「後継者格差─2代目社長に要求されるスピード経営─」(2009/09/11開催)
後継者の多くが「縛られて」います。そこから【後継者格差】が始まっているのです。「会長が…」「専務が…」「人材不足で…」「暇がなくて…」「うちは中小企業なので…」こうした「言い訳」を私は何度聞いたことでしょう。初代の「起業家」たちなら絶対に口にしない言葉を、老舗の「二代目」「三代目」から多く聞くのは何故でしょう。先代に面罵され、専務と対立し、従業員を納得させ、人材の育成に励み、新規顧客を開拓し、新規事業に取り組んでいる後継者たちには、先代から引き継いだ「信用」があり、「知名度」があり、何よりも「伝統」があります。同世代の起業家たちのもつ「ハンデ」を少なくとも持たない後継者が「成功体験に縛られず」「スピード感を以って」事業展開を図るとき、紛れもなく【後継者格差】が始まってしまうのです。
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みなさんこんにちは。非常にかわった名前で、雨戸の戸に座敷の敷と書いて戸敷(とじき)と読みます。全国探しても宮崎にしかなく、ここは九州なので宮崎と言えば直ぐにおわかりいただけるのですが、仕事柄全国を回ると、宮崎ってどこか・・・と随分言われました。最近少しは有名になりましたが、有名になったお陰で宮崎が大変な状況になっているというのも、今日のお話の中でさせていただきます。

ちなみに宮崎は自殺率が大変高いところでありまして、3年前まで全国で第5位でした。(1位が秋田で、北の方から南の方におりて来るのですが、宮崎はこれまで5位でした。)最近は1年半で全国第2位になり、とんでもなく自殺率が高い県にしてしまいました。そのあたりの話も今日のテーマに入ってくるだろうと思っています。
現在は経営コンサルタントをしておりますが、前職は建設会社でございました。よく「建設?」と言われるのですが、私は宮崎のある建設会社に20年間勤務しておりました。20年間現場にいて現場監督をしておりました。会社が小さく、そこは身内の行う建設会社でしたので、管理部長・土木部長、あるいは常務取締役といった幹部経験はあるのですが、いかんせん小さい会社でしたので、現場をずっと担当しておりました。土木の会社で現場監督となると、1級土木施工管理技士という資格が必要なので、それを持っております。また、他にも測量士の資格やブルやユンボ等の建設機械の資格など、全部で27種の資格を持っております。建設業をやめる頃には、解体施工技師という、建物をどのように壊すかという免許も取りました。
ふとしたきっかけで、コンサルタント業界に移したところ、コンサルタント業界というのはとんでもないところでして、ヘルメットを被った経験、安全靴を履いた経験、ましてや、火薬の資格をもってダイナマイトを爆発させた経験、またトンネル工事のズリ(土)を出して型枠を組んで生コンを打った経験、足場37メートを組んでその天辺でブレーカーを使用した経験のあるコンサルタントは一人もいませんでした。実を言うと、そのニーズが九州から1番遠い北海道で発生し、北海道に2年ほど通いました。また青森や岩手・秋田にはお客様がたくさんいて、昨年一番廻ったのは新潟でした。新潟の商工会議所には、この3年間に30数回訪れております。また、京都や東京近辺も含めて全国各地を飛び歩いております。
コンサルタントは建設事務所から始めたのですが、会計士の先生から「工場はできないか」という相談を受け、「出来るのではないか」と重い、工場のコンサルタントを行ったところ、工場が少し良くなり(成果が出て)、「サービス系はどうですか?」ということでホテルや病院といったサービス系も行いました。直近では流通系のお仕事のお手伝いもさせていただいております。基本的には業種を全く問わずに、経営コンサルタントの仕事をさせてもらっています。会社の名前は「経営改善支援センター」と言いまして、どこにあるかというと、ここから歩いて10分の店屋町にあります。私も全国の商工会議所に随分行きましたが、歩いて来ることが出来る商工会議所というのは初めてです。また機会があれば是非遊びに来ていただければと思います。
では、今日のテーマである「後継者の承継」ということに絡んでお話をいたします。
この3~4年、事業承継に絡むお話を随分させていただいております。私は元々「建設」の出身ですので、上手なことは言えなくて、かなり思い切った発言をします。
今日の話は「21世紀の後継者群像」というテーマをつけております。私が今までお手伝いしてきた会社で一番社歴の長いところは、147年の社歴がある長崎の企業です。他には114年続いている東京の印刷屋、大阪のある企業は96年で、それらはすでに7代目、4代目の3代目に事業承継がされています。(私はその人たちの息子さん達=次世代を相手にしているのですが、)要は、2代目でも3代目でも、何代目でも構いませんが、事業を承継する経営者に求められる「スピード経営」ということについて今日はお話したいと思います。
スピード経営とはどういうことかというと、時代の変化が非常に大きい(その中での経営)と言うことです。今朝2時過ぎに鹿児島のロケット打上げ場からH2Bという日本の国産ロケットが打ち上げられ成功しました。(注:2009年9月16日)。そこには発射管制官という仕事(天候や装備他様々な要素を判断して発射ボタンを押す人)があり、現在は31歳の女性が従事しているそうです。今年初めて31歳の女性が採用されたそうです。昔からNASAでは発射管制官の仕事は35歳以下というのが決まっていて、それは何故かと言うと、(ロケット打ち上げは)巨大プロジェクトですので、マニュアル=決められたことが沢山あり、それを守らなければならない為、マニュアルに従って仕事をするという意味から、若い人ということが前提だそうです。同時に「経験にとらわれず」という要素が入ってくるそうです。「このくらいの雷だったら大丈夫だろう」という経験知で発射されたら困るという意味から行くと、その経験知にとらわれず、柔軟な判断を下せるのは35歳以下であるというNASAの統一見解であり、日本はアメリカの影響を随分受けておりますので、日本のロケットの発射管制官というのも30代になっています。
(お時間あれば1時間くらい話したいのですが)スペースシャトルは来年就航を停止するため、宇宙に行くには今回のH2Bを使用しなければならず、日本が初めて、世界で唯一の技術を持った、その瞬間が実は今日でした。
本当はテレビのトップニュースに挙げられても良いような話です。そういう意味合いからいくと、今の31歳の女性、あるいは「経験知にとらわれず」ということが、この21世紀、スピード経営というところに関連してきます。
ここは商工会議所ですので、あまり政治向きの話をするのはよろしくないかと思いますが、1955年体制はちょうど54年経った2009年に「崩れた」と言ってよいかと思います。崩れたということは、54年続いてきた仕組みというものが今の世の中にもう合わなくなったということになります。戦後64年、明治から言いますと今年141年になります。
数年前に鎌倉時代は何年続いたか調べたことがあります。鎌倉幕府成立の1192年は、(源頼朝が)征夷大将軍になった年ですから、本当はその2~3年前から始まっており、実際は141年続いております。私は「2009年から何が起きても不思議はない」ということを3年前から言っておりました。案の定、政権交代というものが実現し、それも半端な形ではありませんでした。
また、鎌倉時代、平家一族、平安貴族は滅んでいった平家物語の世界から、南北朝時代、楠木正成や後醍醐天皇、足利尊氏が出てきたリアルな時代、つまり平安貴族から武士の台頭という意味合いかからいくと、その非常にリアルな時代、南北朝にかかる足利の時代までが、ちょうど141年です。そうすると、我々が思っている「鎌倉時代」というぼんやりしたものがありますが、数字に直したら141年。日本の近代化というのは明治から始まり、1868年からだと思いますが、その明治元年から141年、何が起きても不思議ではない年に、何が起きても不思議でないことが起こっていることになります。

私はこの仕事を11年続けておりますが、10年前、あるいは15年前と比べて、変化の速度が非常に早く、その変化の質も皆様方が考えているよりも異なってきています。
例えばこういう統計があります。昨年日本で生まれた赤ちゃんの30人に1人(統計によっては25人に1人)は父母のどちらか一人が外国籍です。あるいは両方外国籍です。現在(学校は)30人教育ですので、小学校の一クラスに一人は、お父さんかお母さんのどちらかもしくは両方が外国籍の親を持つ子供がいるということになります。では、昨年日本で結婚し届け出をしたカップルはどうかというと、15組の内の1組は新朗もしくは新婦、あるいは両方が外国籍です。こういう話を地元ですると、「進一嘘つくな、そんなことがあるか」と言います。地元の宮崎という所は、外国人の登録者数が、1000人当たり4人です。今、私は福岡で単身赴任6年目です。博多駅の近くに住んでおりますが、夜はコンビニに行ったり、外食したりすると、外国の方が多いのが目につきます。どなたも御存知のとおりです。福岡は外国人が多いのですが、1000人当たり46人が外国人です。では、東京になると、これが320人になります。名古屋になると220人、大阪では240人です。
いったい何が起こっているのかということを、自分の狭い、目の前に起こっていることだけで全てを判断すると、恐らくそれは大間違いだということです。
商工会議所だけでなく、青年会議所や企業からも呼ばれますが、全国いたるところ、北は北海道から南は喜界島という奄美大島の小さい島まで、飛び回ってお話させていただいておりますが、その際、いろいろな経営者・後継者や組織の常務・専務といった幹部の方たちともお会いして、つくづく感じるのが、この21世紀の後継者群像、スピード経営ということ、「格差」というものです。
私は6年住んでおりますが、福岡の人間ではありません。その私が、福岡ということをどう捉えるかというと、福岡というところは非常に「まずい」所です。なぜまずいかというと、日本で経済状況が真っ先に悪くなったのは、北海道でした。北海道というのは北海道開発局というのが国の予算を貰って経営しており、ここに「予算削り」が始まって非常に疲弊しました。
先ほど申し上げたように、私が北海道に通い続けていた2年がちょうどその時期であります。北海道も何か所も行きました。マイナス16度の現場にも実際に立ち会ったこともあります。北海道の人口は550万人です。札幌にそのうちの220万人住んでいます。残りの300万人の人が札幌の回りにいることになります。地方なので傷みました。
北海道の次に痛んだのは九州で、その九州の中で真っ先に傷んだのが佐賀です。大きな建設会社が数年前に倒産しましたね。あの頃です。もともと経済圏が福岡と重なっていることもあり、自力が本当はあるのですが、ある意味すごく傷みやすかったところです。次が大分です。大分の佐伯、臼杵、日田が非常に傷みました。この2か所の次にどこが傷んだかというと、長崎でした。長崎は観光地とお思いかもしれませんが、九州の観光では沖縄を除いて下から2番目の観光地です。他に造船がありますが、一時期厳しい時代もありましたので(今は少し持ち直していますが・・・)長崎は痛みました。佐賀・大分(中津あたりは良かったみたいですが)・長崎、次に傷んだのは熊本、そして宮崎でした。
次が鹿児島で、鹿児島というところは(鹿児島ご出身の方がいらっしゃったら申し訳ありません)日本ではありません。なぜ日本でないかというと、関所があるのではないかと思うくらい、自分たちの身を守るということに関しては、特殊な考え方をお持ちのようです。鹿児島にはセブンイレブンがありません。ご存じですか?これも全国で話しているのですが、四国にも富山にも一件もセブンイレブンがありません。セブンイレブンの話を四国ですると、はずします。鹿児島もある程度は保っていたのですが、いよいよ鹿児島にも「傷み」が来ました。ノンストップです。昨年くらいから無理になってきたようです。
順番からいくと、佐賀・大分の一部、長崎・熊本・宮崎・鹿児島です。この時に福岡は鈍かったです。どれくらい鈍かったかというと、福岡は人口550万で、博多が200万です。需要があるので、福岡市内、博多の企業は非常に鈍かったと思います。地元というのは本当にやりにくいですね。他のところだとポンと言えるのですが。今でも鈍いと思っています。さる銀行の方と話をしても「なぜこんなに福岡の企業は鈍いのか」という話になります。
何故かというと、需要があるからです。人がいるからです。
昨年あたりから、ピキピキときているのが解るのですが、それでも実態が(つかめて)ないだろうと思います。何故かというと、先ほど申し上げたように、宮崎は自殺率が全国第5位から第2位に上がっているところの企業の経営者及び後継者というのは、数年前からもう死に物狂いの活動をしているからです。佐賀の企業も、長崎の企業も全く同じです。死に物狂いのことをやっているときに、福岡の業者さん達は「食えて」いたので、また、今も部分的には「食えて」いるので、(死に物狂いの感覚がない)鈍いとしか言いようがありません。
昨年と一昨年、新潟に呼ばれ続けたというのは、新潟というのはかつて地元出身の総理大臣の時代、非常に高い経済レベルを持っていて、お亡くなりになってから数年は大丈夫でしたが、それからお金が降りてこなくなり、スーっと落ちていった県です。もともと高いところから落ちていくというのは、随分「痛い」らしく、となりの長野県や富山県というのは、非常に苦しい状態が続いていましたが、そこから落ちた時に業者が悲鳴を上げていないのです。
何故かというと、もともと低いところからスッと落ちますから、悲鳴ではなくて「何とかせないかん」ということになうようです。もともと高いところから、経済状況・経営状況が悪くなり、落ちていく時というのは、私の印象からすると、長野・富山の業者に比べて新潟の業者は、約3倍「痛み」を感じていたのではないかと思います。新潟の業者に、売上、事業規模、財務内容を聞くと、悲鳴を上げるレベルではありませんでした。それだけの内部留保を持っていて、なぜそんなにのた打ち回らねばならないのかと思いました。これは高いレベルにあったところから落ちたものだから、痛がっているのです。
昨年から名古屋が全く同じような状況になりました。何故かというと、名古屋・中京地域は経済的には九州比べてはるかに良いのですが、もともと良かったところが、自動車産業が少しおかしくなって、ストンと落ちました。
例えば地場企業が残業しないと言っただけで、家が3分の1位しか売れなくなりました。企業の残業代カットという施策で家が売れなくなるという実情です。こうなると、本々高いレベルにあるものが、一般のレベル(他の地域と同じレベル)になった時、彼らは(通常の)5倍痛がります。新潟3倍、名古屋5倍と私は言っています。
この現象がこの福岡にもあります。こうして全国を回わり、また会社が福岡にあるので、九州中(来週は大分と鹿児島)に行きながら、その格差というものを感じます。格差というのは個人、業種、地域の間で起きています。それらを少し解き明かして、後継者が何をしなければならないか話したいと思います。4時以降の(無料相談の)税理士の先生による節税の話も当然必要ですし、それから弁護士の先生による相続の話も当然大切ですが、時代変化の中で、組織を担わなければならない後継者にとって、本当に必要なものが何なのかという話をさせていただきます。

後ほど詳しく説明いたしますが、まず、ビジネスモデルというものがありません。ビジネスモデルというものがない時代の後継者たちというのがどれくらい大変か。逆に言うと、どれだけチャンスに満ちているかということですが、物を作れば売れる時代というものがもう無くなりました。
皆さんの年齢が解らないので、例え話として適切かどうか解りませんが、かつて自動車産業は1車種のみを作っていれば会社は成り立っていたという時代がありました。これは作れば売れた時代だからです。つまり、皆が車を持っておらず「車が欲しい」と思っていた時代、モータリゼーションの入口の部分ですが、この時代、大手は作れば売れた時代です。しかしそれは終わっています。今は作っても売れない時代です。
1996年に初めて携帯電話が1年間に100万台以上売れた年です。携帯元年と言われています。そうなると1996年から携帯電話が普及し始めて、現在1億1千万台売れているそうです。人口が1億2千7百万ですから、赤ちゃんやお年寄りで持っていない人を考えると、一人一台ではなく、一人2台、3台持っていることになります。
携帯電話が普及する時は、車と同様、作れば売れました。全ての電気メーカーが携帯事業に参入しました。ところが今年になって、いくつかの電気メーカーは携帯事業から撤退しています。これは作っても売れないからです。ではこの13年の間、0円携帯や1円携帯というとんでもない時期がありました。それを我々は当然知っているはずです。それでもまだ作れば売れると思っている企業や組織があるかもしれません。しかし物を作れば売れる時代というのは終わっています。商品を並べれば売れる時代ももう終わっています。
昔、私が子供の頃は、電化製品は電気屋さんに行かないとありませんでした。しかもある会社の電化製品はその販売店に行かないとありませんでした。ナショナルの電化製品はナショナルのお店、日立、三菱といった、メーカーの系列店に行かないとその商品を買うことが出来ませんでした。それに対して流通革命を本当の意味で成しえたダイエーはいろいろ商品をかき集め、お店に並べました。(消費者に)気に入ったものを選んでもらうという手法を行い、爆発的な人気になりました。ダイエーが伸びたのはこのためです。ダイエーは当時裁判を随分起こされていらっしゃいます。一番有名な裁判が化粧品メーカーから訴えられたものです。当時化粧品というのは、代理店しか売れないという仕組みでしたが、ダイエーは(様々なメーカーの)商品を並べて、よいもの(気に入った物)を買ってもらうようにしました。
博多駅の近くにヨドバシカメラがあります。我々がお店に行くと、たとえばパソコンであればいろいろな商品を見比べて買うことが出来ます。今は当たり前のように我々は(比べて)買っていますが、その始まりはダイエーでした。その後ダイエーは非常に流行って、最終的には破たん(イオン傘下)になりましたが、並べれば売れるという時代の継承者がイオンです。イオンというところも、並べれば売れるという手法を取っていますが、このイオンですら、風景が一つ変わって、大型店舗の出店を辞めています。ご存じのとおり東京でコンビニを始めるそうです。
どこに作るかというと、東京の住宅地に作るそうです。お年寄りが増え、なかなか買い物に行かないので、街中の交差点の傍ではなく、住宅地に作ってプライベートブランドを売るという戦略を立て、今年200~250店舗を都内で始め、全国に広げるということを考えているようです。
ダイエーやイオンが行ってきた、「商品を並べれば売れた時代」も終わっています。
他人の行っていることを真似ればよかった時代というのが、東京モデル型というものです。世代的に私も随分年をとったもので、この前も講演で「中山律子を知っている人は手を上げて下さい」と言うと3分の1位のひとしか手を上げませんでした。中山律子・・・知らないでしょうね。日本で初めてパーフェクトを出したプロの女性ボーリング選手です。東京でボーリングが流行るので、いち早く福岡でボーリング場を作ると流行ります。あるいは東京でビデオのレンタル屋が流行ると、自分の地元でいち早くそれを作ると儲かるわけです。東京でディスコが流行れば地方でも流行る。東京でカフェバーが流行れば、地方でも流行る。これまでは、街場(東京)で流行っているものを持ってきて、商売を成り立たせるというように、他人がやっていることを真似ればよいというビジネスモデルがありましたが、これも無くなりました。
皆で渡れば怖くない時代、建設業者も全く同じく談合というのがありました。皆で渡れば怖くないのです。これは業界です。ほど、格差がどこから生まれてきているかという話をしましたが、やはりここ(業界)です。誰かが教えてくれた時代というのもあります。これは、「経験知」「これはこういうものだ」「あ、そうなんですか」という繰り返しでよかった時代が確かにありました。現在は教える側の方が全く分かっていません。後で少しお話します。
それから、誰かが助けてくれた時代。国が助けられる訳がないのですが、そういうことを考えている人たちがいるとするなら、これらは全て終わっています。何年くらい前に終わっているかというと、私の感覚からすると3年前に終わっていたと思います。
そういう意味から、「作れば」「並べれば」「他人と同じ事」あるいは「みんなで渡る」「誰かが教えてくれる」「誰かが助けてくれる」ということは、現在の企業経営に関しては皆無であるということです。
先日、ある九州の会計事務所の人とお話をしたところ、「消費税というのがどれくらい危ないか知っていますか」と言われました。皆様方、もうご存じかもしれませんが、税務署というところは今お金がなくて、国にお金を吸い上げるということが出来ずにいます。(私も昨年聞いたことがありますが)税務署が会社に入ってきた時に、まずどこを見るかというと消費税だそうです。
実際に会計事務所のクライアントが、消費税の滞納をしてしまい、3か月目に呼び出されて(税務署に)言われたことが「担保を出せ」と言われたそうです。以前でしたら有り得ない訳です。14%強の延滞料金をかけているわけですから、延滞が延びれば延びるほどよかったものが、掌を返したように「担保を出しなさい」と言ったそうです。会計事務所の先生はベテランの先生でしたので「俺が行って話しをしてやる」と言って行かれたけれども、「消費税は預かり金で法人税とはわけが違う」と強硬な姿勢で言われるそうです。個人の家・土地などを差し出せということを言われ、逃れられなかったそうです。
そういう話を随分前から私も聞いており、「そうなのか」と思いました。税務署の人は事務所の中に座っていたら「とってこい」と叱られるそうで、まるでノルマがあるようです。税務署に勤める友人に「犬だな」と言うのですが、それくらい「お金を取ってこい」という矛先は消費税なのです。売掛の債権も押さえるそうです。いろいろな事情を伺ってみたら、消費税を支払わないというのは、法人税を支払わないのとはわけが違って、大変強硬になっているそうです。
私は毎週メルマガを発行していて、そこには会員さんに発行しているものもあり、昨夜そこに「消費税の積み立ては行っていますか。法人税とは全く扱いが変わってきており、個人のものも担保に取っていかれる」ということを書きました。この詳しい数字(資料)を会計事務所の先生に頂いて、名前は消しておりますが、「これくらいの(額の)滞納に対して、担保を差し出せ、それを期日までに払わなかった差し押さえをする」というところまできていることを、会員の皆様にお知らせしなければならないと思い、昨日メルマガに書きました。
実際こういうことが起きているということを考えると、ビジネスモデル=以前の・・・というイメージで会社や組織を動かそうとすると、恐らくアウトです。アウトになった方も沢山見てきましたし、その中でもがく組織も見てきました。こうしなければならないと教える立場なので、かなり思いきった言い方をするのですが、後継者の覚悟として、「全てを疑っていただきたい」と思います。「親父の時、祖父の時はこうだった、自分が始めたときはこうだった」というのは、全く通用しません。今から17~18年前にバブルという時期があり、そのころ私は建設会社の跡取りで、しかも営業も現場もやっていましたので地元の青年部の中では、「おまえは弁が立つからマイク持て」と言われ、バリバリやっていたのですが、その頃のイメージで今やろうとすると、全くアウトです。
もちろん経験知というのは必要ですので、「これはこうだろう」というのはあるのですが、それが全く成り立たなくなっているということを、後継者はまずしっかり肝に銘じておかないといけないと思います。銀行の取引先そのものも、今の取引先がベストなのかどうかというのを考えないといけないと思います。根本の部分から後継者は考えなければいけないということです。

次に後継者に必要な3つの関係をお話します。
先程すこしお話しました、「時代」です。世の中は非常に変化しています。鎌倉時代から141年、戦後64年、あるいは50年、60年というターム、パラダイム、枠組み、要は「時代」が変買しているということです。時代をうけて当然のことながら社会も変わっています。
なぜ外国人が沢山日本にいるのか。一昨年、かなり大きな会社での講演があり、高山本線(飛騨高山に登っていく、岐阜から出ている鉄道)に乗って、その会社の研修所に行きました。飛騨高山ですから、山と山の間の渓谷をずっと抜けていくものですから、かなり楽しみにしていきました。約1時間半その渓谷を眺めながら行けばいいと随分喜んで乗りました。乗ってみて(驚いたのが)その車両に乗っている日本人は私一人でした。こちらに東南アジア系、こちらに中国系、後ろにカナダ人など、あらゆる言語が飛び交っているとういうのが、飛騨高山の高山本線の風景でした。これが一昨年のことです。
時代変化に合わせて「社会」が変わっていく。社会が当然変化していきます。後継者は当然このど真ん中にいて、「組織」のことを考えなければなりません。ですから、消費税とかいうのは、時代変化に合わせて社会が変わってきて、そこで起きてくることで、それは組織に関わることです。
当然後継者はこの3つをキチンと見据えていかねばなりません。組織だけを見ていてはダメだということになります。つまり、後継者に求められる3つの関係、実際には3つの要素、3つの機能ですが、この3つの関係が非常に大事になってきます。
私はこの仕事を10数年続けており、数千人に経営者や専務、常務、部長、課長などにお会いします。当然数百人の後継者の方にも会ってきています。私は平然と「後継者格差」等ということを言いますが、経営者・後継者の人に「会社の目的は何か」と尋ねると、大抵の経営者が「クラブ活動をやっている訳ではない。会社の目的は利益に決まっている」と答えます。クラブ活動ではない=慈善団体ではない、利益を目的としているということです。利益が大事ということは、売上が大事になります。売上に走るのです。
冒頭に話をした、宮崎に戻りますが、前の知事が官製談合で捕まったという経緯もあり、現在の知事が就任した3日目に「今後宮崎では200万以上の物件についてはこれまでの指名競争入札ではなく、一般競争入札にすると」という宣言をしました。・・200万以上の公共事業となるとほとんど全てです。かなり小さいものでも200万クラスです。そうすると、ほとんど全てを一般競争入札にすることになるわけです。
それ以前に、長野県がある実験場(の工事)を一般競争入札にしたところ、(実験場でしたので全県、どんなところでもこの物件に入札してよいという仕組みを作ったものですから)72%まで落ちました。1000万の物件を720万という札を入れないと取れないという現象が起こりました。この時に長野県で何が起きたかというと、建設会社が潰れると同時に関連して資材屋さん、サービス関係が潰れていきました。一般競争入札を一度にやると大変まずい状況になるというのが解っていたので、これは大変なことになると思いました。
実際に宮崎に建設会社は札を入れる時に78%で入れないと取れないという現象が起きました。1000万の物件を780万で入れないと取れないということになります。今は若干戻りましたが、一時期は78%でした。そうすると、皆売上が大事なので、78%で札を入れ、取ります。そうするとどうなるかというと利益が出ないのです。一昨年全国の建設会社で倒産が多かったのはどこかというと、当然宮崎でした。
建設会社が潰れる。宮崎というところは、地域の特性があり、一次産業従事者が人口に占める割合が全国1高いところです。一次産業というのは、漁業・農業・林業です。ここに勤めている人の比率が全国一高いわけです。そうなると、中学までは自分の百姓の稼ぎで子供を育てられたが、息子が高校に行くようになってから現金がいるようになった。百章の収入では購えないので土方に出る、つまり建設会社に勤めるという事がおきるわけです。建設会社に勤めている多くは兼業農家です。子供たちが高校になった瞬間、現金が必要になり、現金収入が足りない、そこで(人という字は支えあって人になりますが)支え合って生計をたてていたところに、その仕組みが壊れて、宮崎の自殺率が全国第5位から2位に跳ね上がったという背景があります。
そうなると、本当に「利益」なのか、ということを考えなければなりません。会社の目的は本当に利益なのかと聞くと、殆どが「当たり前じゃないか」とおっしゃいますが、私はそうではないのではないかと思うのが、この表です。ここには「企業の存続と発展」と書いてありますが、これが究極の目的ではないかと思います。言葉を変えますと、3年後、5年後会社がありますか、ありませんか、ということです。
3年後、5年後会社があるかどうかということが存続です。その時に売上が今より伸びて利益が出ている、あるいは売上が今と変わらず利益が出ている、あるいは売上が落ちても利益が出ているという形、これが発展です。そうすると、企業の究極の目的とは何かといった時に、それは「存続と発展」のはずです。ですから、ここが違えば、当然最初の導入の部分が違うわけですから、残りのプロセスも全部変わっています。ですからタイトルとして、企業の究極の目的「存続と発展」があります。ライトサイクルという名称をつけて、これをずっと言い続けていますが、3年後、5年後会社があるかどうかです。
この中には後継者、もしかすると経営者の方がいらっしゃるかもしれませんが、皆さんにお聞きします、皆さんの会社は3年後ありますか?5年後ありますか?・・・だから究極の目的なのです。会社があるかないか、その時にちゃんとお金が回っているか、キャッシュフローという言い方にしてもよいのですが、ちゃんと経営が出来ているかかどうか、これが第一なのです。
ではそのためにということを考えた時、ここに限界利益という言葉が出てきておりますね。これは会計事務所の先生が使用される限界利益と私が使用する限界利益は言葉の意味が少し違っておりますが、会社には仕事があっても無くても必要なお金というものがあります。
(今日は限界利益の話ではないので簡単に申し上げますが)項目としては、人件費です。10人雇っていて、年間500万を支払っているとすると、500×10ですから5000万というのは、仕事があっても無くても必要な経費です。固定費とも呼ばれています。会社が賃貸もしくは建物を建て、年払いで支払っているとすると、土地代、建物代というのは仕事があっても無くても払わなければならない経費です。光熱費(ガス、水道、電気)も固定費ですから、仕事があっても無くても必要になります。もし会社が車を持っていて10台使用しているとすると、燃料は別にして、車検、保険というものをかけなければならず、これも固定費になります。それから、会社がパソコン、ファックス、コピー機、積算ソフトや業務系、会計のソフトなどリースをしている場合も、それらは仕事があっても無くても必要になります。
「燃料」と私が言うと「燃料は仕事が出てから使う」と答える経営者がいますが、嘘つくなという話です。経理帳簿をきちっと見ると、社長が乗る車、専務が乗る車、常務が乗る車、営業部長が乗る車、あるいは総務系、経理系の女性が収金や請求書を持っていく時に乗る車、これらの燃料というのは固定費として必要になります。年間いくらですか・・という話です。
このように一つずつ拾い出していくと、一般管理費というものがあります。一般管理費とは何かというと、福利厚生、租税公課を含め、会計事務所の顧問料や商工会議所への会費など、仕事があっても無くても、一般的に収めなければならないお金です。これは一般的に固定費と呼ばれています。私はそれに借り入れも入れます。
そうすると、会計事務所の先生に「嘘言っちゃいかんよ、あれは利益から出しているんだから」と言われます。解ります。会計から見たら、借金を返すというのは利益の方から出ていくわけですから、費目の問題からいうとそうです。しかし、私はマネジメントの観方から言っています。月に50万ずつ、年間に600万のお金を返さなければならない会社というのは、月々50万というのは仕事があっても無くても払わなければならないという観点からいくと、それは固定費です。
私は会計の観点からものを見るのではなく、マネジメントの観点から物を見ているので、それ(借金)も固定費として考えると言っています。このトータルのことを限界利益と言います。
そうすると、限界利益の確保、つまり仕事があっても無くても、8400万、1億2000万、8億9000万(会社によって異なりますが)集めなければならない金額を明確にして確保することが重要になります。そうすると、今までは、粗利の・・・という考え方をしている経営者が多かったです。たとえば、「5億売りあげればいい。粗利の20%として1億位が残るから、それならうちは回る。」だから売上5億、粗利という考え方をされます。
ところが、今はデフレの時代です。昨日も伊万里にいってびっくりしました。ある激安小売店がありましたが、びっくりするような安値で物を売っています。このチェーン店に最初に行ったのは別府した。私も知らなかったのですが、スタッフが「社長単身赴任ですよね、ここ行きませんか?」と店に連れて行かれました。新しい建物で、奥様方の気持ちが良く解りました。安いというと余計なものまで買ってしまします。ワゴンに1つ半くらいの買い物をしました。単身赴任ですので、買って帰った後、本当に悩みました。うどん(乾麺)など、こんなにあって199円、蕎麦も買い、その上、冷麦まで買ってしまい、ひと夏でこんなに食べるのか・・・馬鹿な買い物したなと思いました。1週間ほど前にこれがきれいになくなりました。昨日そのチェーン店を伊万里で見て、「ちょっとごめん」とまたその蕎麦と冷麦を買ってきました。
では、安くというのが条件になっているとすると、売上から持ってきてはダメなはずです。ですから、限界利益はいくらですかと聞くのです。100社中100社答えられません「御社の限界利益はいくらですか?もしくは固定費はいくらですか、借入の金額まで入れて、仕事があっても無くてもいくら必要ですか」と言った時にほとんどの経営者が答えられません。何を答えるかというと「売上」と答えます。「だいたい13億くらいあればいいけど、今年はちょっと10億きりそうで・・」と売上の話をされます。それっておかしいでしょうという話です。そうなってくると、限界利益の確保というものが必要になります。
フロントホックブラというものがありますが、これを男性に50字以内で説明せよという話と、女性に50字以内で説明せよという話です。フロントホックブラ、ブラジャー、日本語にすると乳あてになりますが、乳を押さえるものをブラジャーと言いますが、これを男性に言うと95%の男性は「前で外すもの」と言い、女性に言うと98%の女性は「前で留めるもの」というそうです。同じフロントホックブラを男性は「前で外すもの」で、自分で留めることはほとんどありません。ですからフロントホックブラというと前で外すものということになります。
しかし女性は「前で留めるもの」と言います。
では利益というのは考え方が2つあります。こちら側とあちら側では意味が全く異なってきます。前で外すものなのか留めるものなのか。利益というものを、売上を上げて確保するものなのか、金額を集めるものなのか、というと意味が全く違ってきます。
集めるというのは、自分たちが出かけて行って集めるものですから受動的です。反対に売上を確保してというのは二動作がかかるものです。売上を上げて、これだけ残っているはずだと、ワンテンポ遅れているものです。では先ほど申し上げた「経験知」を考えた場合、これまでは粗利の35%というものが成り立っていた時代です。私が建設会社に入ったときに現場で粗利の35%は残さないといけないと言われていました。1000万円の工事をしたら、350万は会社に入れろということです。そんなことが出来ていたのかと思われるかもしれませんが、出来ていたのです。だから土建屋が一生懸命仕事を取ってきていたのです。仕事を取れば粗利の35%が取れますから。少々たたいたとしても20%とか25%は取れるので、実は談合破れとかいうこともありました。
ところが、粗利が確保できるかどうか解らないということになると、限界利益を確保する=集めなければなりません。我々多くの企業のマーケティングのお手伝いをしていますが、中小企業が何故マーケティングができないか、多くの会社が何故マーケティングを構築することができないかというと、それは粗利から考えているからです。
売上から考えるので、マーケティングを構築することができないのです。売上ではなく、いくら集めるかという観点からいくと、マーケティングの構築の仕方というのは、道幅が拡がり全く反対の所から持ってくることが出来ます。
例えば、ネットビジネスというものがあります。よく「売れるチラシ」「売れるWEB」というセミナーがありますが、それらの資料をいただいたり、東京や大阪あたりで、タダで聞いたりするのですが、聞いていて思うのが、「チラシを作れば売れる」というのは嘘でしょうということです。「WEBをキチンと作ればうれるの?嘘でしょう?」と思います。本当はその下の仕組みである、お客様が何を求めているのか、という本当の意味での顧客調査やアンケートのやり方とか、WEB作るのであれば自分たちで更新できる仕組みであるとか、そういうところを教えないといけないのに、彼らは先ほどの「売上」の所のみを教えています。こっち(本来必要なこと)は教えてないということからいくと、限界利益の確保からこのWEBを考えれば、WEBは生き返ってくるはずです。野菜だけで2億の売上をあげている宮崎の若い男性がいます。彼は一人でやっています。宮崎は野菜の産地ですから、形の悪いものも旬の時にお届けするという形で2億を売り上げています。それはやはり、集めるという観点からビジネスを行っています。
お金というのは1円単位です。組織の中に1円単位の感覚がないとダメです。経費の縮減というときに、「これを削る、あれを削る」というのは今までのやり方で、逆にこういう無駄なことをしているので取引先を変えてくださいと言える社員が何人いるかが重要になります。社長、常務、専務あるいは経理部長辺りが、今度から「旅費を考えるように。今度からはこういうものは使わないように」と言っているのが今までのやり方です。体質改善が終わっている会社は、同じ交通費を使うのであれば、こういう使い方をしたら安くなるよとか、携帯電話もこういう組み合わせにすると年間の数10万安くなる、といった事を組織の中で言っていえるような体制を作り上げています。
我々のクライアントにもそういうところが沢山あります。これは1円単位なのです。ですから単位が変わればやることも変わっています。
ではそれを何に使用するかというと、生活に使います。生活というものを定義すると、妻・子供・親が安心して暮らせることです。では会社の存続と発展でいうと、3年後・5年後の存続のためには、限界利益を把握して1円単位で集める、それを何に使用するかというとそれぞれの生活に使う。つまり、従業員の集まりで私が言うのは、「あなたたちは、会社に沢山文句を言いなさい、自分たちの生活を守るために会社はちゃんとしてくださいと言わなければならない」と言っています。逆に経営者には「あなたたちの生活を守るためにちゃんとしなさい」と言っています。これは(互いの生活を守るということからすると)イコールです。
しかしこれがイコールになっていない組織が非常に多いです。我々はよく、「うまくいかないから来てください」「先生の講習に参加したい」と言われます。(福岡で毎月のように主催しているので、講習会に来ていただいていますが)資料がイコールになったところだけが1年続きます。3回まわすと3年、4回まわすと4年、5回まわすと5年続いたことになります。ここに自社システムというのがございます。システムというところまで分かれば、誰がするのか、いつするのかという実際のアクションプラン(行動計画)に落としていけます。これは非常に大きな概念を書いておりますが、後継者と何の関係があるのかと思われるかもしれませんが、後継者は組織の存続と発展を第一義的に考えなければならいのが後継者だからです。当代がいるから大丈夫・・・ではダメです。
癇に障ることがあればごめんなさい。ある青年会議所で2年前に呼ばれて、結構派手に集まっておりました。その時からおかしいな・・・と思っていました。幹部の人が全て40代で、青年部なのです。その中に47歳や48歳の人がいて、「後継者です」と言って私の所に挨拶に来るわけです。私はお酒をほとんど飲まないので、話を聞いていたのですが、一つ気に食わなかったのが、「〇〇さんが総理大臣になったら我々の生活は良くなる」と言った人が何人かいました。それは年齢の高い連中で、それが青年部なのです。「お歳はおいくつですか」と聞くと、「47歳」とか「48歳」とか言うわけです。青年部の規定はどうなっているのか、40歳以下ではないのかと思いました。
そういう人たちがOBや幹部であまりにも総理総理と訳のわからないことを言うものですから、その時の私が何を言ったかというと、「お父さんはいくつの時に独立されましたか、2代目だったら、お父さんおいくつですか」と聞きました。「うちの父は28歳で(独立)」「うちは32歳で」「23歳」で、という話をずっと聞き、そこから机をたたいて、「何をねぼけているんだ、あなたたちの父親は22歳や23歳の時から当代で、あなた方は48歳になって何が後継者だ」と言いました。なぜ当代として動かないかという話です。
2代目、3代目の問題点です。最初に格差と言ったのは、ここにあります。非常に良い時代が続いてきたので、気に障るようなことを発言したら、大変申し訳ありません。
組織のいろいろな事情がありますから、若くして(当代)になる、なれないというのはあるとしても、47歳、48歳にして「専務です。いろいろやりたいことはあるのですが、オヤジがまだ元気なのでできないんですよね先生」と言った時には、コミュニケーションが取れている人がいれば「こら」といって頭を叩きます。父親はいくつで独立しているかというと、27~28歳で独立しているわけです。父親はその時から仕事もとってくる、人間も育てる、資金繰りはする、銀行交渉も延々やり続けてきたはずです。47歳になって何が専務だ、と言って頭を叩きます。
これが格差です。同じ専務でも、常務でも、部長でも「後継者というのは」という話になってきます。過激な発言は最後にしようと思いましたが・・・。すみません。
この仕組みというものを理解していただいて、新しい組織の概念の話をします。どういう組織を作っていかねばならないかというと、普通組織というのは三角形です。社長がいて専務がいて、常務がいて、部長がいて、課長がいて、係長がいて、末端があって、その下に協力会社やアルバイト、パートがいるという三角形です。現代組織というのは、上の方の世代、つまり社長、専務、常務、番頭さんが57~62歳くらいのグループを筆頭に三角形の組織がひとつあります。(会社によって違いますが)、日本の社長の平均年齢は57歳ですから、それから5年くらい社長をやったとして62歳ですね。今までですと、右肩が上がっていたのでこのような三角形でよかったのですが、今はこれではダメです。
時代の変化が非常に早い現在は、経営グループというものがあり、その下の組織・グループがあるといった、2つのグループがないとダメです。その2つのグループの支点(接点)の部分、繋いでいるのはだれかというと、後継者です。あるいは後継者グループということになります。皆様方が経営者なのか、あるいは後継者なのか、後継者候補なのか私は解りません。
今まで10年間コンサルの仕事をして、ベスト3の会社を選べと言われたら、すぐに出てきます。第1位の会社は四国にある会社です。
5S活動というのがありますね。整理、整頓、清掃、清潔、しつけ。私は5S活動のコンサルではないのですが、コンサルを行うとき、会社の緊張感を上げるために5Sという手法を使います。5Sには一つ一つ意味があるので、各々を仕組みで作らせて、そこに緊張感を与えて、限界利益を出して、1円を拾って、グラフ化して、足りている、足りていないということを全員で見るという仕組みを作って行って、その上でその組織に対してマーケティングの技術を乗せるという手法を使います。ただこの5Sというのが非常に目立つものですから、ある時その丸亀の会社から連絡があり、一度来て話を聞かせてくれという依頼がありました。コンサルの依頼だということで、私はフルセットで行こうと思っていると、「5Sの話を聞かせてくれ」とおっしゃるので、「私は5Sのコンサルではありません、経営コンサルなので、やるとすれば、ここからここまでというのが私のワンセットなので」というと、
「5Sを教えてくれればよい。管理会計とかはどうでもいい、とにかく5Sだけだ」と言われるのですが、「5Sだけのコンサルはしたことがない。そういう切り売りはしません」と、かなり強く言うと、すぐに私の話を理解してくれて、結局四国に行くことになりました。
行ってみてびっくりしたのは、5Sのリーダーやメンバーを選ぶ時に、20代半ばから30代前半の若い人が入っていたことです。(私は皆様方の事業規模は良く解りませんが)25歳から30代前半の男性、女性の集団と約半年、仕事のやり取りをしていました。彼らが皆様方の会社に勤めたら、大体半年で部長ができると思います。
彼らと話をする中で、「どうしてその若さで全体のことが考えられるのか」と思うくらい鋭い感覚を持っていました。不思議でしようがありませんでした。
特にある営業所の女性は27~28歳で大変優秀でした。3か月目に社長と会食する機会があり、「社長、御社の若い社員はすごいですね。私は色々なところで、20代、30代の若い人と会っていますが、彼らはものと質が違います」と申し上げたところ、社長は少し喜んでくれました。その女性の話をすると、「そうですか、先生もそう思われましたか。実は彼女は2~3年くらいしたら、創業以来、初めての平取の役員に起用しようと思っています。」と言われていました。
また、建設会社なので当然リフォームなども行うのですが、「今後リフォームの会社を立ち上げようと思っていて、それは女性スタッフですべて行うつもりで、彼女はそこのリーダーにしようと思っています。ですから今鍛えているところです。」ともおっしゃっていました。あの女性はすごいです。また男性もびっくりするくらい凄いです。「なぜですか?」と伺いました。
その社長は非常に明快な方で、社長が若い頃、松下の工場に勤めていた時にお父様(先代)がおなくなりになり、自分が帰ってこざるを得なくなった。社長を引き継いだ時が35歳、私と会った時がちょうど50歳で、私より2つ上(今から4年くらい前で、丁度私が48歳の時)です。その社長いわく「自分は60歳で引退しようと思っており、後継者をどうするかと考えた時、自分の中に条件が一つあって、引き継がせるのであれば、35歳から40歳の間の人に引き継がせたいと思っていた。」とおっしゃっていました。
10年後に自分が辞めるので、(50歳の社長はそれを考えたときに)逆算すると該当者が9人いて、その9人に対して社長塾というものと専務塾というものを社長と専務自ら毎月行っていらっしゃるそうです。専務は社長より年上で先代の番頭さんだった方です。この2人が9人に対して毎月社長塾、専務塾を行い、その受講生が私の授業に来ているわけです。
その9人がどれくらい凄いかというと、その会社には関連会社が3つ、本社を入れると会社が4つあり、社長が彼らに行った最初の宣言が「私の後継者が君たちの中から出る。それは役員会で指名するのか、私が決めるのかはまだ分からない。だた、60歳になったときに自分は辞める。その時君たちは35歳から40歳で、私の後継ぎになった社長が、他の子会社の社長を必ず指名しなさい。」だったそうです。つまり9人のうちの1人が親会社の社長になりますから、残りの8人うちの3人を子会社の社長に指名させる、子会社の社長に指名された人は、残りの5人の中から専務を選ぶな、子会社の中から専務を引っ張り上げる(決める)ということです。そうなると5人のうちの4人が役付きになって、なおかつ指名を受けた者は、残りの5人の首は即座に切れ、ということです。
「自分の先輩がいる会社など仕切れる訳がない」というのです。社長になった時には3人を専務として指名して、自分もそれ以外から専務(部長級あたりから)を選べということです。残りの9人のうちの5人の首は即座に切れというのが、社長塾の最初宣言です。そのくらい無くて、この時代変化が激しい時に、組織は維持できないというのです。
その9人がやっている5Sです。皆様方の会社の事業規模は解りませんが、この9人は皆様方の会社に勤めたら3か月で部長級になります。ではその会社の今の部長たち、取締役級、部長級、本部長も含めてどうかということです。その会社の経営会議にも入り、ずっとおつきあいさせていただいておりましたので、良く理解しているのですが、ここの部長級の人たちは、他の小さい会社であれば社長が務まります。なぜこのように優秀な人が部長なのか、(もしくはマネージャーなのか)というくらいの人材です。小さい会社に行ったら社長が出来ます。四国の地方都市で48億という売上を立てて、十数年間連続黒字という会社です。後継者というものをこのように考えている会社です。

皆様方が後継者なのか、後継者候補なのか、実際の経営者なのかわかりません。しかし、ここです。世の中が非常に変化しています。時代変つまり、国際化、情報化、社会変化、人口減少、制度疲労(制度変化)、少数精鋭、速度を充実させないといけないというときに、従来の三角形の組織はアウトだと思っていただきたいと思います。
つまり支点がぶれないということが大切で、たとえ経営陣がぶれたとしてもここのヒンジの部分がぶれなければ組織はぶれません。社長がぶれてはいけないというのは、今までの三角形の組織の場合で、社長が1cmぶれると、幹部は30cmくらい揺れます、末端は3mから5mぶれますから、その状態で仕事をしろというのは無理です。
ですから天辺はぶれてはいけませんでした。
ところがこれだけ時代変化が激しいと、天辺はぶれます。「政権が変わった」と言ってオロオロしている経営者が何十人もいます。「どうするんだ俺たち」と言っている訳です。上がぶれた時、後継者が決まっているところはここがぶれてはいけません。その動きを受け止めてきちんと組織に伝えていく。後継者の一というのは、年齢・性別関係なくこの位置にいるはずです。これからの時代、年齢や性別は関係ありません。
私が思う後継者のベストな年齢は35歳から45歳くらいに、近いうちに落ちてくると思います。当然偉い人、ベテランの人達はその上にいるのですが、これだけ時代変化が激しい中ですから、第2エンジン(私はそう呼びます)が必要になります。お付き合いの長い会社には「第2エンジン」を作らせています。第1エンジンがおかしくなっても、第2エンジンがちゃんとふいている状態を作らなければなりません。2馬力にしましょう。天辺だけ、社長や幹部だけが頑張っているだけではダメです。その第2エンジンの頭になるのが後継者になります。
時代変化とは、島国時代の終わりです。1日の外国人の往来というのは6万人です。年間に約2190万人が国境を横断しています。もう島国ではありません。日本を島国と思っていたら大間違いです。1日に6万人がボーダーを超えているのです。国際化というのはこういうことです。
新生児の親のどちらか1人は外国籍です。結婚の15組に1組は外国籍の結婚になっているし、日本の国際競争力を図る、GDP第2位というのは大ウソです。本当は55か国の中で24位です。以前のイメージではダメです。そうなってくると市�%A
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講師:戸敷 進一(とじきしんいち)
株式会社経営改善支援センター 代表取締役
1956年、宮崎県出身。日本大学文理学部社会学科中退。20代より九州の地場企業で、測量設計事務所、建設会社勤務。
20年の現場経験および経営幹部経験を経て、独立。全国の建設系企業のISO認証取得に関わる。
近年では全国の会計事務所ネットワークの要請により、建設系のみならずサービス業(小売・会計事務所)、工場などの企業への「経営体質改善」に積極的に関わる。現場に精通した人間として、率直かつ大胆な提言は、多くの経営者、経営幹部の共感を得、熱心なファンを持つ。















