「今、後継者に求められるもの 志を教える 松下幸之助の“人づくり”」(2009/10/20開催)

「今、後継者に求められるもの 志を教える 松下幸之助の“人づくり”」(2009/10/20開催)

福岡商工会議所事業承継支援センターでは上甲晃氏を招聘し、後継者の選択に迫られる経営者の方や後継者・後継予定の方などを対象にセミナーを開催いたします。 人づくり第一人者である上甲晃氏に今後の厳しい時代を生き抜く経営者像、経営者のあるべき姿、不況に負けないために高い志を維持する方法について熱く講演していただきます。

本文の後ろに添付資料がございます。印刷してご利用ください。

事業承継 地域力連携拠点事業

こんにちは。向こうにおりますと、なんだか城壁の向こう側にいるような感じになり親近感がないので、少し前に出てお話させていただきます。私はあまり難しい話はできません。自分が経験したことを自分の言葉で話すということを大原則にしております。立派な話をしようとして色々引用すると、それは寸借詐欺になると(松下)政経塾時代から申しておりました。自分の話を立派にしようとして、あちこちから言葉を引っ張ってきて継ぎ接ぎをするような論文発表をするような人が良くいます。それは寸借詐欺だと思います。どんなに稚拙でもよいから自分で経験したことを自分の言葉で話すということがオリジナルで、それがすごく大事だと思います。それは会社でも同じで、社員に訓示するときなども、聞いてきた話ではなく自分が経験して自分の心で感じたことをお話すると通じていくと思います。「昨日こういう話を聞いてきた」と言っても、よその話のように聞こえます。話している方も、何となく昨日感じたことと、話をしてみた時と実感が違う、ということもありますので、今日は本当に自分が体験したことを元にお話しようと思います。

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私は40歳まで松下電器で電子レンジの販売課長をしておりました。あれから30年経ちました。電子レンジを売っていたころからすると、ちょうど30年です。私が売った電子レンジは今ではほとんど廃棄物です。残っていてもポンコツか骨董品(にはなりませんが)、使い物にはならないという意味においては、あんなに頑張ったけれども、結局私が頑張った成果というのは、この世にはもはやないという感じがします。

それに対して人を育てるというのは、君子の楽しみと実に良く言ったもので、それ以来、松下政経塾で人を育てる仕事を14年間行ってきました。その時に私が深くかかわった塾生達が、今まさに日本を動かし始めています。まさに電子レンジを売るのと、人を育てることの大きな違いであります。前原氏は今国土交通大臣で頑張っております。原口氏もご当地に近い出身ですが総務大臣であり、野田よしひこ氏は第一期生で財務副大臣です。あちこにゴロゴロと政経塾の卒業生をいるのを見て、しみじみ「あれから30年か」という思いと「人を育てるというのはそういうものだ」ということをすごく感じるようになりました。大事なことには時間がかかります。時間をかけて人を育てるということが大変重要ですが、どうも最近は即効性を求められます。「何かすぐに効果はないか」と言われますが、私はその根本からして間違っていると思います。本当に大事なことは時間がかかり、栄々として積み上げていくようなものがなければ、本当の意味で立派なものは出来ないのに、とかく小手先に走って、「簡単に、楽に、効果があがる方法はないか」と言われます。私が人を育てる上で一番嫌いなことは、即戦力という言葉が一番嫌いです。人を馬鹿にしていると思います。直ぐに役に立つ人というのは、役に立たなければすぐに捨てますよというのと同じ意味です。あなたの技術が最先端であれば即戦力です。それが10年経って少し古くなればもう用済みです。ですから、私は人を育てる場合は、「即戦力」ではなく「長持ちする人」だと思っています。いつまで使っても、使い減りのしない「長持ちする人を」を育てなければならないと思っています。いまだから偉そうに言っておりますが、本当に大事なものは時間がかかる、そして時間をかけてやっているものが後々の残っていくということを、しみじみとあれから30年経って感じております。

松下幸之助が松下政経塾を作ったのは85歳の時でした。ちょうど今から30年前(今年で30周年)になります。当時私は「余分なことしたもんだ」と思っておりました。いかに経営の神様といえども、85歳の老人がやることではないと思っていました。第1期生の時代は卒業までが5年でしたので、第1期生が卒業する時には90歳です。直観的に「もたない」と思いました。ですから入塾式はこの世、卒塾式はあの世、いかに松下幸之助といえでも85歳からやる仕事ではないと思っていました。しかし最近すっかり考え方が変わり、「大したものだ」と思うようになりました。それは私も随分歳を経て70歳近くになって、その年(85歳)に近づき、次のようなことを考えたからです。「もし私が85歳まで生きることが許されたとしたらどういうことを考えているだろうか」と想像した時、私は私のことで精一杯だと思いました。85歳まで生きたら恐らく自分のことで精一杯で、「出来たら90・100まで長生きしたい」と考えていると思います。もしくは、もう少し元気であれば、「もう一度博多山笠を見たい、温泉に行きたい」などと考えると思います。全て自分のことで、その自分のことを考えるのに精一杯だと思います。

松下幸之助は85歳の時何を考えたかというと、「21世紀の日本」を考えたのです。これはすごいことだと、この年になって思いました。85歳にとって21世紀の日本は自分が死んだ後のことです。今から30年前のことですから、どんなに自分が長生きをしても21世紀にはとても生きていれない年齢です。その自分の死んだ後のことを本気で考えるのは、本当にすごいと思います。21世紀の日本は本当に大変なことになると言われても、私などは、「ええんや、俺の死んだ後がどうなろうと俺には関係ない。俺が生きている間だけちゃんとやってくれれば、俺が死んだ後など俺には関係ない」という考え方をする私から言えば、自分の死んだ後のことを本気で考えられるというのは、本当にすごいと思います。もし日本人が皆そう考えたら、日本はすごい国になります。「俺のことはええんや、子子孫孫のことまで考えよう」と皆が思えば、日本は変わります。しかし、皆他人のことなどどうでもよくて「俺の面倒みろ」なのです。ですから行き詰っていくのです。私はその時に「こういうのを志というのだな」と思いました。私は、事業承継の答えは何かと聞かれれば「志」だと答えます。志の継承だと思っています。会社は資本の継承でも、会社の継承でもなく、まさに先代の志をいかに継承するかだと思います。会社の継承というのはそこが原点だと思います。会社があるから引き継いだのではありません。先代の志があるからこそ、その志を引き継ぐのが本来の事業継承であって、田畑が“あるので”継承するから上手くいかいのです。農業にかけた父親の志を引き継ぐと思えば、実は本当にスムーズに継承出来るわけですが、「会社があるから」「お金があるから」と言って継承したものは、やはり行き詰っていきます。ですから原点は先ず「志の継承」ではないかと強く感じます。

松下幸之助の話から、志の第一条件は「自分が結果を見届けられない事に対して、自分が本気になれるかどうか」です。私たちは、自分が努力した結果をこの目で見ることに対しては、誰でも本気になれます。ですからよく「この目の黒いうちに・・・」というのです。しかし、今しっかり努力していることの結果は見届けられないけれども、これをしっかりやっておけばきっと10年、20年、30年後に大きな力になるだろうと信じて、我が事のように努力するというのが志です。ですから、志の第一条件は「自分が結果を見とどけられない事に対して本気になる」ということだと思います。事実、こうして松下政経塾の卒塾生が、いわば日本の政治の世界に立って活躍する姿を、松下幸之助は見ることが出来ません。20年も前に亡くなっているわけですから。しかし、松下幸之助は信じていたと思います。その信じる心が志の原点であり、自分が結果を見とどけられないことに関して、自分が本気になれるかどうか、ということをしみじみ感じます。

2番目に、松下幸之助はこの松下政経塾経営のために、個人の財産を70億出しました。身銭を切りました。私は思う志の条件は、「世のため、人のために身銭がきれるかどうか」ではないかと思います。我々は、自分の為でしたらいくらでも身銭をきります。しかしどこの誰だか分らない人に、お金は使えないのです。「松下さんくらいの金持ちだったらできるだろうが、私のような貧乏人には無理です」とおっしゃる方がいます。「70億とはいいません、1000円でいいので、恵まれない子供たちのために1000円出してくれ」と言われたら・・・。自分の為の1000円なら出せても、どこの誰か解らない人にこの1000円が出せないのです。世の為、人の為に自分の財産(身銭)を出せるかどうかです。財産はお金だけではありません。経験や知恵、知識などありとあらゆる自分の持っている財産を、世のため人のために差し出せるかという志が問われているのだと思います。

松下幸之助が繰り返し言い続けてきた言葉があります。「君、人間はどういう考え方をし始めたら行き詰るか解るか。人間は自分のことしか考えられなくなったら、目先のことしか考えられなくなったら必ず行き詰る」と言っていました。人間は苦しくなると、なぜか目先にことしか考えられず、先のことが考えられなくなります。そして他人のことを考える余裕がなくなり自分のことで精一杯になります。ですから行き詰まります。まっすぐ行き詰ります。人間は自分のことしか考えられなくなったら、そして目先のことしか考えられなくなったら、必ず行き詰ります。なぜならばそれは「真理に反しておるから」と松下幸之助は言っていました。我々は結局、先人のおかげで生きている訳で、それを子孫に綱いでいくという大きな時の流れの中で生きているのです。にもかかわらず、目先のことしか考えないというのは、真理に反していますよね。我々は人と人の間に生きています。だから人間ですよね。しかし自分のことしか考えられないというのは、これも人と人の間に生きるという真理に反しています。真理に反したら必ず滅びます。「目先のこと、自分のことしか考えられなくなったら、人間は必ず行き詰る。そして経営者になる最大の条件の一つは、現在の延長線上で未来を考える人であってはならない。未来から現在を考えられるのが経営者であり、そこが根本的に違う」と言っていました。どういうことかというと、将来のあるべき姿を思い描くことが経営者の第一条件だということです。この会社を通じて、5年後、10年後こういう会社を作ってみたい、こういう風に社会に貢献したい、こういうことをしてみたい、という将来の理想像を思い描くことが経営者の第一条件だと言われていす。その思い描いた将来像から遡って、今日、今現在何をしたらよいかを考えるのが経営者であって、今日の延長上に明日を考えるのは経営者ではない。「それは人間にしかできないことだ(松下」と言うのです。将来こうありたいという思いを持って、それを実現していくという行為は人間にしかできないことなのです。犬や猫にはできないことです。ですから、会社を経営するのであれば、5年、10年、20年先にどういう会社にしたいかという思いを持つことが全ての原点です。ですから、経営というのは、将来を思い描くのが第一、次にそれを実現する手立てを考え、三番目にその上に立って今日現在何をなすべきかを考え実行に入ること、これをもって「経営」と言います。とても大切なことですね。

実は中国で経営というのはこういう風に定義されていて、中国で使用する経営というのはそういう意味らしいです。将来のあるべき姿を定めて、どうすればそれを実行できるかという、実行の段取りを考え、今日今何をすべきか現実からスタートするのが、本来の経営です。それに合わせてみるとよいですね。我々は将来どういう姿を思い描いているか、何となく、それらしくなっているのではないか。今月の売上と資金繰りで精一杯となるともうこれは経営ではなくなってきます。いくら肩書が経営者でも、これでは実態は経営者ではありません。それは安岡正篤さんがうまいことを言っています。中国古典からきている、経営の3条件というのがあり、第一に理想、第二に実現、第三に現実でした。理想を描いてどうしたら実現できるかという実現のシナリオを考えて、現実からスタートするのが経営というものです。まさに志です。そういうものがないと経営にならない。

そいう観点から松下幸之助が繰り返し言い続けてきた事は、「やがて日本は行き詰る」という事でした。しかもそれは、高度経済成長の真っただ中にそういうことを言っていました。いまから40年前です。日本が飛ぶ鳥を落とす勢いであった時に、松下幸之助は「このままの政治が続けば日本は必ず行き詰る」と言っていました。皆聞いていませんでした。「そんなもん、日本が行き詰るはずがない」と言っていました。飛ぶ鳥を落とす勢いの時に「日本は行き詰る」というのですから。その理由を聞くと、「日本の政治を見てみなさい、何一つ将来のあるべき姿を示していない。」と言っていました。本当ですね。「こういう国を作りましょう」「こんな日本を作りましょう」という話を政治家から聞いたことがありませんし、誰も言っていません。麻生さんも繰り返し「目先の景気浮揚が大切」だと言っていました。もちろんそれも大事です。しかし総理大臣はそれだけではダメです。その先の日本を語らなければならないのです。「みなさん、こんな日本を作りましょう」という将来のあるべき姿を示すところから、実は総理大臣の役割が始まるのです。しかし目先の景気浮揚が肝心だというのは目先の事しか考えていないのです。そのようなことですから、行き詰るのは当たり前です。まさにそういう意味で、松下幸之助は「日本の政治家は目先のことしか言わない、自分の選挙と自分のことしか考えていない、だから日本は行き詰る」と言い、それが松下政経塾を作った原点です。本当に行き詰ってきました。

毎年仲間で中国に行きますが、本当に10年前は我々のメンバー内で「中国も最近元気になったな、しかしまだまだだよな」と言っておりました。今年、上海から上州(ジョウシュウ)という蘇州の沿線に行きました。皆、「これはかなわんな・・・」と言っていました。この10年でこれはかなわないという感じがしてきた訳です。どんどん日本丸は沈みながら漂流している。我々の真面目な努力が活かされない時代になってきました。どんなに綺麗に船の中のトイレ掃除をしても、船が沈んでいるのです。心をこめて一生懸命自分の持ち場の窓のガラスを拭いていても、拭いているガラスのその船が沈んでいるのです。そういうことからすると、まさに、「国家100年の経を持った政治家を育てたい」という松下幸之助の思いは全ての原点だったのではないかと最近しみじみと感じております。

政治の話はまた後でするとして、経営の話に戻します。私は松下経営塾で14年仕事をしました。その中で「物の考え方」というものをすごく教えられました。私は40歳までは電子レンジの販売課長をしておりました。当時の職制でいうと電子レンジ事業部首都圏担当の販売課長で、奈良県の大和郡山に工場があり、月曜日だけ出勤し火曜日に新幹線に乗って東京に行き、金曜日場合によっては土曜・日曜までホテルに泊まり歩いて、電子レンジを売って歩いていました。よく叱られました。「君の説明を聞いていると、いろいろな料理ができると思って妻に買ってやったが、酒燗しかやらない」とか言われました。「それは俺の責任かな・・・」と思いつつ、要するに「こういうものが食べられます、作れます」と一生懸命宣伝をしておりました。そういうときに当時の事業部長に呼ばれ「上甲ちょっとこい」と言うので、私は「また叱られるのかな・・・」と思いつつ行くと、変なことを言うのです。「おい、エライことになったぞ、君に赤紙がきた」と言われるのです。

余談になりますが、皆さん、こういう話が最近めっきり通じなくなってきました・・・「赤紙」がピンとくる人が少なくなって、中には交通違反の話だと思ったり、ひどい人はそれはイエローカードの間違いではないかと言ったりして、赤紙と言っても解らない世代が多くなりました。もっと言うと、松下幸之助が解らない人がいます。ですから私の講演もだんだんやりにくくなってきています。この前も広島で美容師さんの研修会に行くと、20代の個性的なファッションの若者ばかりで、私にはチンドン屋さんのように見えたのですが、不安も持ちながら先程のような講演をすると、皆がピンと来ていないのが伝わってくるのです。これは松下幸之助が解っていないな・・・と思い、話を途中で留めて「松下幸之助という人を知っている、もしくは名前くらいは知っているという人は手を挙げて」というと、ちょうど半分でした。あとの半分は「誰やろう、助って変な名前」という感じです。私の話は松下幸之助を前提として了解してもらわないと、話が前に進みません。そこで話を戻して、「松下電器はわかりますか?」と聞くと、「解らない」というのです。パナソニックと名前が変わるはずです。私も困りきって「皆さんのお宅のテレビはどこの商品ですか」と聞くと「パナソニックです」言ってくれました。良かったですよ。これがソニーですなどと言われると、また延々と話を戻さなくてはなりません。それくらい、我々が当たり前と思っていることが、世代によっては通じない、何のことか解らないのです。

会社でよく社長が説教されている姿を見て、「あ、これは通じてないな」ということが沢山あります。解っていないのです。社長からしたら「もっと真面目に聞け」と思っているのでしょうが、社長が何を言っているのか分らないのです。もっと言うと、松下政経塾は昔、「昭和の松下村塾」と言われていたという話をすると、その松下村塾が全く分からないのです。ご当地は山口県に近いので、比較的常識の範囲に入っていると思います。松下村塾と聞いて解る人は極めて少ないです。某大手生命保険会社の支社長研修で松下村塾が解らない人が3人いました。時代が変わったというか、これでいいのかなと思います。言葉の了解がないと話というのは難しいですね。赤紙が来たと言っても解らないのです。いわゆる召集令状ですね。戦争の時に無条件に軍隊に行かねばならず、そのお知らせをする紙が赤い色をしていたので、赤紙と言われていました。私も本物は触ったことはないですけど。

その赤紙が来たというのです。「君、松下政経塾というのが出来たのを知っているか」と聞かれるものですから、「はい知っています、随分騒がれていますよね。しかし、松下幸之助も晩年に余分な事しとるんですな・・・」と答えました。先ほどの話のように、80歳の老人がするような仕事ではないと思っておりましたので、余分な事をしたものだと思っておりましたら、上司がなんと言ったかと言うと「その余分な仕事に君転勤や」と言ったのです。私は思わず、「ウソ・・・ちょっと待ってくださいよ、私は電子レンジの営業課長ですよ、その私に政治家を育てる・・・そんなことは無理です。それは上田さんの間違いではないのですか?」と余分なことも言いました。人事課の人が上田と書くつもりが、くしゃみでもして鉛筆がしたにつきぬけて上甲になったのではないかと言っていたら、上司が「君、嫌か?」と聞くので「そういう問題ではありません。無理です。大きな声では言えませんが、選挙にも言った事がありません。そんな私が政治家育てるという仕事ができるはずがありません。」と言いました。そうするとその上司は面白い方で「そやな。君がどうしても嫌というなら、転勤を断ろう」とおっしゃるので、思わず私は「断ってもらうのはいいですが、断ったら転勤拒否で首になりませんか?」と聞くと、「心配するな、これは裁判したら勝てる。松下政経塾は財団法人だから、松下産業株式会社とは全く関係がなく、しかも資本金の70億は松下幸之助の個人の財産から出ているもの。口悪く言えば、これは松下幸之助の晩年の道楽であるから、それに会社の君を使おうというのは明らかに会社の雇用条件に違反している。君裁判したら勝てるぞ」とおっしゃるので、私は調子に乗って「だったら断ってください」と言いました。そうするとその上司は「解った。断る。ただ・・・君しばらく姿を隠せ」というのです。私は31年サラリーマンをやっていましたが、上司から逃亡を命じられたのは、これが初めてでした。「ほとぼりが冷めるまで、しばらく会社に来るな」と言われるので、本当に1か月間会社に出社しませんでした。

営業でしたので、担当地域で電子レンジを売っておりました。1か月経って、もういいだろう、私の変わりに誰か専門家が見つかってその人が転勤になっているだろうと思い、1か月ぶりに会社に出社すると、前より大騒ぎになっていました。私ではなく、私の上司の立場が大変悪くなっているのです。本社の人事から「折角、松下幸之助が21世紀を心配して、やろうとしている事業に君は反対するのか、課長1人もどうにもできないのか」と本社から責められていました。当時松下電器には課長が6000人いました。6000人もいて、課長一人もどうにもならないというのはけしからん、と言って上司が本社から責められていました。しかし私の上司は骨のある人で、一言「俺も腹をくくっている、このために松下電器を辞めてもいい、退職金さえくれたら」と言ってくれたのです。なかなか骨のある人で、後の神戸の甲南大学の理事長になられました。今は甲南病院の理事長をやっていらっしゃいます。もう80歳ですが大変面白い方で、ある時、甲南病院に入院したときに賭けをしたそうです。甲南病院はすごく赤字の病院だった為、「俺はこの入院中にこの赤字に治療をする、あんたわしの癌の治療せい」と言って、癌の手術をして治療している間に、徹底してベッドの上で経営改革を行い、見事に経営を立て直して、今理事長に収まっていらっしゃいます。非常に勇ましい方ですので「俺も腹はくくっている。松下電器を辞めても良い」とおっしゃってくださり、私は大変うれしく思いました。しかし私ごときのために上司が首になったら、申し訳ないと思って政経塾に行こうと考えました。しかし真剣に考えれば考えるほど、素人にできるはずがない、電子レンジの営業課長にできる仕事ではないという考えに変わりはありませんから、最後の手段で、松下幸之助に直接断ろうと決意しました。大変な勇気がいりました。従業員が20万人もいる会社で、創業経営者なんていうのは、まず会うことがありません。たまに私の上司が報告に行くと、報告に行くだけで足が震えたと言っているのに、私は断ろうとしているのです。これは大変な勇気がいりましたが、どうしても断らないといけないと思い、申し入れました。政経塾は神奈川県の湘南海岸にあり、塾長(松下幸之助)がそこに来るから、私も行くように言われました。その日の一言は生涯忘れられませんし、私の今の考え方を作ったものでした。そういう意味で少し話が長くなりました。

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私は、緊張して舌がもつれてはいけないと思い、前の晩に現行を書きました。「あう・・・あう・・」となって「君何を言っているんだ」となってはいけないと思いました。どのように言ったらよいか原稿を書き、その原稿をちゃんと折り畳んで内ポケットに入れて、新大阪から新幹線に乗りました。本当に真剣でした。しかし今考えると、本当におかしいですよね。その封筒の表書きには直訴状と書いて行きました。テレビの見過ですね。直訴しかないと思って、その日は向かいました。そして松下幸之助の前に出て、すぐに「私は政治については全くの素人です、政治には全く関心も興味もありません。また、政治家を育てた経験もなければ専門的な勉強は一切しておりません。私のような素人にこのような仕事は無理です。」と言いました。言い終わってから自分なりに、筋が通っているな・・・と思いました。この文言をどれだけの時間考えたか・・・。サラリーマンにとって、創業経営者と一対一で立ち向かうとうのは、一世一代の名場面です。ここで松下幸之助の心をキュッと掴むような名セリフを言ったら、出世間違いないと思っていたわけです。ですから、何かうまい言い方はないか、とことん松下幸之助の本を読んで研究をしました。大変良いヒントがありました。ある本の中に「どんな高い地位に任命されても、どんなに立派な役職につけと言われても、自分がその器ではないと思ったら断れるだけの人間でないといけない」と書いてありました。私は「これだ!」と思いました。その本は「分を知る」というタイトルでした。ですから、松下幸之助の答えも(自分なりに)ちゃんと予想していきました。「君は素人か。全然経験がないんか。あ~勉強もしていない。それはあかん。君にも少しくらい経験があると思いこの仕事を頼もうと思ったが、全くの素人というんじゃそれはあかんわ。もうええわ」と言われると思っていました。「しかしそれにしても君は偉いな。出来んことを出来んと率直に言えるのは大したもんや」と言われることを想像し、2階級は特進する、帰りは事業部長やな・・・と思っていたほどです。しかし帰ってきた答えは全く違っていました。

(社長)「君素人か、政治に全く関心ないんか」
(上甲)「はい、申し訳ありませんが全く関心ありません。電子レンジを売ることしか関心がありません。」
(社長)「政治家を育てたことないんか?学生時代に政治学の勉強をしたことないんか?」
(上甲) 「私は育てたことも、政治家と話をしたこともありません。学生時代は教育学を勉強していましたので全く政治学を勉強していません」
と申し上げたら、社長は、「そうか、君、そりゃええな」、「そりゃええな」と何回も言うのです。

私はこの1か月、自分には政治に対する関心も興味も、勉強をしたこともないというのは、少なくともこれから政治家を育てる仕事をするには、最大の欠点であり、私にとっては最大の出来ない理由だと考えてきました。何故できないかと言われれば、それは素人だからです。私にとって、素人であるということが100%の出来ない理由であったのに、松下幸之助は「そりゃええな」というのです。そして次に言った言葉を私は一生忘れることが出来ません。「自分の人生が上手くいくのもいかないのも、自分の仕事が上手くいくのもいかないのも、自分の経営が上手くいくのも行かないのも、全ては自分の考え方次第やな」と松下幸之助は言いました。

私はこの「全ては自分の考え方次第」という言葉に30年年間向かい合ってきました。最初は「こんな不景気に売れるはずがない、こんなもの無理だ。第一業績が悪いのは当社だけではない。業界他社もみな悪い。景気が少しでも良くならない限りは、そんなものは無理だ」と、全ては景気次第だとしか考えられない私からしたら、全ては自分の考え方次第だという考え方はとても受け入れられませんでした。あるいは「業界全体が悪い、市場全体が冷え切っている。市場が回復しない限りは、うちだけが頑張ってもどうしようもない。全ては市場次第だと」考えていた私からすると、全ては自分の考え方次第だという考え方は全く受け入れられませんでした。あるいは、「こんな上司の下でやっていたら無理だ。上司が変わらない限り無理、この人の下でやっている限りどうにもならない。すべては上司次第だ」と考えている私には、全ては自分の考え方次第だということは、とても受け入れ難いものでした。しかしあれから30年確信を持って言えるのは「我社の経営が上手くいくのもいかないのも、全ては私の考え方次第」ということです。それでなければ、経営など馬鹿らしくてやっていられません。我社の経営が良くなるのもならないのも、全てが景気次第だったら、私としては手の施しようがない。どうしようもなく、景気が回復するのを待つしかないわけです。しかし全てが自分の考え方次第であれば、この瞬間からやることがあります。この厳しい経営環境を生き抜くために、やることがあります。私はどういう考え方を持って日々の仕事に臨むべきかという、たちまち「私の問題」になります。今問われているのは、いつになったら景気が良くなるかではなく、この厳しい経営環境を生き抜くためには、私はどのような考え方を持って日々の仕事に当たるかということ、私の考え方が今問われています。私も経験から解りますが、「売れない人」は「売れないように考えて」います。それでは売れないだろうな。その考え方では経営は上手くいかないだろうな。全ては自分の考え方が自分の結果を作っていくということです。「全ては自分の考え方次第」と言った松下幸之助に、経営者の考え方の在り方を考えさせられました。

私はこのことで大変叱られたことがあります。自分の人生の中で一番強烈な叱られ方でした。それは松下政経塾ができた当時に、多くの政治の専門家が「あの松下政経塾からは大した政治家は生まれないだろう。国会議員などはとても無理だ。なぜなら国会議員になるにはそのルートというものが昔からある。父が国会議員であるとか、国家公務員のキャリアになって高級官僚になるとか、労働組合や業界のバックがつくなどといったルートが昔から決まっていて、それを無視して学校を作って政治家を育てるというのは、所詮素人の考え方。あの松下政経塾からは地方議員が何人か出ればよしという程度であろう」と言われていました。何を隠しましょう、私も同じように考えていました。「こんなもん無理とちがうか・・・」という私の考え方がバレて、ものすごく叱られました。

ある時朝日新聞の取材がありました。様々な質問がありました。その中で「一民間人が政治家を育てる学校というのは世界に例がありません。ですからこの政経塾は世界で初めての試みです。政経塾が上手くいくか行かないかは、やってみないと解りません。海のものとも山のものとも解りません。」と極めて正直に答えました。翌朝の朝日新聞の一面を見ると、左側は松下政経塾の特集記事でした。最初の3行は(忘れもしません)「松下政経塾の塾頭の上甲晃さんは、海のものとも山のものとも解らないと答えた」と始まっていました。私はこの記者はとても正直な方で、私が言ったとおり書いている・・・と思っていました。そうすると10時半ごろ塾長(松下幸之助)から電話がありました。内心「君正直だな」と褒められるかと思っていました。しかし受話器を取り「もしもし」と言った時、褒められていないことがはっきり解りました。90歳近い老人ですから、小声でいうのです。「今朝新聞見た。君ほんまにこう言うたんか」と聞かれるのです。褒められてないことは解ります。うっかり嘘をついたらひどいことになると思い、「その通りに言いました」その次の言葉も悪かったのですが、「皆そう言ってますけど・・・」と言ってしまいました。怒りました。本当に怒っているという雰囲気が電話越しに伝わってきました。最初に何を聞かれたかと言うと「君、松下政経塾の経営者やな」と念を押してきました。まずいな・・・と思いました。「一応そのつもりでやっております」と私は答えました。次に塾長はたった一言しか言いませんでしたが、その一言がノックアウトパンチでした。なんと言ったかと言うと「経営者がなんと言うことを言うんや!」と言われました。「君の部下がこんな仕事上手くいくのかなと皆不安な気持ちになるのは当たり前だ。皆経験がないのだから仕方ない。また世間があんなもの上手くいくかと批判するのも当然であるが、その仕事をしている一番の責任者が、自分で仕事をしながら自分の仕事に確信を持てないというのは、許し難い」と言って怒られました。「経営者がなんと言うことを言うんや」と言っただけで何も言わないのです。受話器を持ったままシーンとしてしまいました。受話器を置くわけにもいかないですよね。何も言ってくれないから、受け答えができないですよね。スーっと頭が軽くなっていきながら、どこかの本に書いてあったけど松下幸之助に怒られて卒倒した人がおったな・・・などと思いめぐらしていました。

後に松下幸之助は「君、経営というのは博打と違うんや。何かてっとり早く楽して儲ける方法はないかというのは博打であって、経営ではない。経営というものには真理というものが働いているんや。その真理に従わなない限りは必ずうまくいかないものだ。それが経営というものだ。だから私は経営者になったんだ」と言いました。博打のようにして成功している経営者はいっぱいいます。しかし皆消えていっています。真理に従う経営をすれば永遠に発展すると松下幸之助は言います。ですから松下幸之助に一筆お願いすると、いつも「素直」という文字を書かれます。松下関連の事業所に行き、額に飾ってある文字で一番多い言葉が「素直」です。私が新入社員の頃は、その額に入っている文字を見て「素直というのは、社長の言うことを素直に聞けということか」と思って全然聞く耳を持ちませんでした。しかしそれは「真理に素直にあれ」ということです。真理に素直であれば経営は発展します。ですから、上手くいかないということはどこかで真理から離れてしまっているということです。私は「すみません、真理とは何ですか」と聞きました。松下幸之助は「自分のやっている仕事が本当に世の中の役に立ち、本当にお客様に喜ばれている限りは、必ずうまくいく、これが経営の真理や。経営者がそれを信じずして君はいったい何を信じるんや!」と言って叱られました。「君が素人、玄人かは関係ない。この松下政経塾が本当に日本の役に立ち、本当に国民の皆さんに支持されたら必ず成功する。そう考えるのが経営者たる君の責任や」とその時に教えられました。皆さん、何かいい方法はないかという、小手先のテクニックに走ってはダメです。そういう次元ではなく、経営者というのはまさに腹に据える信念が必要だと思います。

私は「絶対確信」だと思っています。経営者には絶対に確信というものが必要で、どんなに世の中が変化しても、自分たちがやっている仕事が世の中の役に立ち、本当にお客様に満足していただいている限りは、必ず上手くいきます。そして永遠に上手くいきます。そういう世界だから自分は経営者になったと思った時に、真理という言葉は、私にとって非常に印象的でありました。最後の一言はめちゃくちゃきつかったです。言い方はやさしいです。しかし私にとってはノックアウトパンチです。何と言われたかというと「いずれにしても君みたいな考え方をしている人がこの仕事をしている限りは、なるもんもならんな」と言われました。めちゃくちゃキツイ言葉ですよね。あんたの考え方が悪いから、なるもんもならん、と言われているのです。皆さん、まずチェックするのは自分の考え方です。こんな考え方で仕事をしていては、成るものものもならない、ということです。全て自分の考え方一つです。ですから、自分がどのような考え方をもって日々の仕事に臨むか、自分の考え方をいかにもつか、ということをその一言で教えられました。私はその瞬間「首になったな。短かったな」と思いました。しかしそこは創業経営者ですね。我慢して使ってくれた訳です。ですから30年今確信を持って言えることは、「どんな道の仕事であっても、本当にその仕事が真理に従っている限りは、絶対に上手くいく」ということです。上手くいっていないとすれば、どこかで真理に従っていないということです。自分を過信したり、あるいは必要以上に無理したりしています。「世の中の経営を見ていると、雨が降っているのに傘をささずに外に出ていくような経営をしている人がたくさんいる。もっと素直に真理に従えば、経営というのは上手くいくんや」と松下幸之助は言っていました。たとえば「売上を倍増する、という人がいるが、店舗というのは、自分の計画で増やすもんやない。店舗は世間が増やしてくれるものであって、自分で増やすものんやない。」と言っていました。そうなんですよ。どんどん商売して1つの店舗ではとても回りきれない、なんとかもう一軒増やさないといけないな、と思うから2店、3店と増えていくものであって、これは世間が大きくしている訳です。会社大きくしようと、自分が「10店舗作る」と言って増やせば、無理な過大投資をし、結局は潰れていってしまいます。これは。つまり真理から外れているからで、深い意味合いがあります。私は非常に良い教えをその時にいただきました。

話を元に戻します。「君、素人か。そりゃええな」と言った時に、これは良い機会だと思い、何でも聞きました。「すみません、どうして素人が良いのですか」と聞きました。「ちょっと君待てや、俺も考える」とかではなく、即座に4つ答えました。一番目が、「人間誰でもはじめは素人や」ということ。二番目が、「今の政治が立派であれば詳しく知っていることも値打ちがあるが今の政治は良くない、良くないことは知らんでええ」ということです。何を教えているかと言うと、「考え方」を教えられているのです。私は良い条件を与えられた時に前向きに考えるというのは誰でも出来ます。新入社員でも出来ます。しかし経営者が他の社員と違うところは、経営者はどんなに悪い条件を与えられても前向きに考えられるのが経営者で、ここが一般の社員と違うところです。ですから私は経営者の発想方には合言葉があると思いました。それは「経営者は全てを活かす考え方ができる人」という合言葉です。自分の身に降りかかる良いこと・悪いこともすべて活かすという考え方ができる人が経営者です。言葉を変えると、経営者は全てを活かす考え方ができる人、ということになります。良いことも、悪いことも、これを何とか活かせないかと考え、経営者が活かす努力をすることによって、それは活きるのです。自分に与えられた条件を活かそうとすることが、経営者が活きるということです。ですから私はいつも「活かせば活きる」と思っています。いろんなことを活かそうと思えば、必ず自分が活きる。

そういう中で私はかつて、大分県の牛飼塾をいうところでお話させていただいたことがあります。牛飼ですから牛を飼っている酪農経営者の集まりです。ちょうど狂牛病事=BSE事件で皆頭を抱えていました。こういう時にも、私は言葉を教えられていました。「経営者はどんなに困ったときでも困り言ったらあかん」と教えられていました。皆さん、経営者は困り切ってはいけないのです。困りきったら途方に暮れてしまって手が打てなくなります。ですから経営者は「困って困らず」なのです。私は「このBSE事件は皆さんの業界にとって、大変困った問題ですね。しかし皆さんが経営者である限りは、困って困らず、困り切ったらだめですよ。こういう時こそ、経営者の真価が問われます。」と言いました。また次のようなことも教えられました。「嘆いても、嘆いても、どうにもならないことは嘆いてはならん」と教えられました。「受け入れよう。そして考えよう、なんとかこれを活かせないか」という教えです。なぜこんなに不景気が続いたのか、そんなことをいくら嘆いても何も解決しません。時間の無駄です。ですから、嘆いてもどうにもならないことは嘆いてならないのです。考えるべきことは、なんとかこの事態を活かせないかと考えるのが経営です。私は牛飼塾で「狂牛病事件で皆さんの業界が大変困っていることは解ります。しかしどんなに大変だと言っても、どうにもならないことであれば、嘆くのではなく、なんとかこの事態を活かせないかと考えるのが経営だ」とお話しました。もしも10年後に日本の牛肉が世界で一番安全になったと仮にしたら、10年後必ず次のように言うでしょう。「これだけ安全な牛肉が食べられるようになったのはあの事件のおかげだ。ああいう事件があったからこそ、前頭検査を行おうなどという思い切ったことに踏み切れた。ああいう事件がなければそういうことはしなかった。ああいう事件があったからこそ、牛の餌、豚の餌、鶏の餌をはっきり分け始めたのも結局あの時からだよな。品質に対する意識が飛躍的に上がったのも、結局あの時からだよな」と。事件は苦しかった、しかしああいう事件があったおかげでこういう大胆な改革ができ、今日これだけ安全な牛肉が食べられるとしたら、見事に狂牛病事件を活かしたと言えます。経営者は嘆いてもどうにもならないことは嘆いてはならず、なんとかこの事態を活かせないかと考えるのが経営です。ですから、松下幸之助という人から、「高景気よし、不景気なおよし」という言葉が生まれてくるのです。

今本屋さんに行くと、なぜか松下幸之助の本が沢山並んでいます。(これは私が父から貰ったものです)。二十数年ぶりに、先月この本を出版してもらいました。これを本屋で松下幸之助の本の横に並べるとなぜか売れるのです。便乗商法ですが・・・・。何故今松下幸之助が今見直されているかというと、高景気よし不景気なおよし、という考え方がこの時代に見直されているからではないかと私は思います。高景気というのも良いが、不景気というのはなお良いと松下幸之助という人は、ずっと考えたのです。ですから、私が現役時代、松下電器というのは不景気の度に伸びる会社だと言われていました。それは部下にとってはすごい誇りなのです。松下電器という会社は不景気の度に伸びる会社だ、なぜ不景気の度に伸びるかというと、経営者の考え方が違うからです。経営者が皆、不景気で困っているときに、幸之助だけは「これは観方によったらチャンスだ」と思っているわけですから、伸びていくはずです。要するに、不景気を活かす経営ができるわけです。今まさに、いかに不景気を活かすかです。問われているのです。「景気のええ時はな、誰かがやってもそこそこ上手くいくんや。景気のいい時は経営力がない人が経営してもそこそこいく。不景気の時は本物でなければ生き残れない。不景気の時こそ、本当に経営者、本物に生まれ変わる最高のチャンスだ。ライバルに本当の差をつけることができるのは不景気の時だ。高景気の時は差がつかん。」と松下幸之助は言います。観方を変えれば、経営者にとって、景気が良い時よりも悪い時の方が経営者にとっては、はるかにやりがいがあるというのが、幸之助の経営に対する考え方の根本にありました。それが今、松下幸之助が見直されている、一つの大きな原因で、この「高景気よし、不景気なおよし」ではないかと思います。

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ですから今が、本物の経営者に生まれ変わるチャンスです。こういう時に、ぐっともう一息伸びていけるか、不景気とともに沈んでいくかが、大事なところであります。湘南海岸で10年間政経塾の中で妻と一緒に住んでおりました。湘南はサーフィンのメッカです。当たり前ですがサーファーは波が来ないとサーフィンができません。彼らの姿を見ながら、サーファーのような経営者が多いなと思いました。景気の波がこないと経営ができないというのは、サーファー経営です。それでは駄目です。自力経営が出来ないといけません。ある時私は幸之助に「高景気よし、不景気なおよし、と言われますが、なぜ不景気が良いのですか?」と聞いてみました。幸之助は「不景気は景気の良かった時にできなかったことをやれるチャンスだ。」と言いました。あの高景気の時に手が回らなかったことが沢山あります。それをしっかりやるチャンスだというのです。ですから、過去4~5年に忙しくてなかなか手が回らなかったことはどんなことがあるか、まずそれを考えて、しっかりやることです。せっかく不景気が来たのだから、高景気の時に手が回らなくて出来なかったことをしっかりやれるチャンスです。私は「どんなことがありますか?」と聞くと幸之助は「反省や、景気のいい時は反省はできん」というのです。その通りですよね。景気が良い時は反省ができず、「3割アップ」というときに、今までのやり方を反省しろと社員全員を集めて行っても、誰も反省しません。皆、「社長何を言っているのですか?この調子で行きましょう」と言いますよね。高景気は自信を与えることはあっても反省は出来ません。不景気は今までのやり方を反省する最高のチャンスです。まず、過去5年、10年これでやってきたけれども、本当にこれでよかったのかという事をとことん反省するには、今が最高のチャンスです。景気が悪ければ悪いほど反省出来るチャンスです。もっと言うと、「このまま行ったら潰れる」というところまで行けば根本的な反省が出来ます。

日本の政治もその傾向があります。これだけ悪くなってきたらある程度大胆な改革が必要だというコンセンサスがあるのは、だんだん悪くなってきたら、何かやらないと、手を打たないと今までの調子ではいけないという、反省があるからです。反省は必ず改革をうみます。反省のしっぱなしというのは有り得ません。思い切って辞めようかとか、これは手を打たないといけないなと、おのずと改革を行っていくことになります。幸之助は「改革が次の飛躍につながる」と言います。反省が改革を生み、改革が次の飛躍を産むというパターンがうまれます。不景気が続けば続くほど、大反省をしなければなりません。大反省は必ず大発展の大改革を生み、大改革は必ず次の大飛躍を生みます。反省・改革・飛躍ということを考えたとき、今は、5年後、10年後の飛躍の為に、適格な手を打つ最高のチャンスです。ですから幸之助は「芋虫みてみい。縮んで伸びて、縮んで伸びてしてるわな。あれば委縮してるわけではない。あれは次の準備をしてるんや」と言います。ですから3年後、5年後、こういう会社になろうという思いを持っているのであれば、今までのやり方を完全に反省して新しい手を打っていこうとするこの時、こんなに恵まれた時はないなと思って仕事をするのと、困ったないつまでこんな状況が続くのかと言って頭を抱えて仕事をするのとでは、当然経営には天と地の差がうまれるのは当たり前です。あるいは営業について松下幸之助は「売れん時にな、無理して売ったらあかんで」とも言っていました。会社によっては、「石にかじりついても売れ」と玉砕戦法のようにとにかく売上を達成を必至に行っている会社がありますが、幸之助は違うのです。「売れん時に無理して売ったらあかんで」と言うのです。「価格を半分に下げても売れない時は、売ったらあかん。売れん時に無理して売ったら、必ず自分のいずれ首を絞める」というのです。乱売になり、結果的に儲からない商売にしてしまい、目先だけ忙しくなっていき、最終的には滅びていくことになります。「不景気の時の営業は種を植え、苗を育てていくような営業をせなあかん」と幸之助は言います。営業にも刈り取る営業もあれば、植え込む営業もあります。刈り取りばかりをするというのは、今年は収穫が少ないのに無理して刈り取りをすると、当然奪いあい乱売になります。こういうときは、植え込みや、種を植え苗を植え付けるという営業をしっかりしないといけません。

例えば建設会社です。景気が悪い今、新しい物件、家を売ろうと思えば大変苦労します。そういう時に無理して売ろうとすれば乱売になります。高景気の時に出来なかったことはないか、と考えればよいのです。「そういえばあの高景気の時は売りっぱなしだった。次から次に建てることばかりを考え、建てた家のフォロー、アフターサービスは出来なかった。今暇だから、過去5年くらいに建ててそれっきりになっている家を、皆で徹底して回ってみよう」これはその日の売上にはつながりません。しかしお客様は喜ばれます。ちょっとしたことであれば修理をしたりすることで、今日の売り上げにはなりませんが、お客様は「この建設会社いい。建てっぱなしだと思っていたら、後から来て一軒一軒様子を聞いてくれて、ちょっと手直ししてくれる」と、評判となって広まっていきます。次に景気が来たときに、当然その評判が活きてきます。ですからこの不景気で家が売れないのであれば、売った家を徹底して皆で回って「その後いかがですか」という営業をしようとするのが、不景気の営業です。保険でも同じです。むしろ本当のサービスはアフターサービスにあります。証券マンでも同じですが、株が上がっているときは、度々証券マンは訪問してきます。株が下がると来なくなります。しかし、同じ証券マンでも、本当に優秀な証券マンは逆境に強いです。今電話したら一番叱られそうな時に、ちょっとでも電話してくるのはお客さんの信頼を得ます。お客さんも「あんたが株価を落とした訳ではない」ということは解っています。しかし売るときだけ積極的に売って、下がったら何も言ってこない人を見ると信用ならんと思います。しかしそういう時に勇気を振り絞って「ずいぶん株価が下がりましたが・・・」とお客さんに寄りそうという気持ちを持って連絡を入れる証券マンは、お客から「彼は信頼できる」と言われます。ですから、値打ちは逆境で決まります。保険でも証券でも同じですが、良い時は売りっぱなし、アフターサービスが出来ていません。お客さんは「なんかだまされた気がするな・・・」という気持ちになります。調子が悪い時こそピタッとお客さんに寄り添ってアフターサービスをすると、「ここはなかなか信頼が置ける」と言っていただき、次につながっていくことを考えると、種を植えこみ、苗を植えるという営業は必ず3年後、5年後の大きな成果になります。

私は電子レジを売っていたので良く解ります。本当に不景気で電子レンジが売れない時、いろいろ考えました。どうしたかと言うと、電子レンジという商品はテレビと違い、料理の実演をしないと中々売れません。商品だけじっと見ていても効用が解らないのです。テレビでしたら、「きれいですね」です。しかし電子レンジは箱だけです。観ているだけでは何も解りません。ですからどうしても実演をして売ります。「あんなもの、こんなものが出来ます」と。しかし良く見ていると、料理の苦手な販売員は売らないのです。圧倒的に電気製品の販売は男性が多いです。しかし男性のほとんどは電子レンジを売りたくないのです。というのは料理が出来ないので、変に売るとかえってお客様にいろいろ質問されて困るので、どうしてもお店の女性が販売の主力です。これではだめだと考えました。いつまでたっても販売の間口が狭いので、これを広げないと売れないと思い、そのためにどうすればよかと考えました。不景気のため、工場は暇で朝から掃除ばかりしているので、工場長にお願いして、その工場の社員を借りてきて、2人1組で電子レンジを持たせ、「電気屋さんのシャッターが上がった瞬間に訪問する」というキャンペーンを行いました。お店がオープンした瞬間に、電子レンジを持った当社の社員がそこにいるわけです。「おはようございます。まだ食事されていませんよね。電子レンジを使って料理の実演をしたいと思い、今日やってきました。」と言うと、皆お腹が空いているので寄ってきます。そこで、店頭で素人でも5分で出来る料理を全店下で行いました。そうすると、結構簡単だ、これなら自分に出来る、という自信が広がっていきます。それが次の需要期になると、今までは女性だけしか売ってくれなかった電子レンジを、皆「少し売ってみようか」という気になって、売上が向上したことがあります。このようなことは、売れに売れているときは出来ないのです。不景気で工場も人が余っている、そして我々もいざ売ろうとしてもなかなか売り下げられる時に、不景気だからこそできる方法だったのです。種を植え、苗をしっかり植えるということをやっておけば、3年後、5年後にきっと大きな実りになるという手を売っておけば、不景気は最高のチャンスです。

あるいは、人を育てるという点からも、不景気はチャンスです。本当に忙しい時に社員研修を行おうとすると、「この忙しい時に社員研修などやってられない」と皆言います。しかし不景気で暇な時は皆ブラブラしているので、朝から晩まで研修しても時間があまるというときは、人を育てるチャンスです。ですから松下電器では不景気の時はとことん研修を行いました。こういう時にしっかり人を育てておけば、必ず次の飛躍の時にその人たちが大きな戦力になります。不景気は人を育てるチャンスです。そう思うと沢山のチャンスあるのです。観方を変えると、かえって高景気の時よりも不景気の時の方が、経営として考えたとき面白いのです。それが実は今です。高景気よし、不景気なおよし。不景気を活かすという考え方です。まさに私は、「経営者は活かす名人だ」と思ってきました。その活かすという発想方が経営の一番基本だと思ってご紹介いたしました。

話を元に戻します。(どうして素人が良いのか、その)三番目は決定的でした。幸之助は、僕も素人や、君も素人や。しかしいかに素人といえども、「日本の政治はほっておけんぞ」と言いました。私は立ち上がって「頑張ります」と言うしかありませんでした。 そして最後の4番目が、「新しい政治、新しい政治家を育てたい。本当に新しいことをやろうとしたときには、何も知らない方がやりやすい」ということでした。その瞬間に私は、「素人でもええところがあるんですね」と言いました。そうすると「そや、素人やからだめだと思って仕事をしているときは、それがずっと君の負い目、やっぱり素人では限界かというコンプレックスになる。しかし素人には素人の良さがあると、「素人の良さ」に気がついたら、素人が活きてくる」と幸之助は言いました。その時わたしは、「よし、だったら素人に徹してみよう」と思いました。私は私なりに2つのことを考えました。まず、永田町に行くことを辞めようと思いました。永田町というのは、プロの集まりです。あそこに行くと素人はコンプレックスの塊になります。ですから、業界人が集まるところは辞めておこうと思いました。そこに集まると業界の常識に染まってしまうと思いました。第二に、今までのプロの話を聞かないということです。徹底してプロの話は聞きませんでした。今までのプロの話は今までの話であって、これから通用するとは限りません。私は、どんなに時間がかかっても、自分の頭で考えてみようと思いました。この2つの原則でやってきました。その時しみじみと、「あ、そや、私どものような弱小勢力が勝てる方法はただひとつ、業界の常識を変える勇気を持つことだ」と思いました。もっと言うと、業界のおかしな常識を変える勇気を持つことが、我々のような新参者の唯一の生き残り方法ではないかと思いました。業界の常識通りだったら、必ず業界の大手に負けます。業界の大手は常識の塊です。私どものような新参者の弱小勢力が生き残る方法はただひとつ。お客様の立場に立って、多々ある業界のおかしな常識を変える勇気を持つことが生き残りの方法だと思いました。(お客様の立場に立ったら、業界にはおかしな常識が沢山あります。)ですからそういう人たちが、結果、これから生き残っていくのではないかと思います。カッコよく言えば、ベンチャーだということです。戦後六十数年、どの業界にも業界の常識というものがヘドロのようにこびり付いてきています。だから、業界の外から殴り込みをかけた人が爆発的にヒットして、長年業界でやってきた人が「昔のようにはいかんな・・・」と言って困り切っている時代なのです。まさにお客様の立場に立って、変える勇気を持てるかというこが大事だと思いました。

ちょっと余談になりますが、先日伊東温泉に行きました。静岡の熱海・伊東というのは大変疲弊しており、特に中心市街地の温泉は疲弊しています。旅館も狭い、小さい、暗い、汚い、道路も狭いというところで閑古鳥が鳴いておりました。そこに一軒だけ、平日でも9割の満室率というホテルがありました。是非行ってみたいと思い、その伊東園ホテルに行きました。伊東園ですので、お茶の伊藤園かとおもいましたら、漢字が異なり、東の伊東でした。その時(その旅館に)大変感動しました。後で聞いたら、見事に全国チェーンになっていました。あっという間に全国チェーンになっていました。私がその旅館に行ったのは、9割の満室率の理由を調べる為でした。物や施設設備はあまり目新しいものはありません。何が違うかと言うと、パンフレットをもらい見てみると、1番から並んでいる「当ホテル特徴」が、旅館業界の人から見たら全部「そんな馬鹿な」という内容、お客様から見たら「そんなありがたい」という内容だったのです。まず1番は、年中同一料金です。金額は忘れましたが、旅館業界では、ハイシーズンのゴールデンウィークや夏休みには料金を上げ、客の少ない時の穴埋めをするという、シーズン料金制をとっています。それからすると、年中同一料金というのは「そんな馬鹿な」という内容です。しかしそんな馬鹿な・・・が当たるのです。最初にビジネスホテルに泊まっていた客がどっと来たそうです。バイキング方式で朝も晩も食べられて、温泉は入り放題でしたら、ビジネスホテルに泊まるよりもはるかに魅力的ですから、(当然この旅館にきます)新しい需要が開発されたわけです。二番目が、チェックイン、チェックアウトはお好きな時にどうぞ、と書いてありました。今までの旅館の経営からすると、そんなことをしたら仕事の段取りがつかないというのです。しかし客からしたらそんな有難いことはありません。業界の常識をお客さんの立場に立って考えられるかどうかです。自分の家なら、そんな馬鹿なということが超えられるかどうかということです。まさに、教えられた、素人の強みということがあるのだなと思いました。

私は、基本的には、(今から考えると)政治業界にある3つの常識に挑戦してきました。
今日のテーマには相応しくないかもしれませんが、まず、父親が政治家でないことに拘ってきました。私はご商売や経営を世襲あるいは後継されることには何の文句もありません。それは自分の息子や娘の出来が悪ければ会社は潰れます。はっきりしています。そのことも自分で引き受けていらっしゃるのですから、自己責任でやっておられるのですから、他人がとやかく言う筋合いではありません。しかし政治は公の仕事です。公の仕事を世襲していくのを、封建時代というのではないかと思います。私が拘った第一の条件は、親父が政治家でない人を政経塾に塾生として入れるという事です。今、政経塾出身した73名か74名が政治家になりました。国会議員も34名おります。参議院が3名、衆議員が31名です。今回民主党は全員通りました。在庫一掃セールと私は言っております。前回は小泉チルドレンで自民党の在庫一掃セールでした。なって欲しくない人まで皆なっていきました。国会議員が34人、神奈川県、宮城県の知事や横浜市長、浜松市長、さいたま市長もなりました。74名中全員が親父は政治家ではありません。それが第一の拘りです。

第二に、選挙にはお金がかかります。ですから、お金をかけずに政治家になってみせるというのが第二の拘りです。私が偉そうに言っていますが、それは松下幸之助の口癖なのです。「君、銭はつこたらあかんで。銭はつこたらすぐ減るからな」と言うのです。お金に頼る経営をしたら、お金の行き詰まりが経営の行き詰まりになります。「金が回らなくなったら、経営が回らなくなる。金を使うのは最後や。君らな、いっぱい(金以外の)財産もっていることにまず気付かなあかん」と言うのです。皆さんは貯金通帳に乗っていない財産を沢山持っているのです。その(金以外の)自分が持っている財産にまず気がつかないといけません。そしてその財産は使っても使っても減らないそうです。貯金通帳に乗っている財産は使えば減るのですが、乗っていないものは減らないそうです。減らない財産をまず使えというのです。私が「どんなものがありますか?」と聞くと、「君、やる気なんていうのは、もの凄い財産やで」と言うのです。「当社は本当に貯金通帳ゼロです。しかし社員のやる気だけは業界でも一番です」という会社と、「うちの金庫には唸るほど金がありますが、ただ社員にはやる気がないんです」という会社と競争したら、やる気がある会社が勝ちます。やる気なんていうものは無限の経営財産です。中でも一番私が教えられたのが、心遣いです。お客様に喜んでもらおうと思って使う心遣いは、無限の財産だということです。ですから「金に頼るな、心に頼れ」と教えられました。「金力有限、心力無限」です。金の力にはおのずと限界があるけれども、お客様に喜んでもらおうと思って社員一人一人が使う心遣いの力は、無限の力である。無限の財産である。先週心使いすぎて在庫がありません、ということにはなりません。ちょっとこのところ、心品薄ということは有り得ません。お客さまに使う心遣いの力は無限の財産です。そういう風に、頭や心の財産を使えと言われてきました。いくらでもやりようがあります。それをお金だけで考えるから、お金の流れがなくなると経営が行き詰ってしまうのです。

三番目が一番時間がかかりました。松下電器に一切頼らないとうことです。松下政経塾の卒業生は、選挙の時、松下電器に一銭も貰っていません。一切の企業ぐるみの選挙は行っていません。私は偉そうに言っていますが、それは(貰っていないのではなく)出してくれなかったのです。政治のプロは皆「お前のところで政治家を作ることができる方法があるならば一つ、塾生に、選挙の立ち上げ資金を出してあげて、選挙の時は松下グループがグループを挙げて応援してあげれば政治家は生まれるだろう」と言われて、すっかりその気になり、何度も松下幸之助の所に行きました。時には説得しかかったこともあります。「そうかそんなにいるか」と言うので「お、これは出るかな」と思うと、「やっぱりやめとこう」となるのです。何回も「ケチやな」と思いました。ほんとここが経営者ですね。教育にはポンと70億出した人が、選挙にはびた一文出さないのです。この峻別の仕方は、今から考えるとすごいですね。私たちからすると、教育に70億出したしたのだから、選挙にも70億位出してくれと思うのですが、びた一文出さない。とうとう出さずに死んでしまったのです。ですから、同じ出してくれないのであれば、こちらから断ってやろうと思って、断わりに行きました。生涯で一番思い出に残る覚書を作りました。

①資金的援助はいりません。
②企業ぐるみの選挙もいりません。
③ただし一有権者としては応援してほしい。

という覚書3カ条をもって、松下電機に行き会長や社長に見せると「何を綺麗ごとを言っているんだ。君選挙を知らんな。選挙はそんなもんじゃないで」とさんざん言われて、私も「ちょっと無理かな」と思いつつ、塾に帰ってきて塾生を集めて発表しました。「諸君は松下政経塾に入ったら、きっと松下電器がお金を出してくれる、きっと選挙の時は組織を挙げて応援してくれるだろう、あるいは万が一落選しても就職先くらいは紹介してくれるだろうと期待されていると思いますが、その期待は本日をもって捨ててください。」と言いました。皆、「なんでだ!」といきり立ちました。私は「私が断ってきました」と言うと、袋叩きにあいました。しかし、本当にここで大発見をしました。人間が本当に力を発揮できるのはどういう時か、解ったのです。一人一人の人間が爆発的な力を発揮できるのは、どういう心構えを持った時かというと、それは「もうだれも助けてくれない。自分でやるしかない」と腹を括ったときです。自立の気構えを持った時に初めて力が出るのです。自立心がない人を「くれない族」と言います。政府がなかなか面倒みてくれない。オヤジが言うことを聞いてくれない。社長が解ってくれない。「くれない」という言葉にはどこかに依存心があり、どうしても愚痴、悪口が出てきます。「自分の足で立つしかない。自分で道を切り開くしかない。自分の会社は自分で守り通すしかない。」という自立の気構えがどれほど大きな力になるかということを、私は実験済みです。(その発表以来)選挙にめちゃくちゃ強くなりました。それまで「松下はケチだ、金を出してくれない、全然応援もしてくれない」と文句ばかり言っていたのに、もう出してもらえないとなったら、何としても自分でやるしかないと腹を括ったら、ものすごい力を発揮していました。

全く余談ですが、そのことが私の人生の中でもとても大きな参考になったことがありました。山梨県にお願いされ「夢甲斐塾」の塾長をしております。山梨県というのは、島国(日本)の中のさらに山の中ですから、出る杭を打つという習性があるようです。ですから、この出る杭を打つという県民性では山梨県はいつまでもその閉塞された状況から抜け出せないという知事の思いから、出る杭を育てようと夢甲斐塾というものを作りました。いろいろ探したものの塾長に適切な人がおらず、結局山梨とは全く関係のない私が塾長に選ばれて今8年目です。そこまでは良かったのです。最初は県の事業として始まったので、県が全て予算をつけて、宣伝広告も、学生を集めるのも、会場設営もすべて県の商工労働部観光課がやってくれました。3年目に天野知事がお辞めになられた時、商工労働観光部長に呼ばれ言われたことが「上甲さん、ありがとうございました。おかげで初期の目的を達成できました」です。私は3年で出る杭が育ったとは思えませんでした。知事が変わるとそれ以前の事業を全て辞めることが改革になるようで、前知事の肝い入りで始まった夢甲斐塾は、新しい知事は人を育てるよりも観光に力を入れたいということで、事業の打ち切りとなりました。その時、本当に参考なったのが先ほどの政経塾です。私は「解りました。ここから先は自分でやります」と自立宣言をしました。いま8年になります。本当に夢甲斐塾が良くなったのはその時からです。それまで入ってきた夢甲斐塾の塾生は県に対する依存心があるのです。県がすべてやってくれので、お金の算段もしなくてよい。すごく楽なようですが、依存心があるので、これは学びにはなっていません。独立宣言をしてからは、費用は全て自腹を切るしかありません。塾生を集めるのもすべて自分たちで一人一人声をかけていくしかありません。私を大阪から呼ぶのにかかる費用も自分たちで出しあうしかありません。ですから私も自腹を切っていくことにしました。しかしかわいいもので、彼らは私が行く時に必ず4万円を振り込んでくれます。往復の交通費と一晩泊まる費用だけを振り込んでくれます。その心意気に感じて、講演料や指導料はいらないと言っています。何が言いたいかと言うと、ここから先は自分でやるしかないとなると、本当に力が発揮できる、魂が入るということを、松下政経塾での経験で、私の人生の中でも夢甲斐塾の時に大きく役に立ったということです。

私は21世紀に生きる日本人の最大の心構えは自立だと思います。日本の財政事情をみると、本当の政治家が出てきた時には、自分のことは自分でやってくださいとしか言いようがないと思います。これから益々財政は逼迫していき、にっちもさっちも、どうにも予算が組めないくらいに、税収は減り借金の返済は増えて、お金が使えない時代が目と鼻先くらいに来ているわけです。それを言ってしまうと選挙に誰も通らないので、誰も言いませんが、もしも本当(本物)の政治家が出てきたら、その人は「本当の申し訳ない、60数年のあらゆるツケが溜まりに溜まって、このまま行くと我々の子孫の時代には予算も組めない日本になります。どうぞ皆さん、自分のことは自分でしてください」としか言いようがないと思います。それは誠に辛いことです。しかし本当の意味で立ち上がるのはその時かもしれません。私はもうその時になっていると思います。何とか政府にしてもらおう、何とか国がしてくれるだろうといえる時代はもう終わりました。自分で何とかするしかありません。そういった意味で、私は自立という言葉を強く言ったのです。政治業界では地盤・看板・かばんと言われてきました。今までのプロを連れてきたら、必ずこの3番目の作り方を教えてくれる訳です。選挙のプロを連れてきたら、どうしたら3番を作れるかということを教えます。しかし、私は素人だったおかげで、3番を否定することができました。かばんなしです。3番を無しにして選挙が出来る方法はないかと考えられたのは、(まわりまわって長い話になりましたが)素人であったおかげです。素人だから出来たのです。もし私が選挙のプロだったら、そういうことは考えられなかったと思います。「選挙には3つの基本がいるんや・・・」と、従来の形で考えていたと思います。それを思うと、私がかつて思っていた、(政治家を育てることが)できない最大の理由である「素人」ということが、こうして振り返ってみると、一番の長所になっているのです。まさにそういう意味において、繰り返しになりますが、経営者の発想法は「全てを活かす」です。ですから、困ったときは常に、「困ったな、なんとかこれを活かす方法はないかな」という考え方が、正に経営の発想だと思います。

政経塾から行く(訪問する)学校に、北海道家庭学校というものがあります。これは北海道の沿岸にあり、要するに非行少年の更生施設です。最初にこの北海道家庭学校に行くようになったのは、前原氏(国土交通大臣)が8期生で入ってきた時からです。彼が入ったときに初めて彼らと一緒に北海道家庭学校に行きました。今、青年塾になっても行っております。この北海道家庭学校は横浜の家庭学校と同じく、私立の自立支援福祉施設(更生施設)です。この家庭学校は私立でキリスト教の教えに基づいた学校です。家庭学校にはチャペル(礼拝堂)があり、その礼拝堂の正面に2つの文字が書かれています。「難」「有」という2文字が書いてあります。人生には困難、難儀がたくさんあるというのが「難」「有」という文字で表現されています。これを逆から読むと、「有り難い」になります。まさに、不景気は「難有」です、しかし不景気のおかげで、大胆な経営改革が出来て生まれ変わったとしたら、これは「有り難い」ことです。この「難有」を「有り難い」ことにするのがまさに経営です。ですから、この会社に振りかかってくるあらゆる困難は、その時は難有ですが、それをいかにして有り難いことにしていくかが、経営ではないかなと、この2つの文字を見ながら、いつも(講演で)書いております。

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不景気はチャンスだという中で、今日は一つ皆さんにご提案をしたいと思います。「底力を養う」ということです。不景気は底力を養うチャンスではないでしょうか。どうしても小手先に走る傾向がある中、地に足が着いた底力をしっかり養うということが、今非常に大切ではないかと思います。私はよく「底力を養う」ということを大きな声であちこちで叫んでおります。底力を養う。ではどうしたらこの底力が養えるかということですが、私の自論は「真理は平凡の中にある」ということです。本当に大事なことはごくごく当たり前の平凡の中に真理があるということです。ですから、平凡なことにしっかり励むということは真理に至るということです。とかく、世の中は当たり前のことを疎かにして、何か特別な新しい最先端の・・ということを求めるが故に、上下がひっくり返って、精神衛生的にもすごく悪くなってきています。若い社員が精神衛生的に病んでいくというのも、私はそういう考え方の基本的なところに間違いがあるからではないかと思います。真理は平凡の中にある。ですから当たり前の事をしっかりやろうという努力が、地に足をつけた生き方をしようということであり、本当に大事なことは難しいところにはないということです。私はいつも「どこもやっていないような事や、誰もやっていないような目新しいことをやるよりも、どこでもやっている当たり前のことで差をつけろ」と言っています。「これは、私たちの業界であればどこでもやっていることです。しかしウチくらい徹底しているところはないと思いますよ」と言えるくらい、平凡で差をつけろ、ということです。どこもやっていないような特別なことをする前に、どこでもやっている平凡なことで差をつけようということが、底力をつけるということです。

私はいつもこういう講演会でも、司会者に名前を呼ばれたら「ハイ」と返事をするようにしています。名前を呼ばれたら返事をするというのは当たり前のことです。誰でも知っていることですが、実際には出来ません。しかし難しい事をやらせようとしているのです。無理ですよ。当り前を馬鹿にして難しいことをやらせようとしたら、社員もいったい何をして良いのか解りません。ですから、私は司会者に名前を呼ばれたら、「ハイ」と返事をするようにしています。先日、仙台で日経新聞の懇談会があって出かけました。いつものように司会者に名前を呼ばれたので、「ハイ」と返事をして檀上に立ちました。講演が終ると一人の聴衆が私の所に寄ってこられて、「私は150回講演に参加したが、司会者に名前を呼ばれてハイと返事をしたのはあなたが初めてです」と言われました。私は「いい歳をして返事している場合ではない。君も貫禄がないな」と叱られるのではないかと思っていました。しかしその方は「大したもんだ」と仰いました。皆さん、67歳になって人に呼ばれてハイと返事をしたら、大した者なのです。ということは、出来ていないのです。そう思って孫の幼稚園に行くと、次のようなことが書いてありました。人間の躾の第一は「呼ばれたら、ハイと返事をしましょう」でした。第二は「履きものを揃えましょう」、第三は「腰骨を立てましょう」です。これは幼児教育ではありません。人間の躾の第一歩です。幼児は出来るのです。新入社員も出来ます。しかし社長が出来ません。何故出来ないのか。事実的に大変難しいからではありません。幼児、新入社員は素直だから出来るのです。では、社長はなぜ出来ないのか。それは、社長は素直でないからです。「俺は社長だ、なんで俺がいちいち返事せないかんのか」と思った瞬間から返事は出来ませんよね。ですから私は、何の仕事でもよいが、社長から新入社員に至るまで、誰が誰に呼ばれても大きな声でハイと返事が出来る会社になるだけで、会社は生まれ変われると思っています。何故かと言うと、素直な心にならないと返事が出来ないとすれば、皆が返事が出来るということは、社長、部長以下新入社員も皆素直な心を持っているということですから、会社が生まれ変わらない訳がありません。難しいことをする前に、当たり前のことをしようとすることが全ての出発点ではないかという気がしてなりません。

余談になりますが、先日広島県である業界の大会がありました。その会長さんが一番前に座っておられました。いかにも大ボスという感じで、雰囲気からしても「親分」という感じでガッと腕を組んで、滅多なことでは目も開けないという感じで座っておられました。ここで話をした後に懇親会がありました。まず永年勤続表彰があり、若い社員が私の話を聞いた直後でもあり、皆「ハイ」と言って立ち上がるのです。それだけでも会場はどよめきました。いつもと雰囲気が違うのです。たったそれだけ、「ハイ」と返事をするだけで、何となくその会場の雰囲気が変わってくるのです。最後に乾杯の音頭をということで、先ほどの会長さんが呼ばれると、先ほどまでガット腕を組んでいた会長が「ハイ」と返事をしたのです。一変に懇親会の雰囲気が変わりました。和やかさ、会長との距離など、いっぺんに変わりました。社長は全くそう見えないかもしれませんが、社員からして、社長に「ハイ」と言われた時に、社員が感じる社長との距離の短さというのは、給料とかそういうものとは違う嬉しさだと思います。私はまさにそのような当たり前のことを出来る会社こそ、底力があり、地に足をつけた会社ではないかなと思います。そういう会社で働くと、働けば働くほど人間性が開発されていきます。嘘だと思ったら皆さん、会社でとは言いません、家に帰って奥様に「ハイ」と返事をしてみてください。思わず病気かなと思われるかもしれません。「なんや~~」ではなく、孫に呼ばれても、子ども、奥さんに呼ばれても「ハイ」と返事をすることが、お互いの距離感の中に実に爽やかな風を吹き込んでくれます。やはりそういう処を見直すべきことではないかと私は思います。

あるいは、歩き方で差をつけるというのも、すごく良い方法だと思います。「お宅の社員は歩き方を見たら解るよ」と言われます。ものすごい誇りです。今までは歩いている姿で金が儲かるものか、と思っていました。しかしそういうところを疎かにしてテクニックに走ったのが、今回の経営危機だと思います。楽して手っ取り早く大稼ぎしようとしたのが、リーマンショックであり、破綻したのが今日の経済ではないでしょうか。もう一度その当たり前の所に戻ろうと、天は警告していると思います。「お宅は社員を見たら解る。歩いている姿が皆颯爽としている。」これはものすごい誇りです。そんなことを言われる会社は素晴らしい会社です。「お宅の社員がうちに会社に入ってきたら、爽やかな風が吹いたような気がするよ。お宅の社員だけは歩いている姿を見たら解る」と言われるのはものすごく良い会社ですよね。「スーっと来たけれども、いつの間にかヌーっと出て行って・・」ということではいけないですよね。颯爽と歩くというのはファッションではありません。精神なのです。そういう心にならないと、颯爽と歩けないのです。このご近所はややこしですが、役所に行って役所に人たちが昼休みに出てくる姿を見てください。ほとんど皆ポケットに手を突っ込み、背中が丸まっています。意識がそうなっているのです。市役所を改革しようとしたら、そこからです。「福岡市役所すごいね、みな颯爽と歩いているよ。いつ行ってもきちんと挨拶するね、市役所変ったね」と言われるようになるのは、行政改革以前の問題で、職員一人一人のそういう行動改革が、実は雰囲気の改革になるわけです。まさに、当たり前で差をつけろ、平凡で差をつけろということです。我々の青年塾でお付き合いのある、○食品工業という会社は、我々も研修に良くいきますし、向こうからも研修で塾生として送ってもらうことがある会社です。たまたまこの1月にその○食品工業に行くと、駐車場の雰囲気が違っていました。「ちょっとこの駐車場の雰囲気が違うよね」と言うと、「解りますか。実は今ひとつ挑戦しているのです。」何の挑戦をしているかというと、社員駐車場の車の停め方世界一を目指しているというのです。そのようなコンクールがあるわけではないのですが、世界一になれるくらい見事に留めようということに挑戦していました。ですから、車の後ろのラインがきちんと見事に揃っているのです。車の大きさが違うので、前はまちまちですが、後ろのラインはきちんと揃っていました。普通は皆前から停めていくのですが、そこでは早く来た人から必ず奥から停めていくそうです。車の停め方世界一です。多くの経営者は車の停め方と仕事は別だと思っています。車は適当に停めてもいいけど、仕事はきちんとしないといけないと言います。しかし、何をするときでもキチンとしようとする癖がつくと、仕事もきちんとできるようになるというのが、この会社の考え方です。この食品工業は昨年が50周年で、幾つもの班に分かれて海外に社員旅行に行きました。旅行者が一番びっくりしたのは、500人近い人が海外旅行をして、一件もトラブルがなかったそうです。奇跡だと言っていました。何故かというと、普段から何をやるときでもキチンとするという癖がついているので、旅行に行っても遅刻や忘れ物がないというのです。もう一回その原点に返って、本当に人間として当たり前のことが出来る会社になろうとしたときに、掃除もその一つだと思います。あらゆる所作がキチンとできる会社とは、人間としての底力を養うには、こういう不景気はチャンスだと思いながら帰ってきました。

私はいつも「ライバルには絶対差をつけよ」と言っています。絶対差とは、絶対に相手に追いつかれない世界で、差をつけていこうということです。これは「日々新た」という私のデイリーメッセージです。これに関して一つのエピソードがあります。それは、ある時松下幸之助になにげなく「君最近どうや?」と聞かれました。私は「特に変わりはありません」と答えるとえらく怒られました。「何?変わりない?君、万物は変化しとるんやで。何で君は変化せんのか。給料返してや」と言われました。「日々新たな」なのです。今日と昨日と同じであってはならないのです。庭のバラの花だって、昨日と今日では変化しているのです。ですから私は、「日々新た」でなければならないと思い、このデイリーメッセージを書き始めました。大体、1400字から1500字の文章です。これを毎日書こうと思って、書き始め、今日は6669日目です。この6669日間は一日も休んでいません。ですから18年間、365日毎日書いています。この中に、「それはいいな、俺も今日からやってみよう」という人が出たとしましょう。それは良いことですね。ですが、私が辞めない限り、6668日の差は絶対に埋まりませんよね。これが絶対差なのです。相対差の世界で仕事の競争をしたら、おちおち夜も寝られないのです。価格競争などは典型です。今日勝っても明日負ける。しかし、「お宅の社員は皆、良い歩き方をするね、颯爽と歩くね。気持ちがいいね。よし、うちも真似しよう」と思っても、「いえ、うちもここまで来るのに10年かかったのです」となれば相手もやはり10年近い時間がかかるわけです。その延々として時間を積み上げて行くことによって生まれる差が、底力の差であり、絶対差なのです。本当に長い間、それを忘れてきたのではないか、てっとり早く簡単に、そして楽に早く、を求めたために、結果的には地面から足が離れてしまっているのではないかと強く思いました。ですから、逆に難しいことはしなくてよい、特別なこともしなくてよい、当たり前のことをしっかりやる、それが地に足がついた生き方であり、安心して働けることだと思います。

また私は「小さな実践、大きな変化」という言葉をよく使います。会社を大きく変えようとした場合、小さな実践をした方が良いと思います。大きな変化をしようと思って、大きな変化をしようとするから、そこに無理が生まれます。小さな実践、大きな変化。私の志ネットワークに、スズキタケシという人が会員にいて、その人は1日1cmの改革というのを唱えております。1日1cmの改革です。例えばこの机を1日1cmだけ動かしても、誰も気づきません。しかし毎日1cmずつ動かしていくと、1年後にはこの机が隣の部屋にいっています。5年したら隣のビルに行っています。1日はたった1cmだけれども、それはとてつもない大きな変化になるのが1日1cmの改革です。彼は何をしたかというと、彼は8000人の事業所、松下通信工業というところに勤めており、そこでごみ箱をゼロにしました。ごみ箱をゼロにしただけで1億円の利益が上がったのです。ですから57歳で特別社長賞を貰いました。どういう方法を行ったかというと、一度にごみ箱を無くすと暴動が起きます。彼は、1日に1個ずつなくしていきました。今日は第一会議室のごみ箱をそっと。明日は第2会議室のごみ箱をそっと。誰も気が付きません。やがて皆「最近ごみ箱の数が少なくなってきたな」と気づいた頃には、分別の仕組みを作っておいて、紙はこっち・・・とやっていくことによって、ごみ箱をゼロにしたときは、ゴミだけで1億円の利益が上がったのです。彼の口癖は、「ゴミを見たら会社が解る」です。真理は平凡の中にあり、です。そして真理は平凡の中に現れるのです。彼は「ゴミの出し方一つ見たら、その会社の経営が解る。ゴミの多い会社に儲かる会社はない。ゴミの多い会社は無駄の多い会社だ」と言いました。まさに真理は平凡の中に宿るのです。昔私は、なぜゴミと会社の経営が一緒なのか、と思いました。しかし今思うと、本当にそうですね。社員が徹底してゴミを減らして無駄をなくそうという意識が完全に浸透している会社は経営が良いです。そういう意識がない会社は、何でもかんでもすぐにごみ箱に捨てるので、要するに無駄が多いのです。真理は平凡の中にあると同時に、経営の実態は、真理は平凡の中に現れてくる。その時に「当たり前」をしっかり励んでいくことがとても大事なことではないか、まさに小さな実践、大きな変化だと思います。そして絶対差をつけよう。そしてあえて言えば、一つを変えればすべてが変わります。あれもこれも変えようと思うから、どれも中途半端になります。

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私は随分前に、旭川のセブンイレブングル―プが、北海道の中で特別に業績がよいということで、視察に行った事があります。たまたまセールスマネージャーに三谷(M)という人がいて、このひとはなかなかの経営者だと思いました。何かというと、彼は当初は高度なマーケティング手法を教えたのです。しかしオーナーは「横文字ばかりで難しい」と言ってなかなか受け入れてくれない。そこで彼は「解りました。今まで行った事は全部忘れてください。その代り、だまされたつもりで明日からフロアを磨いてください。それだけでいいです」と言ったそうです。中には「解りました」と言って磨く人もいれば、「何がフロアを磨いた位で経営がよくなるか(良くならない)」と言って、なかなか言うことを聞かない人もいる。それで彼は何をしたかというと、床の光具合と経営業績の相関関係の表を作りました。そしたら、床を磨いて輝度80度を超えると、全部業績もAランクになっていたそうです。なかなか床磨きをやらない人を、やっている店に連れていくと、「床が確かに光っているね。ならばうちも真似しよう」と実践すると経営が良くなり始めるのです。皆さん、床を毎日磨いているとどのような力が備わると思いますか?私には解ります。継続がどういう力を養うか。継続は変化に気づく力を養います。よくそんなに書くことがありますね、と言われることがありますが、毎日書いていると、人が聞き逃す話や、人が何気なく右から左へ抜けていく話も私は感じることができる力を持つことができたのです。それは継続したからです。毎日庭の掃除をしていると思ってください。庭に咲いている花のどんな変化も毎日掃除をしている人は解ります。「あ、つぼみがひらきはじめた。つきはじめた」と解ります。1週間に1つ回しかやらない人は、「いつの間にか咲いていつの間にか散ったね」となります。ひとに任せている人は永遠に気が付きません。継続は変化に気づく力を生むのです。そして、変化に気づく力が一番大事だと教えられたのは新入社員の時だったわけです。当時は「もっと気づく人間になれ」と言われても、どうしたら気づくのか、解らなかったのです。気づく人間になろうと思えば、徹底して継続することなのです。毎日床を磨いていたら、どういう力がつくかというと、床の変化に気づきます。「あれ、こんなところに昨日はキズはなかった」「あ、こんなところ昨日は汚れてなかった」と毎日やっていたらすぐに解ります。しかし1週間に1回でしたら、いつの間にかキズがついた、となります。その変化に気づく力は、床の掃除をしていたら、床の変化にしか気づかないかというとそうではなく、天井の汚れにも、壁の汚れにも気づくようになります。ひとつを励むことによって生まれた力は、全てに及びます。だから、一つに励めば全てが変わるのです。私は、こういう機会に、当社はこの1点に対して、徹底してやってみよう、この1点については日本一になってみようというくらいに、とことんやってみたら良いと思います。それが出来るようになった時には何もかもが出来るような会社になっています。それは、そういう心になっていくからです。まさにそういう意味において、小さな実践大きな変化、一つが変われば全てが変わる、その絶対差の世界で勝負をつけていくというのが、リーマンショック以来、ある意味において我々に対する継承だと思います。

最後に、この写真です。私はノーベル平和賞をもらった3人に会ったことがあるというのが私の自慢です。マザーテレサとダライラマと、これはグラミン銀行のユヌスという総裁です。このグラミン銀行の総裁は8月末に、バングラディッシュでお会いしてきました。私の持論は、求めれば出会うということです。人間は本当に求めれば出会うのです。だから、求める心が弱い人は、出会いが少ないのです。あるいは、出会って出会わず、です。私は若い人によく「君たち携帯電話の3本柱をチェックする前に、自分の意識の3本柱をチェックしろ」と言います。自分の意識の電源が今入いっていません、という状態だと、どんなに良い情報が来ても受け止められないのです。本当に求めれば出会うのです。こういう話をし始めると、また2時間くらいかかりますから、今日は話しませんが。私が非常に考えさせられたのは、このユヌスさんの考え方です。私は、本当に我々の経営は原点において何か間違っているところがあるのではないかと思った事があります。バングラディシュは世界で最も貧しい国と言われた国です。しかし現在は世界で最も進んでいるのではないかと思いました。世界中の銀行はお金を貸す時に担保を持っていなければお金を貸さない。これは世界中の常識ですよね。しかし本当にお金を必要とするのは、お金のない人です。本当にお金のない人を助けてあげたいと思ったら、お金のない人にお金を貸すということを誰かがしないと、お金のない人は永遠に貧乏人なのです。彼は「世界中の銀行は自己利益を追求しているだけだ」と言います。自分の利益を追求するためだったら、貧乏人の形成をもするのです。しかし本当に世の中の利益を追求したら、誰かが貧しい人を救うということをしなければ、貧しい人は永遠に貧乏から抜け出せません。彼は世界で唯一の貧者の銀行を作りました。貧乏人のためだけの銀行です。彼がどうしてそれを作ったかというと、彼がチッタゴン大学の経済学部長だった頃、どんな高度な経済理論をしても貧乏人一人を救えないということに気がついたからです。彼は「私はアメリカに留学して華麗なる経済理論の最先端を掴んだけれども、どんな最先端の理論を持ってしても貧乏人一人救えない」ということに気が付き、教室を出て、貧乏な村に入っていくのです。

村では女性が一生懸命に椅子の籠を編んでいるので、「いくらで売っているの?」と聞くと、「売価は自分では決められない」と言うそうです。どうしてかと聞くと、お金がないから材料を仕入れられないため、どうしても高利貸しにお金を借りて材料を仕入れて作らざるを得ないから、それをいくらで売るかは全部高利貸しに掴まれているというのです。ですから、高利貸しにお金を借りて椅子を作る仕事をしている限りは、永遠に高利貸しに利益を持っていかれて、彼女は本当に1日1円とか2円の利益しか上がらない。その時に彼は「では無利子でよいので、僕がお金を貸してあげよう」と言って貸すと、高利貸しにお金を借りなくて良くなるので、利益は5倍になるのです。非常に低金利でお金を借りたら、利益は5倍くらいになるのですね。彼はそのことに気がついて、銀行に「どうぞ貧しい人たちにもお金を貸してあげて欲しい」と頼みに行くのですが、銀行は頑としてきいてくれない。その理屈の第一は「貧乏人にお金を貸したら返ってこない」というのです。皆さん、グラミン銀行は50万人の貧乏人のお金をかして、その回収率は99%です。彼は「世界の銀行は貧乏人にお金を貸したから、不良債権をつかんだのではない、金持ちに貸して、ふんだくられたのだ。貧乏人は金を返さないことがどういうことになるかをよく解っている。」と言い、貧しい人のための銀行を作りました。その(お金を借りる)条件は3つ、担保を持たない、とりわけ女性にしかお金を貸さない、Micro Credit =小額融資です。私はいいなと思いました。5人で一つのチームを組みます。最初2人が事業計画を発表します。例えば、私は私の庭で鶏を飼ってそれに卵を産ませて、それで生活がしたいと1人が計画を発表し、あとの4人がそれに賛成すれば、連帯保証人と事業達成協力人になります。そうやって最初の2人がお金を借りて完済すれば次の2人が借りられる、4人が完済したら、最後にリーダーである残りの一人が借りられ、全員が完済したら、もう少し高い金額を借りられるようになる、といった仕組みです。良く考えてありますよね。また、銀行員は銀行内にいてはならず、彼らはお金を貸した人の町に朝早くから出て行って、その町のお世話をするというのが銀行員の仕事です。日本の銀行員は取り立てに行きます。しかし、グラミン銀行の銀行員は、返せるように指導していくのです。

それを聞いた時に、本当に我々の企業活動というのは、原点において自己利益追求いというレベルにしか終わっていないと思いました。彼は違うのです。彼は「私が企業を経営する最大の目的は、社会のお役に立ち、貧しい人を救うためだ」と言います。まさにその志の原点が問われているのです。そして彼が1枚の紙に書いたのが、世界中の銀行は「Selfish」という言葉でした。日本語で言うと、自己中心、自己利益追求、あるいは我儘と言う意味です。彼は「これからの事業はSelflessだ」と言います。Selflessという言葉を辞書で調べたら、無私、私が無い、公の心と書いてありました。我々は何のために企業を経営しているか、という原点です。それは自分の贅沢ではなく、もちろん社員の生活があるけれども、それを超えてこの仕事を通じて、世の中のお役に立つという、もう一度そのような志に帰らないと、本当の意味での力強い経営にはならないのではないかと思いました。何のために経営をしているのか、何のために会社があるのか、何のために働いているのかという一番の原点、それを彼はソーシャルビジネス(Social Business)と言っています。ですから、ソーシャルビジネスでは、株主は出資しても配当金はもらえません。では、配当は何かというと、社会貢献が配当なのです。この会社は環境を守るということが目的で、それに投資をしたら、環境を守れば守るほど配当が沢山入ってきているという、社会貢献したことが配当になるのです。ヨーロッパの企業は非常に関心を持って、このグラミン銀行といろいろな提携をしています。日本は反応がすごく遅いと言われています。もう一度、そういった意味においても、企業というものが一体何のために存在するのかというものを彼から聞きながら、松下幸之助が昔言っていたことと同じだなと思いながら聞いていました。

松下幸之助はこう言いました。「利益は決して目的であってはならない。企業にとっての目的はあくまでも社会貢献であって、利益はその結果与えられるものである。その根本を間違ってはならない。利益を目的とするならば、必ずその間にいろいろな犠牲が生まれてくる、そして利益のためなら手段を選ばない経営になり、結果的には社会に悪をもたらすんや」と。私は、今こそその一番の原点を考える必要があると思いました。そしてなぜか長く続いている会社は、その原点に忠実な会社なのです。本当に世の中のお役にたつ、社会に貢献するという点において英々としてやっている所が、やはり老舗と言われ、永続している企業の原点にあると私は思います。ですから、流行り廃りや、その時々の流行、もちろんきしみもありますが、その一番の根っこにおいて、何のために会社を経営し、何のためにこの会社で毎日働いているのかという一番の原点において、我々はこの仕事通じて、社会の為、世の為、人の為に働くためにこの企業をつくり、この企業で働いているのだという、志を継承すべきではないか、その継承こそがまさに永続への道ではないかなということを、本日は皆様にお伝えしたいと思いました。

2時間経ちましたので、新幹線で行くとほぼ大阪からいくと、皆さんは一応は座っておられますけれども、私だけずっと立席特急券なものですから、足も疲れてきましたので、一端休憩させていただいて、あとは皆様からのご質問をいただきながらお話させていただければと思います。3時50分から再開したいと思います。

≪第二部≫
2時間話を聞いた後で大変だと思います。残された時間が1時間ほどだと思いますが、2つほど追加でお話したいと思います。

私はバングラディッシュに10年間行き続け、中国にも毎年のように出かけていて、一番気になった事は、日本の若い人の目に力がないということです。これを私は視力低下と言っています。日本人同志で見ているとあまり気づかないのですが、特に中国やバングラディッシュに行って、この国の人たちの目の力を見ていると、日本の若い人の目の力が本当になくなってきたなと思い、目の力というものに注目し、考えてきました。目の力がないということは、日本の未来が危ないのではないかとすごく感じました。次の時代の担うべき若い人の目に力がないということは、将来に対する夢や希望がないということかな、と思いました。とはいっても、若い人の目の力というのは、そこが象徴的ではないなと思いました。どんな名門の会社でも、若い社員に目の力がない会社はやはり危ないと思います。若い社員の目が、爛々としている、キラキラしている、そういった目に力があるというのはすごく大事ではないかと思い、目の力とは何の力かと考えました。私は、目の力というのは、意志の力だと思います。「よし、やるぞ」と思うと目にぐっと力が入るのです。しかし現状に甘んじて、「いいんじゃない別にこのままで」と思うと逆に目から力が抜けています。目の力を回復する事は、活力を回復することだと思い、青年塾を立ち上げたのが今から13年前です。松下政経塾を離れた直後に、やはり日本の若い人をもっと元気にしなければなないと思い青年塾を立ち上げたのが13年前です。全国を5つのブロックに分けて、各クラス別に20人ずつ募集をしており、年間に7回、2泊3日の合宿をやっております。合宿は金~日曜日までの2泊3日です。それを7回やります。今週は、金・土・日と熊本と水俣で西クラスの講座を行います。ですから金・土・日と西クラスの日としてこの九州と中国・四国地方で、現地現場で、現実の中に生きる人を基にして学ぶ、青年塾の講座を行います。その次は丹後半島で関西クラスのお酢づくりに命をかけている人にお酢をつくる話、それから東海クラスが伊勢神道でお伊勢さんとは何かを勉強しようと、こういうふうにして、各地区で20人を定員として若い人を育てていこうとしています。13年ですので、もう1000人を超えました。若い人は可能性があり、動機づけをしてあげるとすごく元気になってくるところを見ると、この仕事を人生の大きなテーマにしていきたいなと思いました。私の人生のテーマは、「若い人の志力回復」です。視力とは漢字が異なり、志の力です。志力を回復していこうと言うくらいに、やはり未来に向かって大きく、高い夢を持つということが、若い人の活力を伸ばしていくのではないかということで、青年塾に力を入れています。

私は若い人にいつも「人生は自分の思った以上の結果は出ない」と言っています。どういう思いを持って生きるかという自分の思いは、自分の人生の限界を作っています。だから、草野球の4番バッターになれればよいと思っている人には、大リーガーにはなれないのです。思いを高く大きくすることが、自分のエネルギーを大きくしていくわけです。福岡から大阪へ行く飛行機はニューヨークへはいけないのです。何故かというと、大阪行きの飛行機はそのクラスのエンジンとガソリンしか積んでいないからです。大阪へ行く分の準備をしていない為、行くに行けないのです。人生も全く一緒です。日々どういう思いを持って過ごすか、どういう思いを持って人生を生きるかがすごく大事であって、家の目の前に富士山があっても、登ろうという意思のない人は一生登りません。それは富士山が高いからでも、あるいは忙しいからでもありません。登る気がないからです。ですから、私が若い人にいつも言うのは「折角の人生、一回しかない人生だから、高く大きく思え」と言っています。それが、自分の持っている可能性を、大きく発揮させていくのではないかと思います。そういう思いで青年塾をやってきました。

もう一つ若い人に言うのは「自分の人生を一つの部屋と思ってみたらどうか」ということ
です。仕事という窓しかない人は、仕事という窓からしか世間が見えないのです。そして、仕事という窓からしか光が入ってこないから、仕事で行き詰ると、部屋=人生が真っ暗になるのです。しかしそこに、友達という窓があると、友達という窓から違う世界が見えるのです。また、仕事で行き詰っても、友達という窓から入ってくる光によって、人生が救われます。この青年塾のようなところで、多種多様ないろいろな友達と出会うことは、人生における視野を広げ、またその窓は、人生行き詰った時の危機管理を行うことにもなり、とても大事なことだという思いから、若い人を集めて(青年塾を)やってまいりました。非常に盛り上がっておりまして、私にとっては、青年塾は生涯塾生なのです。マフィアみたいですが、一度入ると出られないということで、一生かけてやろうと思っています。1年間勉強している間は予科みたいなもので、それを卒業してから死ぬ瞬間まで、志を共に求めていく同士として付き合おうということで、生涯塾生と言っております。折角のご縁でもありますので、是非皆様方の回りにでも、この青年塾にいいよ、という人がおられたり、うちの息子を行かせたいという方がいらっしゃいましたら、12月1日から募集いたしますので、是非応募していただきたいと思います。また、一度覗いてみようかなということであれば、一度その部分的なところだけでもよろしいので、どんなことをやっているか、観に来てください。

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教育方針は3つです。不便、不自由、不親切です。これが私の青年塾の教育指針です。人間は不便と不自由と不親切を与えられるとどうなるか。苦労するのです。この、苦労をしなければ本当の学びがないのです。楽して学びはないのです。骨身を削るように苦労してこそ初めて感動が生まれるのです。「いや~やって良かった。辛かったけど」という感動がなければ、本当の学びにならないのです。ですから、青年塾は自分の頭で考えられる人が、苦労して感動を感じられるような研修を行いたいということで、不便、不自由、不親切が3大教育指針になっています。まず会場は、極めて足場が悪い、行くのに苦労する所です。

例えば入塾式は(現在は変わりましたが)長い間、岐阜県恵那郡明智町というところでやってきました。滅多なことでは行きません。名古屋駅から乗り換えて1時間、恵那からさらに山の中に入って1時間。滅多なことでは行けないのです。その案内は極めて不親切であります。4月6日午前11時、明智町大正ロマン館としか案内しません。皆、「上甲さん、このような不親切な案内で、どうやって行ったら良いのですか?」と聞いてきます。答えは簡単です。「気をつけて来てください」としか言いようがありません。与え過ぎなのです。だから贅沢病になるのです。日本人にとって最大の国民病は癌でも心臓病でもなく、贅沢病だと思います。インフルエンザにかかると熱が出ます。贅沢病にかかると何が出るかというと、我儘が出るのです。皆、枠にはめて与えようとし過ぎるから悲鳴を上げるのです。全部自分でやらせたら良いのです。そしたら自分の物になります。私はいつも「主人公意識を持て」と言います。自分の人生、自分が主人公であるという意識がないと、全部被害者意識になります。やらされて、行かされて、歩かされて、山に登らされた、ということになります。全部「された」という被害者意識です。研修の計画も全て塾生に自分で作らせます。ハードなスケジュールを組んでくるのです。私が組んだら必ず「上甲さんこんな朝から晩まで大変ですよ」と言って文句が出ます。しかし自分が組んだスケジュールは絶対に文句が出ません。逆に私が「こんなスケジュールはハードだよ」と言うと、「上甲さん、これくらいやらないとダメですよ」と言うようになります。自分で組んだらそうなります。或いは、講師との折衝を全部自分でやってみると、自分がやることによって、嫌でもその先生がどのような先生か、本の一冊も読んで、どんな話をしてもらいたいか、考えて折衝しないといけなくなる訳です。それをしなかったら、座っているだけです。そこには、苦労がないわけです。自分が呼んできた先生であれば、うっかり居眠りも出来ません。全部自分でやってもらうと、自分のものになるのです。

また入塾式に入ってきたら、机も椅子も並んでいません。「机も椅子もないですが、どうしたらよいですか?」という人がいますが、「自分の座る机と椅子は自分で運んでください」と言います。そこで必ず「どう並べたらいいですか?」と聞かれます。これも「自分で考えてください」と、とことん自分で考えさせて、自分のことを自分でさせると、不思議ですが本当に盛り上がります。目つきが変わってきます。与えれば与えるほど、「もういい加減にしてくださいよ」と目がトロンとしてきます。ですから、私はある意味においては与え過ぎではないかなと思います。ある時に、親切心でバスの時間など、いろいろと書いたことがあります。今までと比べて、親切にしてあげるとどういう反応があったかというと、「例年と違って親切にしてもらってありがとう」という返事は来ずに、「上甲さん、これバスの時間が抜けていますよ」という返事がきます。与えれば与えるほど、「足らざる」を置くようになるのです。子供などは典型的です。おもちゃを沢山買ってあげると「こんなに沢山買ってもらってありがとう」ではなく「これ持ってない」と持ってないものを言うようになります。私は教育ぐらいは、不便、不自由、不親切で意図的に苦労させるということを持って、自ら行うという力をつけていくことが大事だと思います。

私は9年間中国に行きました。全て現地集合、現地解散です。普通は空港まで行けば、航空会社が連れて行ってくれ、ツアーコンダクターが行くわけです。うちは違います。全部現地集合、現地解散です。必ずこの1枚に印鑑を押した人でないと連れていきません。その1枚には何と書いてあるかというと、「何が起きても自己責任、全て覚悟の上」と書いたものに、判を押した人でないと連れていきません。そういう時代なのです。今の時代はちょっと逆です。至れり尽くせりです。モンスターではないですが、すぐに文句ばかり付ける人が多い。私の中国理解講座には、保険は一切かけていません。自分に必要な保険は自分でかけてもらいます。それが人生です。直ぐにその主催者責任だとか言いますが、自分の身は自分で守り、自分の人生は自分で何とかするというところから、あえて不便、不自由、不親切と申しました。

ある一つのエピソードを、福岡県の校長先生の大会で話をしたら、感じてくれる先生がいらっしゃいました。福岡県の某A高等学校の校長先生です。その学校は2年生の時にニュージーランドに行くそうです。毎回は学校に集合してバスで福岡空港まで行くそうです。校長先生が私の話に非常に影響されて、勇気を持って、「本年からは福岡空港に集合です」と言ったそうです。もう、毎日毎日親から電話がかかってきたそうです。「校長、そんなことしてもし遅れたら、待っているのか、遅刻したら飛行機は待ってもらえるのか」等毎日電話がかかってきたそうです。それが半年続いたそうで、とうとう私に「助けてくれ」という電話がかかってきました。某A高等学校に行きましたよ。1000人の生徒と親が集まっているところで、私は「修学旅行行く時に、もし時間が来て遅刻したら待ちません、それは教育です。それで遅れたために一生遅刻してはいけないという子供になったら、遅刻することも大事です。これは教育です。皆さん、この程度でドヒャッとしたらいけません、来年からニュージーランド集合ですから。」と最後に言ったら、一変に治まりました。

ちょっと世の中がおかしいと私は思うのです。自分の身は自分で守り、自分の足で立つというたくましい日本人を育てないと、文句ばっかり言って何となくひ弱な日本人で、精神的にヘトヘトになるような社会の中で、せめて青年塾は不便、不自由、不親切で、自立させる、自分のことは自分でさせる。たったそれだけのことで、皆本当に盛り上がるのです。感心するくらい、もういいのではないかというくらい盛り上がります。これは私自身がやってきて感じたことです。与えれば与えるほど何となく受け身になり意欲が亡くなるけれども、思い切って自分の責任でやらせてみるということによって、人間は自己責任を負うようになります。企業の中でも私の話を聞いて、研修部門をなくしたところがあります。入社後の導入試験は全て先輩に面倒見させるところがあります。私は、これは絶対に正解だと思います。これはその先輩の勉強にもなるのです。入って、1年目、2年目の先輩が、後輩に偉そうにおじぎの仕方などを教えているのです。教えることを通じて学ぶのです。研修もあまりにもあらゆるお膳立てをし過ぎるものだから、社員はお客さんになってしまうのです。お客さんだから研修が終了したら、「やった」と言っているのです。私は、研修というものは行く時は、また皆と会えると、スキップしていくものだと思っています。変える時にはスゴスゴ帰ってくるのが本来ですが、どこの研修も行く時萎れて行って、終わってからスキップして帰ってくるのです。「やった終わった!」と。そういう意味でも、私はこの青年塾をビジネスとしてではなく、一つの社会運動として力を入れています。

青年塾では、毎回の主催も会計もすべて塾生にやらせます。私が利益をとらないからやり易いわけです。私が大阪から行く交通費は頭割としてもらい、その他の利益は一切取らず、あとの費用は自分たちで計算して参加費用を決めるわけです。私にとっては、これはビジネスではなく社会運動だということでやっております。カリキュラムは2つ。まずお掃除、もう一つは食事づくりです。多分私は食事づくりまでやっている研修は他にはないのではないかと思います。私は食事づくりを教えられないので、私の妻が教えております。若い人を見たら、本当に命が危ないです。その働きでは命が危ないよと言いたくなるような、働き方をしています。本当に命を大根おろしですりこぎするような働き方で、深夜まで働いて、朝は早く起きています。本当にそんなことしたら命が持たないと思います。食生活を見たら本当にめちゃくちゃで、餌のようなものを食べている人が沢山いるのです。私は若い人にそんな働き方をさせてはいけないと思い、私の青年塾では、命に良い食事づくりということで、バランスを基本にした食事づくりを行っています。人間は食べるものをしっかり食べて、身の回りをしっかり整理整頓していればまっとうに生きられるのです。この2つを疎かにするから、逆にひ弱になっていくのではないかと思いました。そういうことで、政経塾をやっておりますので、これも是非皆さんに紹介したいと思いました。今は第14期生になります。

2番目は、10月31日は私の誕生日です。個人的なことであります。民主党に政権が代わって、一つ変わってきた事があると思います。来年の参議院選挙も考慮し、また自民党に戻っていくのだろうかということを含めて言うと、自民と民主だけという2大政党制というのはある意味では日本のアキレス腱になっていくのではないかと思います。もしも民主もだめとなったら、もはや選ぶものがないということになったら、本当に日本は行き詰ります。国家100年の計ということからすると、100年をかけてこのような日本を作ろうと、国民が本当に意欲と勇気をもち、誇りが持てる国造りをしよう、新しい政治的な動きをしようということで、10月31日に東京のホテルオークラで午後2時から4時半まで、国民運動の設立大会を行います。もし東京へ来る機会があったり、またはそういう思いがある方は、是非その運動に参加していただきたいと思います。私はそれを志民革命と呼んでいます。字が違います。フランス革命の市民革命ではなく、志の民(志民)なのです。志民とは何かというと、自分の利益を超えてみんなの利益が考えられる人です。僕のことはいい。子供や孫、ひ孫たちのことを真剣に考えよう、というような志を持った人を作っていく時代ではないかなと思ってきました。そういう意味においても私は、やはり志民革命の時代ではないかなと思います。志民運動を立ち上げる、志の民による運動を行うのは、まず国民が政治を変える運動をしてみたいなと思ったからです。今までは政治家が政治を変える運動をしてきました。国民の側から政治を変えてみようということで、志民運動を始めようということで、10月31日に旗揚げを行います。これにはこれに共鳴する政治家もおります。そういうことであれば、新しい政治的な動きをしてみよう、組織を立ち上げてみようという動きもあります。少しは新聞に載るかもしれません。こういう運動を立ち上げた根っこの部分には、やはり21世紀に向けて、日本人が元気を取り戻し、こんな日本になったらいいなという国を作る、リーダーシップを持った政治運動をぜひ政治家にしてほしいなという思いから、運動を立ち上げますので、冒頭に紹介させていただきました。後は自由なご質問なりご意見をいただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

○質問
本当だったら自分から青年塾で頑張りたいっていうのが本当でしょうけど、実際にはオーナーが「うちの息子」をよろしく頼むっていうケースが多いのではないでしょうか?

○上甲
結構多いですね。創業者よりも圧倒的に「うちの息子」を頼んでこられます。これもすごく良いのは、新しい仲間ができることによって、世界が広がります。自分の業界しか知らなかった人が、青年塾で全く異分野のお互いが知りあって、新しい事業を起こして行ったりします。そういう意味においても、先ほどほ話した窓は多ければ多いほど良いと思います。結構そのニーズとしては、「うちの息子を頼む」とか「うちの社員で将来幹部にしたいので頼む」と言われるのが8割です。

○質問
今日は本当にありがとうございます。先ほどのお尋ねに、うちも娘を青年塾で1年間お世話になりまして、私自身もずっと上甲先生にお世話になっているのですが、体験といたしまして、少しお話させていただきます。入塾式の時は、はっきり自分の意志を持ってきている人と、会社から行かされているという人がはっきりわかるのです。顔の感じで解るし、自分はあまり気が進まなかったけれど来ましたとはっきり言う人もいらっしゃるのですが、1年経って、出発式(青年塾では卒業式をこれからの出発言うことで出発式というのですが)の時の塾生の顔は、入塾式の時の顔と全然違っていて、どの子が入塾式の時にそういう顔だったのかというのが解らないくらいです。本当に1年の間に大きな学びをして、様々な思いをもって1年を出発していきますので、非常に感動の出発式になります。少し申し添えさせていただきました。

○上甲
ありがとうございました。

○質問
今日は上甲先生ありがとうございました。北九州で映像制作の会社をやっています。社員数は12人ほどです。真理は平凡の中にあるという言葉を聞かせていただいて、まさにその通りだなと思いました。私どもも朝の挨拶などを、すごく大事にして、そういうところで褒められる会社になろうとしています。先ほどお話があった、颯爽と歩く姿が素晴らしいと言っていただけるような会社になろうという取組をしています。しかしなかなか思うようにならないのが現実です。出来る人もいれば、出来ない人もいる中で、出来ない人に指摘をすると、一日中指摘をしておかないといけない状況になります。そのくらい差があります。そういう社員を扱う場合に、最も大事なことが何かあれば教えていただきたいと思います。

○上甲
なかなかそれは時間のかかることです。本当にまず関心を持って見続けるということが大事だと思います。また、見続けられているというのは、緊張感がある訳です。ですからうるさく言われてると、「うるさいな・・・」ということになりますが、その「うるさいな」という気持ちではなくて、相手がハッと気づくような形で言うには、やはりその人をずっと見続けるということが大事になってきます。それには時間がかかりますが、私は時間がかかった方が良いと思っています。本当に身につける為には時間をかけた方が良いと思います。急にやろうとしている人を見ると、私は「そんなに無理してやるな」と言います。早い時間に変わったものは、すぐに元に戻ってしまいます。しかし私が「時間かかった方がいいよ、時間をかけた方がいいよ」というような言い方をすると、逆の言い方になりますが、帰って皆心救われるところがあります。私が長い間教育の仕事をしてきて一番思うのは、やはり心に抵抗のある言われ方というのは、言われれば言われるほど反発します。すっと入っていく言葉にいきかたというのは、実にコツが必要です。上からとか、やかましく、うるさく言われると、「わかっとるよ!」ということになります。そうすると姿・形だけはそうしても、そうでないところに行くと悪口を言うか、反発をするかをします。私は政経塾でそういうところで失敗したことがあり、言えば言うほど相手の心の抵抗があり、言葉が非常に逆効果になります。心を開いてからでないと、言葉は相手の心に入っていかないということは、政経塾時代の一番の経験です。どうやって心を開かせるかという時に、一番効果的なのは寄り添って聞いてあげることです。そうすると割と心の扉が開きます。今日はお話をしませんでしたが、聞く耳を持つということは、上に立つ人にとってとても大事なことです。「私の上司は解ってくれる」というのはすごく大事なことです。松下幸之助は、自分が経営者としてなんとかここまでやってこれたのは、自分に聞く耳があったから、そしてその最大の理由は自分に学歴がなかったことだからだと言います。本当に不思議なのは、松下幸之助がここまでやってこれたのは、学歴がなかったことであり、学歴がなかったからこそ、社員の一人一人の声にまで真剣に耳を傾けることが出来、社員に何を聞いても「そうか」と思うことが出来たということが、社員のやる気につながったと言うのです。いくら正論でも頭ごなしに言われたら、「わかっとるわ」となり、言えば言うほど反発することになりますから、こちら側の持っていき方というのがすごく大事になります。

私の30年近い教育経験から相手結論を言えば、人は変えることが出来ないということです。「30年間教育をやってきて、あなたの結論は何ですか?」と言われると、「他人を変えることはできない」なのです。まさに自分の人生で責任を持って変えられるのは自分しかない。その自分をいかに変えるかというのが全てなのだと思います。会社の経営改革の最大のポイントは社長の自己変革しかないと思います。社長の自己変革です。社長の中に「お前たち何回同じ事を言わせるのだ」と言っている人がいます。それは違います。何回言っても聞かないというのは、そんな言い方ではもう誰も聞いていないということです。「やはり言い方を変えなければならないな、持っていき方を考えないといけないな」という風に、自らが変わるということが大切です。それをしないと「最近の社員は皆、質が悪い」と、ますます心が離れていきます。変な言い方ですが、私は、自分の人生の中でだた一つ自分が責任を持てるのは自分しかいない、と思っています。そこからしか始めようがない。夫婦でも「お前が悪い」と言うと必ず喧嘩になります。「この頃妻が愛想が悪いのは、俺にも責任があるかな」と思うと、ちょっと打ち解けていける訳です。

最後になりますけれども、私がマザーテレサに会った時の一言を紹介して締めくくりにしたいと思います。本当に私はこの言葉は目から鱗でした。マザーテレサに会いたいな、と思ったのは、私がとても苦しい時期でした。人間というのは不思議で、本当の出会いは逆境の時にあるのです。あまり得意の時には出会えていないのです。本当に困って、なんとかしなければならないという苦しみにある時には、「藁にもすがる思い」と言います。ですから、非常にこちらの気持ちが謙虚になっています。あらゆる意味において、本当の出会いは、私は逆境の時にありました。ですから、「難有」=有り難い、という気持ちになります。松下政経塾で、本当に塾生の教育に困った時に、マザーテレサの本にとても感じるところがありました。やはりこういう気持を持たないと、やさしく人を包み込むような愛情がなければ、絶対に人は育たない、厳しくといっても、厳しい中にもその根っこのところに、そういうものがなければならないと思い、一度マザーテレサに会いたいと思って、インドのカルカッタに当てもなく行きました。とにかくカルカッタに行って、会う人ごとに、「マザーテレサに会いたい」と言い続けました。しかし不思議です。求めれば出会うのです。どこからともなくその情報がつながって、いよいよ明日帰ろうかというその日に、あるご婦人が訪ねて来て「あなた、マザーテレサに会いたいのですよね。会わしてあげます。マザーテレサは毎週日曜日に、死を待つ人の家で礼拝堂に行く時、渡り廊下を渡ってくるので、そこで待ってたいら会える」と言うのです。当時のインドのカルカッタには1000万人の人口のうち200万人はストリート、要するに街頭で生活をする乞食がいたのです。その多くは生き倒れです。その人たちをマザーテレサは本当に抱きしめて、死を待つ人の家という自分の施設に連れていき、せめて死ぬ最後の瞬間くらいは、人間らしく過ごさせていきたいという思いから、彼らを抱きかかえていく訳です。私がマザーテレサに聞きたかったのは、私だったら絶対に近づきたくない、増して触ることもできない、汚い、臭い、ウジ虫まで湧いているような乞食を抱きしめられるのかということです。その答えは、「あの人たちは乞食ではありません。神様です。イエスキリストです」と言ったのです。私はその瞬間「私がてこずっていたあの塾生全部、あれはイエスキリストだったのだ。(ちょっと数が多いけど)」と思いました。マザーテレサは「あなたが本気かどうか、あなたの信仰心が本物かどうか確かめるために、イエスキリストはあなたが一番受け入れ難い姿で、あなたの前に現れます。」と続けました。私は、あのてこずった塾生全部イエスキリストか・・・と思いました。もしもイエスキリストが美女だったら、私も抱きしめます。だいたい、そういうケースは悪魔ですね。あなたが本気で、本物かを試すために一番あなたが受け入れにくい姿であなたの前に現れるのです。その人を受け入れることが出来たときに、誰が変わっているかというと、私が変っているのです。その時に本当に、教育をしていく上での大きな「目覚め」を得た気がしました。ですから、物事がうまくいかない時、相手が言うことを聞かない時は、やはり私の言い方が問題で、そういう意味ではまだまだ自分は未熟だな、というところから物事を考えていくと、比較的皆、あまりやかましく言わなくても言うことを聞いてくるようになります。本当に不思議でした。あれだけうるさく言っても言うことを聞かなかったのに、そんな風に自分が考えはじめると、皆言うことを聞くようになりました。その時私は、全身から厭味という味が出ていたのだと気づきました。厭味という味が出ている間は、どんな正論であっても相手は飲み込みたくない、受け入れたくないのです。自分から厭味という味ではなく、温かみややさしさといった味がにじみ出てくるような自分に変わらなければならないという、マザーテレサの言葉は、私にとっては行き方の原点なのです。今でもそう思います。上手くいかない時は、やはりどこか私の行き方の中に、少しマンネリ化しているところや少し傲慢なところがあるのではないかとか、少し変わってきているのではないかと、常に顧みて自らを思い、自ら変わるというのが全ての原点だと思います。そう思うとあまり苦しくならないのです。答えになっているでしょうか。

○質問者
ありがとうござました。大変参考になりました。

○上甲
一つだけ宣伝です。携帯電話に毎日私のメッセージが入ります。これ以上私の声を聞きたくないという人もいると思いますが、無料で毎朝7時に「経営一日一語」というものが送られてきます。一回だけ、iwamotostarsevenというところに~メールと送っておくとあくる日から、自動で無料で短い言葉が送られてきます。これも御縁ですのでよかったらどうぞ。観ていただくと、無料登録と書いてあります。今はもう1500人位の人が聞いてくれておりまして、青年塾の時などは、7時に一斉にメールが鳴ります。毎朝7時です。これも何かのご縁ですので、ご紹介します。

添付資料(印刷用にご利用ください)

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講師:上甲 晃(じょうこう あきら)

志ネットワーク 代表

志の高い国づくりは、まず日本人一人ひとりが志を高く持つことであると説く人材教育のスペシャリスト。 松下政経塾常務理事を経て、現在は志ネットワーク代表として活躍。
著書:『志を教える』『志のみ持参』『続・志のみ持参』『志高く生きる』『日々発見・日々感動』『心の革命』『志は愛』など。
日時・場所

2009年10月20日(火)
13:30~16:30

福岡商工会議所502号室
博多区博多駅前2-9-28
TEL 092-441-2161

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