい」そう気づくのです。アメリカの調査報告書を読むと、アメリカでは品物でも何でも文句を言ってきたお客様は、不満に思っているお客様の6.7パーセントだそうです。感心があるから「ばかやろー」でも苦情をいてきてもらえるのです。一番怖いのは何も言わない無言のお客様です。もう二度と乗ってもらえません。ここです。ですから、ひとり「ばかやろー、なんとかせい」と言われるお客様の後ろには、無言のお客様が何倍もおられることを理解するのです。褒められれば嬉しいですが、苦情は嫌です。毎日これが来るわけですから。しかしこの人たちは宝の山です。不満苦情を少なくしようと思ったら、不満苦情を活かすしかありません。それが一番の早道だとはじめて解りました。不満を言ってくるお客様はありがたいです。感心があるから文句も言っていただけるのです。その後ろにはその何倍もの無言のお客様がおられるということが解かりました。

高知県に四国菅財というビル清掃の会社があります。小さい会社でオーナーが二代目で、経営が悪くなったそうです。2代目のオーナー社長は全社員を集めて「絶対叱らない、業績評価はしない、何でもいいから、問題点あるいはお客様の苦情、あるいは提言を出してくれ」と言ったそうです。叱られないのなら・・・とパートタイムの女性も一生懸命に書いて問題点を出したそうです。社員から出てくる、不満苦情、問題提議を一つ一つ読んで、改善実行できるものから着手したそうです。半年たったら業績が回復し始め、NHKが飛んできてこの内容を全国放送しました。私も観ました。「クレームを増やして業績を上げる」四国菅財、まだ潰れていません。

岡山県のクリーニング共同組合は、「叱ってくださいキャンペーン」を行っています。これはなかなかできることではありません。社長の(心の)血が流れます。できますか?満足度調査は銀行でもどの株式会社でも行います。本当にその会社を発展させ、事業を良くしていこうと思ったら不満足度調査が必要になります。これを経営者ができるかどうかです。それが一番の近道です。

京都にトロッコ電車で名所になっている嵯峨野鉄道があります。そこの社長はJRから来られた方で、その人が書いた本の中でおっしゃっていました。嵯峨野鉄道には全国から嵯峨野鉄道にお客様がいらっしゃいますが、お客様からの苦情がきたら、その社長は北海道でも沖縄でもその苦情を言ったお客様のところに謝りに行くそうです。なかなかできることではありません。無記名の投書があり、消印を頼りにその人は茨城県まで苦情主を探しに行ったそうです。嵯峨野鉄道といえば小さなトロッコです。しかしこれがサービス業です。この不況の中でお客様の心を攫むサービス、無記名でも訪ねて行くのです。

先ほどの話に戻りますが、無記名で私のところに、昼間の定期観光の有名なホテルのランチの問題で2名から苦情が来ました。翌日、将来を背負っていくプロパーの若い担当部長を呼んで「お客様からこういうお叱りを受けているから、すぐに手を打ちなさい」と注意・指示を出しました。その時にその部長が、先ほどの常務同じように悪気はなく、「すぐに業者を呼びつけて厳しく注意して改善します」と言ったのです。悪気はないわけです。しかし将来を背負う若い部長ですから、意識改革という観点から「今あなたが言った業者とは誰だ」と聞くと、その部長は「某有名ホテルの料理飲食部長と課長です」と答えるのです。「馬鹿なことを言うな、今あなたが担当しているのは定期観光でしょう、パンフレットを作っているのでしょう?90コースを朝から晩まで作り、ホテル、お土産屋さん、東京タワーから浅草寺、お台場から六本木ヒルズまで、400の施設に協力をいただいて、90のコースが成り立っているのです。その90コースの運行に責任を持っているのは、はとバスです。その400の協力いただいている施設に対して、見下したように業者とは何事だ。我々は公務員じゃない。この400の施設はパートナーです。せめてお取引先というのならまだ分かる。見下したように業者とは何事だ。そういうことが解らないのなら辞めるしかない」と私は言いました。首にはしませんでした。その人は今取締役をやっています。言うしかないのですよ。私も都庁にいる時は、契約課に行けば「ここから先、業者の出入りを禁ず」という紙が貼ってありました。恥ずかしいですが、昔はいろいろありました。しかし、言葉は業者であっても意識の問題です。協力いただいている会社を業者とか見下した言い方をしているようではだめです。パートナーです。個々の意識改革ができないと良いコースは生まれません。可哀そうでしたら、業者は禁句にしました。

最後の禁句は何かというと「生き残りをかけて」という言葉です。課長会をやっても、部長会をやっても、みな最後に出てくるのは何かというと異口同音「生き残りをかけて」という言葉が出てきます。10年前です。しかし私から言わせると、たとえ生き残りをかけてやっても、絶対生き残れません。生き残ろうと思ったら、ひとりが勝ち残るしかありません。ナンバーワンになれなくてもオンリーワンになるしかないのです。スマップの歌じゃないですけどね。オンリーワンになったら一人勝ち残れます。そして結果的に生き残ることができるのです。ですから、「末端」「業者」「生き残り」は禁句にしました。大したことではなではありません。

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私が社員から学んだことは沢山あります。時間が少なくなってきましたので、2つだけ紹介して終りにします。一つは、今でも忘れません、平成10年の10月の終わりですが、運転手の班長会に出席し、合理化の協力要請をしました。運転手は大事です。166名の運転手がいてその班長に向かって協力要請をしました。一生懸命説明した結果、班長も「潰れてしまったら、もとも子もない。社長の言うとおり協力しよう」と言ってくれたのですが、たったひとりだけ「NO」と言った運転手がいました。私はびっくりして「どうして?」と聞きました。そしたらその運転手に「今の社長の話を聞いたら、はとバスはもう4年間も赤字というじゃないですか。その間経営者は何をやってきたのですか?経営者は高い給料を貰っていますよね?だったら、我々社員・従業員が安心して働ける環境を作るのが経営者じゃないですか。それなのに4年間ほったらかしにして、にっちもさっちも行かなくなったといって、半ば脅しをかけて我々社員・従業員に一方的に合理化を押しつけてきた。一体経営者責任はどうなっていますか」と聞かれたのです。忘れもしません。絶句ですよ。答えられないのです。「経営者責任はどうなっていますか・・・。」腹の中では「そんなこと言ったって俺は今社長になったばかりだよ・・」と言いたいですよね。しかし寅さんじゃないですが「それを言っちゃおしまいよ」になってしまいます。言いたくても言えないのです。しょうがないから、立ち上がり(土下座はしませんが)「申し訳ない、経営者の一人としてここで私は皆さんに心からお詫びします。今私が社長として社員の皆様にお約束できることはたった一つしかありません。それはもう二度と辛い悲しい思いを社員や家族の皆さんには絶対にさせない。これだけは社長として約束するから、愛するはとバスのため、家族のために、私と一緒になってはとバスの再建に協力してくれませんか。」と頭を下げました。最後の最後にその運転手は「仕方ない」と言ってくれました。ホッとしました。

そこで初めて経営者責任とは何かを学びました。私も経営学の本は読んでいましたから、少しは解ります。一般的には経営者責任は2つあります。一つはResponsibility、もうひとつはAccountabilityです。Responsibility は業務を遂行することです。Accountability は今の流行りの葉で言えば説明責任です。民間企業でいえば欠陥に対する責任ですね。公務員や政治家にはAccountabilityがありません。今やっと追及されて、説明責任、説明責任と言われていますけどね。やっと政治家・公務員にもこれが出てきました。これは良いことですね。民間企業では当たり前です。私はこの2つは知っていました、しかし意識していなかったのですね。運転手から血を吐くような思いで経営者責任とは何ですかということを言われて、初めて解ったのです。800人の社員がいるということは、その後ろに2000人の家族がいるということが解かりました。2800人の人達が安心して働き、生活していけるようにしていくのが経営者責任の重要な役割の一つだということが、初めて解りました。1ヶ月前の株主総会の時に私は、「黒字にできない時は責任を取って辞める」と啖呵をきりました。しかしこの運転手の血を吐くような思いを聞いて、初めて「辞めて済むようなものではない」ということが解ったのです。経営者責任とは何かということが初めて解ったのです。それが解った途端、その晩から眠れなくなりました。前の晩まで熟睡していましたよ。恥ずかしいことですが、私の失敗です。公務員、経営者をやってきましたが、本当にここが解かりませんでした。生きるか死ぬかの瀬戸際で、運転手から血を吐くような思いを聞いて初めて悟ったことです。

もう一つは表題にある、お茶の話です。11月にガイドの班長会に出ました。当時ガイドは18歳から45歳まで200名いました。その班長さんに一生懸命合理化の協力要請をしました。終わったので、帰ろうかなと思い席を立とうとすると、ガイドの一人が「社長は毎日役員室でおいしいお茶を飲んでいらっしゃると思いますが、あなたが社長になってから我々が車内で飲むお茶の質が落ちました。その為にお客様から苦情がでて、毎日我々ガイドは肩身の狭い思いをして仕事をしています。社長はしっていますか?」と言うのです。当時定期観光は、15分ごとに乗り降りをしたりするのでお茶は出しませんが、募集型の企画では他県に出ますので、高速道路を走っている午前中、ガイドが紙コップにお茶を出していました。現在は午前と午後2回出しています。そのお茶の葉の質が、私が社長になってから落ちたと言うのですね。私は知らないものですから、横にいるプロパーの常務であるバス事業本部長に、どういうことか尋ねました。そしたら本部長が「ガイドの言うとおりです。あなたが社長になってから、生きるか死ぬか、あと9か月しかないから経費削減をやってくれといわれるので、ありとあらゆる経費の削減をやっています。社長の言うとおりやっています。静岡県から茶箱でお茶の葉を取り寄せますが、そのお茶の葉の単価も切り詰めて、あなたの言うとおりやっています」と胸を張って答えるのです。私はびっくりして、「年間どれくらいの経費の節減になるの?」と聞いたら「だいたい15万円から20万円でしょう」と言うのですね。これを聞いて飛び上がるほどビックリしました。経費の節減はいいです。本社の間接部門はどんなに経費の節減をしてもいいのです。しかしそれに条件をつけるのを忘れてしまったのです。「どんなに苦しくても、お客様サービス(商品)の質を落としたらだめだ」という条件をつけねばなりませんでした。社長失格ですね。現場をないがしろにして本社を新築する民間企業は潰れます。

あの8年連続1兆円以上の利益を上げていた日本一のTはどうなりましたか?豊田市に2年前に本社を新築しましたよ。社長は首になりました。毎年1兆円以上ですよ。日本一、世界一だと言われていたTです。Tですらひっくり返っていくのです。復活にはもう2~3年かかると言われています。「中小企業の社長」という本を書いたSの社長が、「一昨年アメリカを訪れた時、サブプライムローン問題が起きていて、(昨年はリーマンショックですね。)Sは、これは危ないと思い、昨年の初めから在庫調整を始めた」と言っていました。あの世界一を狙ったTは、1000万台作ると言って昨年初めから設備投資をしました。渡辺社長は首になってしまいました。中小企業のオヤジの方が勝ったのです。もちろんSはインドが中心ですが、昨年から既に在庫調整していたのです。Tはそれをやらずに設備拡張してしまったわけです。こういうこともあるのです。

話が横道にそれましたが、現場をないがしろにして本社を新築する企業は潰れていきます。自衛隊も同じですよ。間違いありません。条件を付けなかった私の失敗です。班長会で立ち上がって、「知らなかったとは言え申し訳ない。謝る。すぐ社長責任で静岡に電話して今までよりもっと良いお茶を取り寄せます。ですからガイドの皆さんもどうか心を込めてお客様にお茶を出してください。そしてはとバスのお茶は日本一美味しいと言ってもられるように頑張ってださい。すぐに取り換えます。」と言いました。そうすると横にいた本部長がむくれて、「社長何を言っているのですか、先月買ったばかりのお茶の葉が茶箱にまだ3分の2残っています。これを捨てろというのですか?」とガイドの前で喧嘩になってしまいました。一生懸命に社長の言うとおり経費節減をやった常務本部長が、むくれてしまったのです。社員の前で恥ずかしい喧嘩です。「何を言っている!これを捨てるわけにはいかんよ。増してやお客様に飲ませられない。平和島の本社の社員食堂で俺たちが飲もう。すぐに取り換えなさい。社長命令だ。」と言うしかありませんでした。ここで何を学びとったかというと、貧しくとも、苦しくとも、お客様サービスに直結する商品やサービスの質を落としてはいけないということを学びました。サービスの質を上げることにより、初めて売上と利益が出ます。これを彼らは教えてくれたのですね。はっきり言います。合理化だけやっていたら、翌年度は黒字になっていたかもしれません。しかしその先はもうなかったでしょう。はとバスは倒産していたと思います。

合理化と同時に商品・サービスの質を上げる。これがはとバスが4年がけで復活し今日黒字を続けている要因です。これは社員から学びとりました。私は合理化だけすれば復活できると思っていましたが、それは大間違いでした。一方においてはサービスの質を上げるしかない。ですから私は3日間でお客様第一主義のサービス方針を3つ作りました。

①定期観光もその他もお客様に選んでいただけるようなヒットコースを作ること。

②レモンイエローの黄色いバス(1台4500万円、路線バスは2500万円)の新車両を年間10両いれること。

安田信託銀行から借金しました。なぜなら毎日お客様がお乗りになるサービスの原点だからです。支払は翌年です。借金ですから。10台のうち2台は、はともの君(8000万円)で、今定期観光で走っています。私が辞める4年後には新幹線のグリーン車と同じグレードのバスを4台入れました。観光バスはだいたい4人掛けの11列で45人乗りです。補助席は別です。補助席をいれたら55人のりです。これは決まっています。それでは駄目ですから、新幹線と同じ1人+2人(3人掛け)を10列の28人乗りを4両入れました。車両を良くする、これはみな社員から学びました。

③CSの向上です。

初年度11月から翌年の3月まで800名20人ずつ40回に分けてCSの勉強会をしました。JTBにお願いして、約1000万円かかりましたが研修会を行いました。第1回の研修会に私も出席しました。常務・専務以下、アルバイトの社員も全員出るようにしました。2年目からは1000万円かけずに、新入社員だけにCSの勉強会を実施しました。2年目から今日まで、CSの勉強会ではなく、全社員サービス研修を行っています。12月から3月まで閑散期ですから、30人ずつ全社員が集まって1日だけですが行っています。これまでは「たかがはとバス」でした。それを「されどはとバス」にして、「さすがはとバス」とお客様に言っていただくためにはどうしたらよいかを話し合います。毎年100件位案が出ます。できるものから実施しています。その中で、私は社長として1時間だけ話をします。

「はとバスは一体誰のために存在しているのか。①お客様、②社員・従業員、③株主、④地域社会国家。」という問いかけをします。アメリカでは一番は株主です。私はあえて(異論はありますが)、1番はお客様、次はお客様第一主義を実践するのは社員だから2番は社員、株主や社会貢献はその次だと思います。「はとバスという会社はどんな会社か。」一言でいえばお客様の心に残るものを製造・販売している感動製造業、思い出づくり企業です。「サービスとは何か」サービスの本質とは、奉仕からおまけまであるのがサービスです。おまけもサービスです。サービスの本質は100-1=0 です。これは商品もお客様も社員も100-1=0 なんです。一人でもあるいは一つでもお客様から不満・苦情が出たら、あと99頑張っても成果は0です。品質管理と同じです。99人のお客様がはとバスは良いよと言われても、ひとりでも不満が出たらダメです。99人に頑張っても、ひとりがCSの不適格者が出たらダメです。私は首切り4年間しませんでした。しかしCS不適格者の運転手は6人首を切りました。なぜかというと、100-1=0 だからです。置いておけないのです。一人養成するのに100万円かかりますからね。厳しいです。商品・サービスもお客様も社員も100-0 にするのです。そしたら200になります。皆さんの企業はそれをすれば儲かります。はとバスままだできていません。永遠の課題です。

もう一度いいます。サービスの本質とは、お客様からお金を頂戴した上に「ありがとう、またあなたにお会いしたい、またはとバスさんにお願いしますよ」と言っていただけるものがサービスです。たまたま客をわざわざ客にこれができなかったらダメです。千客万来は正しいです。しかし出来るわけがありません。一客再来の積み上げです。リピーターを獲得できなかったら、この不況の中ではダメです。これができるかどうか、我々経営者に求められています。リピーターです。リピーターを獲得したら、3つの利点があります。皆さんやっておられると思いますが、リピーターを獲得したら、①その企業に生涯価値が生まれます。一生使ってくれます。②新規のお客様を獲得する費用の5分の1で済みます。だから儲かります。我々は固定客の囲い込みを行います。リピーターは儲ります。③頼みもしないのに、お客様がお客様を連れてきます。販売促進活動ですね。湯布院・黒川温泉がそうですね。日本一の車のセールスマンで今度横浜市長になった林ふみこさんは、高校卒業して横浜のホンダオートに入社しました。女性初のセールスマンです。150台売ったそうです。150台はなかなか売れる数ではありません。なぜ売れたか、それはお客様がお客様を連れてきたからです。だから150台売れたのです。山口県の住宅メーカーの有名なセールスマンがいますが、26年間で住宅を1000棟売りました。すごいですよ。私がその人は偉いと思ったのは、その人は着工から完成まで毎日写真を撮り、お客様に届けるのですよ。現場監督よりも現場にいるそうです。掃除をして、大工さんにコーヒーを出すそうです。毎日「今日は柱が建ちました」「壁ができました」と写真を撮って送るのです。完成したら、週に一回お客さんのところを訪ねて、「使い勝手はいかがですか、問題ありませんか」とアフターケアをする。帰り際にはそのお宅のご仏壇にさり気無く手を合わせて帰るそうです。住宅というのは一生一回の高い買い物です。だから「あの人に」と1,000棟がついてくるのです。車も同じです。商品だけを売っているのではありません。人間を売っているのです。

サービス業でこれができるかどうかです。商品と一緒に人間が売れるかどうかです。組織もならしかです。「参った、そこまでやるか」と言われるほどのサービスを提供することです。それは何かと言うと、CSからCD(Customer’s Delight)です。Delight=喜びと感動です。これなら、感動を呼び、リピーターがきます。「参った・そこまでやるか」という、新鮮な驚き・以外性が生まれるのです。はとバスが成功した一つに、166人の運転手に挨拶することがありました。これをやるのに半年かかりました。私も行って、100台以上のバスに乗って挨拶をします。これはお客様に言っているのではなく、運転手に挨拶しにいくのです。汗びっしょりです。「社長が乗り込んできて挨拶して行った。仕方ない、俺達もやるか・・・」と言って運転手がマイクを持って、「皆様おはようございます。本日はご利用ありがとうございます。運転手の○○です。今日一日安全運転に努めます。よろしくお願いします。」とわずか十数秒ですが、お客様に挨拶を始めました。これを始めてから、お客様から「運転手さんから挨拶されるとは思いもよりませんでした。その日一日安心して楽しい旅ができました。ありがとう」という手紙がきました。ガイド・添乗員もよほどのことがない限り、お褒めの言葉は来ません。それを運転手がやったのです。ところが半年したらこれは当たり前になります。サービスというのはいつも新鮮で情熱を込めて次から次にやっていかねばなりません。難しいけれども、やりがいがあるのが、サービス業です。

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もっと話したいことがありましたが、時間がきましたので話を終わりたいと思います。事業継承支援セミナーでございますので、どうかこの厳しい時代ですが皆様方が親からあるいは子供へ、あるいは社員も含めて、会社を益々維持発展され、この福岡から日本を変える、地方から国を変えるために頑張っていただければありがたいと思います。皆様のご健勝とご活躍を心から念じまして、話を終えたいと思います。ありがとうございました。


司会
先生ありがとうございました。折角の機会ですので、どなたかご質問のある方は挙手をお願いします。

質問者
労働分配率が非常に厳しい状況であったということですが、はとバスの労働分配率はどれくらいだったのでしょうか。

宮端
詳細の何パーセントということは私も言えませんが、役員を除いた人件費率は55%です。だいたい、常務員・営業になりますが、主役は乗務員が中心です。ですから、当時の給料水準からいうと観光バス業界では中の上です。

質問者
社長になられた赤字の時と4年間の間にどれくらい改善されましたか。

宮端
最初の合理化の時、ある従業員から「社長の言うとおり合理化に協力する。その代り3年後でいいから本給を元に戻してくれますか」と言われました。私はその時、どうぜその時期には私はいないだろうから「いい=戻す」と言おうと思ったのですが、そういう訳にはいきませんから、私は「本給を戻すわけにはいきません。それをしたらもっと赤字になりますから。しかしみんなが頑張って黒字にしてくれたら、ボーナスで返す。だから頑張ってくれ」と言いました。初年度9か月で (中断) 人並みのボーナスを払いました。
「よくやってくれた」ということで、他に比べて最高のボーナスではありませんが、ボーナスを支給しました。しかし本給は元に戻しませんでした。元に戻しませんでしたが、その後昇給はしました。定期昇給ではなく、業績に応じて昇給をしました。翌年の平成11年の6月決算ですから決算が出て、ボーナスを支払った後に、社員従業員とその家族のみなさんへ「皆さんが頑張ったおかげで黒字になったので、潰れずに済んだから、ささやかながらボーナスを払います。」という手紙を書きました。その手紙の後に、社長からの、せめてもの気持ちということで全員に1万円を払いました。税金をとられますから、JTBの商品券を、アルバイトも専務も同額を配りました。社長からの気持ち・お礼です、これからも頑張ってくださいと言って配りました。後から聞くと、これが一番やる気が出たそうです。何故かというと、アルバイトも専務も同額にしたからです。皆が頑張れば、本給は元に戻さないけれど、業績により昇給を行い、ボーナスで返す。毎年毎年うまいことに黒字が増えましたから、4年間で20億円返しました。いろいろな不良債務もすべて返しましたから、どんどんボーナスも増えますし、毎年一万円ですけれども、手紙を書いて商品券を送りました。私の気持ちですから。そういうことで分配率などは別として、やはり最初は累積欠損金を返さなければいけないですね。借金を減らすしかありません。そちらが優先です。そのあとで様子を見ながら、分配率や昇給を見ました。そういうことで今日までなんとか凌いできたというのが現状です。詳しいパーセンテージはいえませんが、何しろ人件費率を半分する、それが目処です。

添付資料(印刷用にご利用ください)

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講師:宮端 清次(みやばた きよつぐ)

元 株式会社はとバス 代表取締役社長

1935年生まれ、大阪市出身。倒産寸前のはとバス社長に就任、「会社を潰したくなかったら耐えて欲しい」と訴え、徹底した顧客サービスと社長以下全社員の賃金カットを断行。同社を建て直すとともに、短期間で復配に漕ぎつけるという離れ業もやってのけた。
日時・場所

2009年9月7日(月)
14:00~16:00

福岡商工会議所 502号室
博多区博多駅前2-9-28
TEL 092-441-2161

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