「町の小さな酒屋から日本有数のワインセラーへ超繁盛店を作り上げた3代目経営者の成功の軌跡」(2009/11/6開催)
大手ディスカウントショップやコンビニ等の台頭により、個人の酒店の経営が難しくなっている中、大正初期に祖父が創業した町の小さな酒屋の3代目として事業を引継ぎ、短期間で年商23億を超える企業に成長させた講師に自身の体験をもとに経営理念の大切さやこれからの後継者に求められるものについてご講演いただきます。
本文の後ろに添付資料がございます。印刷してご利用ください。
皆さんこんにちは。ヴィノスやまざきというワインショップ・酒屋をやっております、私3代目後継者の種本祐子と申します。このような素晴らしい会議室で本日お話をさせていただくということで、大変緊張しております。実は大変古い話になりますが、私が大学を卒業して初めて就職した所が、静岡の商工会議所でございまして、どちらかというと、こういったセミナーの企画で受付などをやっておりましたので、大変懐かしい思いを持って、この場に立たせていただいております。

福岡はいかがでしょうか?静岡をはじめとする中部圏や関東は非常に厳しい景気の中、私たち酒販業界も大変厳しいと言われております。そういった中で、なんとか今年持ちこたえたら良いのではないかという感じです。一昨年までは増収、しかし昨年は減収してしまったのですが、ここからなんとか下半期がんばって今年もよい結果が出せるよう臨んでいるところです。うちは潰れそうな小さな小さな酒屋だったのですが、今では年商21億、社員は78名という中小企業に成長しました。そして僅かではありますが、年々売り上げを上昇させております。大成功ではないのに、今日はとてもすごいタイトルでこのようなところにお招ききただいて、大変恐縮しております。普段忙しく働いている日々ですので、自分たちがやっている仕事をきちんとまとめてお話させていただく、大変よい機会だと思いこうしてお伺いいたしました。また自分自身も初心に戻る気持で、本日準備してまいりましたので、どうぞ皆さん(お願ですが)子供の学習発表会を聞きに来た父兄のような気持で、(ここに立っていると大変緊張しますので)どうぞ温かい笑顔でにこにことこちらを見ながら、お話を聞いていただければと思います。このような席ですと、何かのりぴーの公判に来たような、被告人になったような感じで、非常に緊張しておりますので、どうぞ皆さんもリラックスしながら、体験談として聞いていただけたらと思います。
私どもが扱っております商い21億の90パーセントは、ワイン、果実酒、葡萄酒を扱っているのですが、皆さんはワインというと、どういうイメージをお持ちでしょうか?いかがでしょうか?ワインはどのようなイメージですか?
○参加者
いろいろな料理によって味が変わってくるようなイメージです。
○種本
とても高度な印象をいただきました。こちらの方はいかがでしょうか。
○参加者
飲んだらおいしいのですが、日本のお酒と程遠い感じがあります。
○種本
なるほど。結構の飲まれて・・・。 今度は女性にお伺いいたします。ワインのイメージとはどのようなイメージですか?
○参加者
香りが良いといイメージです。
○種本
香りですか。皆さん良いご意見ばかりありがとうございます。こちらの方はいかがでしょうか。
○参加者
お洒落なイメージがあります。
お洒落なイメージですね。実は私、今日ここでお話させていただくにあたって、100人の女性にワインのイメージはどのようなイメージか、という調査を行ってまいりました。100人といっても、私の友人や親戚の叔母さん、PTAの知り合いや主婦仲間に、「ワインのイメージってどう?」と聞いてきたのですが、その中で一番多かったのが(今ご意見にも出た)「お洒落」というイメージでした。当社も5年ほど前から新卒の採用を行うようになって、うちのように小さくて数人しか採用しないような中小企業の酒屋に、女子の応募が大変多くなっています。「うち以外にはどこを受けているのですか?」と聞くと、「航空会社を受けている」と言うので、「どうしてうちなんかを受けたのですか?」と聞くと、「ワインを扱っているので、お洒落なイメージだから」という答えが帰ってきます。。だいたいそういうイメージで入社した社員は、イメージと現実のギャップに負けてすぐに辞めてしまいます。いずれにしても、「お洒落」なイメージがあるようです。そのお洒落なイメージを持っていると答えた友達に、「毎日ワイン飲んでくれてる?」と聞くと皆、下を向いてしまいます。
皆さんの中で、毎晩ワインで晩酌をしているという方、手を挙げてください。では、ビールだったら結構やるよ(晩酌するよ)という方? 結構多いですね。九州ですから、焼酎で晩酌しているという方? ありがとうございます。ワインというと手を挙げてくれる方が少ない商材です。私の友達に、「なぜ飲まないのか」と尋ねると、「難しい」「なんだか訳が解らない」「堅苦しい」「気取っている」「お洒落だから飲んでみたいけれども、何を飲んで良いのか分らない」「ワインを買いに行くとあなたのようなソムリエだか何だか解らない人が出てきて、難しい横文字を言うから何を頼んで良いのか分らなくて、メニューから一番安い方から2番目くらいを注文するけど、私には渋くて飲めなかった」とい人が結構いらっしゃいます。「テレビで日本一のソムリエが『これが美味しい』と何万円もするワインを言うから、わざわざ探して取り寄せてみると渋くて・・・私はやはり赤ワインは飲めない」という女性が多いです。

実はこの第一印象は全然違います。ワインは農産物です。他のお酒と大きく違うのは、ヨーロッパでもアメリカでもオーストラリアでも、そこの畑で作られた農産物で、産地の表示が義務付けられています。例えばお米で言うと新潟産とか魚沼村とか、静岡ですのでお茶で言えば静岡茶やその中で拘ったものであれば川根村の川根茶というように、全て産地を名乗らなければならないという農業法という法律によって決まっています。同じようにワインも産地の表示をしなければなりません。日本では農水省は地産地呼称の表示を法律で義務付けてはおりませんが、フランスでは1800年代から既に、ワインやチーズのような農産物にはどこの産地で作られたかという法律がありました。
例えば、もうすぐ解禁日ですが、ボジョレーヌーボというワインがありますがこれもフランスのボジョレー地区という産地のワイン、ということでラベルに表示されています。ですから同じボジョレーと言っても、「あっちで飲んだボジョレーは美味しかった」とか「ここで飲んだボジョレーは美味しくなかった」となります。あくまでも産地名の表示ですので、いろいろな作り手がいろいろなスタイルの味を作っています。ですから、「『ボジョレーとはこういう味』と覚えて飲んだけれども、やっぱり違っていた・・・ワインは難しい」という話になってきてしまいます。よくクリスマスに飲むシャンパンも、フランスのシャンパーニュ地方で作られた特別な泡のたったお酒です。これもシャンパーニュの人々が自分たちの土地の特産品として非常に厳しい規定の元に作っているものです。シャンパンと名乗るためにはこういう作り方をしなければならないとか、こういう葡萄でなければならないといった、厳しい法律があります。
ではワインとは一言で何か、という話になりますが、この辺の話は「初歩から解るワイン入門」という本を主婦の友社から出版、絶賛発売中です。この本の中にも沢山書かせていただきましたが、ワインとは農産物です。決して難しいものではありません。でも難しいといわれる方が多いのです。挙句の果てに「まずい。美味しいと勧められて飲んだら、酢っぱかった。渋かった。」と言われる方がいらっしゃいます。しかしワインは全然難しいものではなく、本当はとても簡単なものです。通常のワインセミナーであれば、ここから「ワインはどうやって選ぶのか」という楽しい話になるのですが、今日は商工会議所のセミナーで、我々が取り組んできたことについて発表するようにご指名をいただきましたので、今日はここから少し固い話をいたします。
「ワインはお洒落なのに何を買ってよいのか分らなくて難しい。」「近寄りがたいけれどもちょっと近寄って飲んでみたら自分に合わなくてまずかった。」と言われるワインですが、実はワインの市場は大変小さいものです。
日本人一人当たりのワインの消費量は、普通のワインボトルに例えると1年間に2.7本にしか過ぎません。フランスやイタリアに比べると25分の1です。ワイン新興国と言われるアメリカに比べても4分の1以下と、先進国の中では大変低い数字です。例えば全種類の中でのワインの消費数量を見ると、10年前、ビールは全アルコールの中で70%もあったのにワインはたった1.5%です。この中には結婚式の時の乾杯に使用されるバンケットワインとか、贈答のワインなども含まれておりますので、実際に消費されているのは1%以下ではないかと言われています。
この数字は東京や大阪といった国際都市の数字も含まれております。九州も福岡は大きなホテルや飲食業が盛んな街ですので、大きな数字(この時でも2%くらい)が出ておりますが、その他の県ではほとんどが1%以下です。地方では0.8%、0.9%というのがワインの消費量です。つまり1% を切っているマーケットがどういうマーケットかと一言でいうと、「売れないマーケット」ということです。私がワイン(の事業)を始めた時も、「そんなものやったら店を潰すだけだよ、辞めた方がいい」といろいろな方にアドバイスを受けました。最近でもまだ2.6%の市場です。食も洋食化して、居酒屋でもワインを出す時代になっても、まだ全アルコールの中で2%の消費量にしか過ぎない市場です。言い換えると、100人いたらその中に1人か2人の人しかワインをお飲みにならないということです。これがワインという商材の現状のマーケットです。
ではこのマーケットがどのような推移をしてきたか、次の表をご覧ください。1970年をみると、このときはワインを飲まれる方はいなかったのですが、第一次ワインブームは1972年、第二次ワインブーム、第三次ワインブーム、そして第四次ワインブーム、そして記憶に新しいところで第五次ワインブームが起こり、第六次ワインブーム、これが若い方などは一番記憶に新しいものと思いますが、ポリフェノールが体に良いとか、非常に健康に良いということで、低価格ワインが日本にどーんと入ってきて、消費量がグンと上がりました。しかしそれからまた、どんどん売上が落ちてしまい、2005年は少し伸びておりますが、2006年、2007年は景気の低迷と共にワインの消費量も落ちています。非常に厳しいマーケットであります。後ほど見ていただきますが、ヴィノスやまざきも、ここがピークでした。2001年に最低の売上になります。売上をぐーっと落してしまいます。そしてそこでV字回復し、今は創業以来の、最高の売り上げをあげております。どのように取り組んできたかということを、ヴィノスやまざきの沿革とともに、今からご紹介させていただきます。
うちのお店は1913年に創業いたしました。山崎豊作という私の祖父が始めました。ヴィノスやまざきの山崎は私の実家、旧性です。祖父は名前の通り農家の息子です。大変貧しい農家の4男で、自宅から静岡市の街の中まで、毎日大八車に農産物を乗せて行商していたのが(商いの)はじめです。その後を継いだのが私の父で、高度成長期とともに何とか商売はやっていけたのですが、1970年代になると、静岡市の中心街がドーナツ化現象が起きてしまい、オフィスビルが立ち並び、昔はお酒や醤油をご家庭に配達するような酒屋でしたが、ドーナツ化現象のため店の売上がドンドン落ちていきました。皆さんご存じかどうか解りませんが、酒屋という商売は、小売酒販免許という免許によって販売が国税庁によって許可され、その免許によって守られている業態です。最近は規制緩和によって自由に酒販免許も取れるようになったのですが、当時は酒屋さんをやっていれば潰れないと言われていた商売です。だいたいこの商圏の中には山崎酒店さん、あっちの商圏の中には田中酒店さんという風に、自分の商圏の中で守られた商売をしていました。ところが高度成長と共に、その商圏の人がドンドン郊外に流出してしまい、売上はドンドン落ちてしまっていました。
酒屋さんはだいたい、そこの息子が他店に修行に行きその後戻ってきて後を継ぐということがほとんどでしたが、家は女の子しかおらず、そういう状況の中で、私の父は「もう後継者もいないので商売をやめる」と思っていたようです。しかしある時、商工会議所の講演会に行き、ある先生の講演会を聞いたそうです。帰って来た父は「もう一回商売をやりなおしてみる。今日後援会ですごいことを聞いてきた。」意気揚揚と私たちに言うので、内容を聞くと、(皆さんは全然びっくりしないような事なのですが)うちの父にとっては目から鱗のような言葉「差別化」という言葉を聞いたそうです。だから何?というような話なのですが、当時酒屋は、同じ問屋さんから同じ焼酎や同じ価格で仕入れて、同じ価格で売って、商圏の中だけで商売を行っていたので、よそと違う商品、よそと違うサービスによって、遠方からお客さんに来ていただくというのは、父には想像がつかなかったようです。この差別化という言葉を聞いた父は、差別化した商品、差別化したサービスによって、自分の商圏以外のお客様に来ていただくということは、目から鱗だったそうです。今までとは違ったやり方があるのではないかと思った父は、「お父さんはもう一度、“差別化”して商売をやりなおしてみる」と言いました。

ではどうやって差別化をするのか。それがちっとも分らないのです。コンサルタントの先生に聞いても、そこから先は自分で考えるように言われたそうで、結局うちの父が行ったのは、毎日お店に来るお客さんに、どうしたら差別化できると思うか(お客さんに)聞いたそうです。お客さんは「山崎さん、どこの酒屋に行っても灘の大手メーカーのお酒しかない。転勤で新潟に行ったらすごく美味しいお酒があった。ああいうお酒を変えないだろうか」とか「岐阜に行くとさらりとしたお酒があったけど、そういう味のものは入れられないのか」と要望を言ってくれ、その客様の声に背中を押されるように、全国に小さな蔵元を母と2人で訪ね歩くことになったようです。
地酒という言葉も、宅急便もない時代ですので、(今ならインターネットで世界どこからでもものは帰る時代ですが当時はそのような物流はなかったので)無名の日本酒を買ってきてお店に並べる、ということをやり始めました。全国でも恐らく初めてに近い、地酒の専門店として、潰れそうになった酒屋は再スタートをきるようになりました。大変珍しい、地方でしか手に入らないお酒を入手できる酒屋が静岡にあるということで、父が考えた通り、遠くから来店されるお客様も増え、なんとかやっていくことが出来るようになりました。また地元のお客様に、「静岡は水が良いけれども、静岡にはお酒はないの?」といわれて、父は静岡の日本酒の蔵元を廻ったそうです。そうしたら、静岡の蔵元は、お酒は作っているのですが、そのほとんどを灘の大手メーカーに原料のお酒として、タンク売り(業界用語では桶売りというのですが)で売っていて、静岡産としては販売をしていなかったそうです。
お酒の話だとぴんとこないかもしれませんが、たとえばお茶で言うと、静岡はお茶では有名なブランドですが、静岡茶というお茶の大半は熊本産で、ほとんどが熊本産のお茶をブレンドして静岡茶として売っていたという話があります。ひょんなことから、私がこのような話をしたり、静岡新聞の記者が静岡茶の中身は静岡茶ではなかったということを静岡新聞に毎日特集したため、大問題になりました。消費者団体から茶業組合はつつかれて、ついに静岡茶は静岡の茶葉しか使用してはならないということになりました。お酒でも無名の産地のお酒は、そういう有名な産地に売られていますし、ワインも同じようなことが起こっています。
話は今日の講演と少し違うのですが、先日スペインのラマンチャというところにワインの買付に行ってきて、本当に安くて良い葡萄が出来るのですが、ワインの産地ブランドとしては聞いたことのない産地なのです。どこでこんな葡萄を作っているのか、ワインはどこで作っているのかを聞くと、実はフランスの凄く有名な産地に売っているとか、スペインのリオハという有名な産地に葡萄を売っているとか、結構、原料品としての農産物が有名産地に販売されることが多いようです。最近当社も札幌にお店を出して、家の社員が道内のワイナリーを廻ったところ、やはり、北海道の中で良い葡萄を作っている農家があっても、醸造設備がないばかりに、今でも本土や山梨にその葡萄を売っているそうです。
話を戻しますが、静岡の日本酒も灘に売られていた。ところが飲んでみると本当に美味しかった。特に吟醸酒と呼ばれるお米を削ったものはフルーティーで美味しかったそうです。うちの父は毎日店番をしておりましたので、最近は女性のお客様も増えて、料理と一緒に日本酒を飲む方も増えるのではないかと思い、吟醸酒というものをぜひ仕入れさせてほしいと蔵元に頼み込んだそうです。そうすると、蔵元が「山崎さん無理だよ。こんなのタンクの酒をビン詰めしたら1升で1万円になっちゃうよ。」と言われたそうです。うちの父が飲んだものは、杜氏が品評会用に作った試作品で非売品だったそうです。それでも父は「ぜひ売って欲しい」と借金をして買って、それをビンに詰めて静岡のお酒として売ったところ全然売れないそうです。
しかし来る日も来る日も、お店に来るお客様に勧め、いろいろな会合があるとそこに持っていき、いろんな方に飲んでいただき、「いやこれは美味しいね、これはなに?静岡のお酒?」と、少しずつ口コミで「静岡のお酒は美味しい」ということが広まっていきました。そうやってやっと売り上げたお金で、父はずっと静岡新聞に「静岡県のお酒を見直してください」という意見広告をずっと出していました。我々はまだ子供でしたのでまだ分からなかったのですが、酒造メーカーや組合が出している広告だと思っていたら、それを出していたのは、小さな一酒屋のうちの父が出していたということを後になって知って本当に驚きました。
そういう努力の甲斐があって、潰れそうだった酒屋は3000万、5000万、1億という年商の売上を上げるところまで復活しました。ところが商売というのは本当に山あり谷ありで、売上が上がった当店がまた売上がぐっと落ちることになりました。それは、差別化のつもりでやった商売が、気がついてみると無名だった地酒が有名になり、近くに有名百貨店に売り場ができたり、大きな酒屋さんに販売されたり、差別化のつもりでやったことがいつの間にか近隣の競合店でどこでも売られている状況になってしまいました。もうダメだ、手の尽くし様がないという状況になって、再び父は「今度こそ店をたたむ。後継者もいないし。(われわれも皆成人しておりましたので・・・)」店をたたむ」と言いだしました。
そのころ私は何をしていたかというと、商工会議所に勤務しておりました。なぜ商工会議所かというと、小さい時、大八車を引いて商売をする祖父の姿を見たり、夜中に電話で起こされて自転車の後ろに荷台を付けて飲み屋さんに配達に行く父の姿を見て、また、小学校から家に帰ってくると昼間から外で立ち飲みしている酔っ払いのおじさん達にからかわれたりして、小さい頃から「絶対に酒屋にだけはなりたくない」と思っていました。私はちゃんと就職をして、ネクタイをしてバッジを付けた人と結婚して、玄関のあるお家に住むというのが私の小さい時の夢でした。まさかその私が酒屋をやるというのは思いもしませんでした。しかし、父が商売をたたむという時に、店の片隅にワインを見つけました。父に「これなに?」と聞くと、「売れ残っておいているんだよ」と言うので、「なぜワインなんか仕入れたの?」と聞くと「日本酒を飲むとき、お客さんが、『いや~山崎さんおいしいね。まるでワインのようだね』って褒めるから、ワインというものを置いたら、売れるかもしれないと思って仕入れたけれど、全くうれないんだよ。」と答えるので、面白さもあり、それをもらって商工会議所の仲間を集めて皆で飲み会を開き、父に貰ったワインを何種類か持って行ったのです。
そうすると、ワインというのは面白いもので、先ほどご意見を聞いた時におっしゃってくださったように、いろいろな味があります。甘い物から辛い物、すっきりしたものからコクのあるもの、赤、白、ロゼなど。ある人は「これは甘くて美味しいからこれだったら私も飲めるから、また買いに行くので、おじさんに置いておくよう言っておいて」とか、「これだったら飲める」「私これは嫌いだけどこっちは好き」など皆いろいろ感想が異なります。私は初めてその時ワインはそれぞれ味が違うことに気づきました。
当時日本を牽引していたのは大きいメーカーでした。例えばビールです。私達のころ、どの酒屋の息子も大体ビール会社に就職していました。そして日本のマーケティングは、皆が好きな味を作って、それをテレビのようなマス媒体で広告し、皆に同じようにバッと売るというのが1970年代から1980年代の日本の商業だったと思います。ですから、どんなに大手メーカーがワインのテレビ広告を出したとしても売れないものだと大手メーカーのマーケティングの方がおっしゃっていました。それもそのはず、ワインは10種類あれば10種類全部味が違うし、100種類あれば100種類全て味が異なるし、お客さんの好みも全部違うし、どちらかというと、その売り方は、化粧品(口紅の好みが違うように)や薬(その人の健康状態によって飲む薬が違う)のように、ひとりずつのコンサルティングが必要な商品です。私はその時「これは面白いかもしれない」と思いました。そしてその時皆が「これだったら飲めるから注文しておいてね」という商品を注文してもらい、次回またいろいろなワインが飲めると楽しいから、試飲会しようということで、10人の試飲会が20人、30人、40人、50人、60人、70人、100人になったとき、これは女の私でも商売ができるのではないかと思いました。酒屋、特に日本酒の世界は男性社会だと聞いていましたが、こういうことであれば、自分でも出来るのではないかと思い、押しかけ後継者のように、父に「もし店を潰すのであれば、暖簾を貸してくれないか」とお願し、ワインを中心としたお店を改めて創業、再創業することになりました。
順調にお客様は増えて行き、1990年に日本ソムリエ協会認定のワインアドバイザー、女性のソムリエのような資格をいただくことになりました。それまで売上はドンドン伸びていたのに、実はこの1990年に売上がぐっと落ちてしまいました。何故だろうと考えました。「私はソムリエの資格も取ったし、こんなにお客さんも集めたし、なぜこんなに売上が落ちるのだろう・・・。あ、そうだあいつらのせいだ」と思いました。あいつらとは、それまで規制緩和で酒販の免許が取れなかった、スーパーマーケット、大型GMS、今でいうA、D、I、それからディスカウントショップ、大型ディスカウントストアーが免許を取り、これらがガンガンワインの安売りを始めたわけです。だから売れないんだと思いました。
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商工会議所時代、私は大店法、大型店出店の規制の仕事をしていたのですが、当時は若かったので商業が活性化するので大型店に出てもらうのは良いことだと思っていました。いざ自分が商売をやってみると、本当に自分は心が狭い人間だなと思いました。大型店がでてきてワインの安売りをやられると、本当にこれが憎くてしょうがないのです。うちがボジョレーを3000円で売れば、向こうはボジョレー980円とDやIのチラシが入ってくるのです。でも今考えれば、ワインは農産物なので、同じボジョレーという地区の中でも、3000円のボジョレーを作る地区もあれば1000円のボジョレーを作る生産者もいる訳なので、全く関係なかったのですが、私は自分の売上があがらないのは、全てそういう人たちのせいだと思っていました。とにかく負けないように、利益を削ってもどんどん安売りをしました。そして同じ生産地の中からは、味は何でもよいので最も安いものを仕入れました。そうは言ってもソムリエの資格を取ったので、有名ブランドのワインも仕入れました。どんどんチラシも打ちました。でも売上はどうしても伸びず、落ちる一方でした。「あぁもうダメだ。大型店にはかなわない。」と思いました。いろいろなところに相談に行くと、「酒屋なんてダメだよ。コンビニエンスストアーに転向するかディスカウントストアーにするか、もしくはご主人と二人でどこかにお勤めに行きなさい」と言われました。
私も父と同じように廃業しようかと考えたときに、ある講演会、商業界という雑誌の合宿に行き、3日間商売の勉強をし直しました。本当に私は勉強が苦手で、その時のいろいろな講師の先生が長々といろいろな話をされるので、私は殆ど寝ていたのですが、一つだけ心に残ったことがあります。皆さんも今日ほんとに眠い時間にお話を聞いていただいて恐縮ですが、寝ていてもよいので、この一言だけ是非聞いてください。「店は客のためにある」という言葉です。すごく当たり前のことですが、その時に言われたのが、「皆さんは自分の店が繁盛するためにお客さんがいませんか?店の為に客がいるのではないですか?」ということです。「でも店はお客様のためにあるのです。お客様の役に立てば絶対に商売は潰れません。」とK先生に言われました。「本当にお客様のためになることをして、それで潰れたら潰れてもいいじゃないですか」と言われた時、私は涙が止まりませんでした。売上を上げよう上げようという気持で商売をして、やればやるほど売上はドンドン下がっていく。
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合宿が終わってうちの店に戻って「本当にお客様の役に立っているだろうか」と店を見ると、難しいワインがいっぱい並んでいるし、お客さんが買おうとしても、ジュブレシャンデルタンとか何とかかんとかという難しい生産地の名前が書いてあり、ワインとは難しいから買わないとお客さんは言っているのに、難しくして売っていたのです。そして「これはどんなワインですか?」と聞かれると、当時はソムリエバッジを付けて仕事をしていて、「これはフランスのブルゴーニュ地方のなんとかなんとかの・・・」とお客さんが絶対に知らないような生産地の名前を言って説明して・・・。もし私がお客だったら、こんな堅苦しい店は来ないだろうなと思いました。さらに店の奥には「どうぞご自由におはいり下さい」と書いた豪華絢爛なワインカーブがあり、これは商工会議所のマル経で500万円で作ったのですが、もし私がお客だったら、絶対に怖くて入れないだろうなというようなワインカーブです。私は、もう一度お客さんの目で店を見てみました。難しい名前ばかりのワイン、買いたくても買えないような陳列、入り難い店づくり、これらをすべてお客さん目線で変えました。
商品はすべて川下目線にしました。川上というのは作る側、売る側なのです。そしてこれは売れるだろうと思われる激安ワインや、ソムリエしか知らない有名生産地のブランドのワインであるとかを並べて、もう一度お客様にワインの試飲会をやって、今度はお客様に何が美味しかったかという集計をとらせていただきました。そしたら、私が勉強してこれが美味しいと言われていたワインと、お客様が美味しいというワインは全然違ったのです。なぜなら、私たち売る側は価格を無視して試飲しますが、お客様は、10000円で90点のワインより、1000円で80点のワインを当然ご注文なさる訳です。
お客様が求めていたのは、有名産地のワインではありませんでした。ブルゴーニュといっても誰も知らないのですから。有名産地でなくてもよいから、安くて美味しいワイン、そしてフルーティーで飲みやすいワインに沢山注文が来ました。そして商品の品揃えもお客様に合わせてガラッと変えました。そしたら当時プロのソムリエに流行っていた、ブルゴーニュなどの有名生産地のワインは見事にお店から消えました。ほとんど聞いたことがない国や、聞いたことのない産地のワイン、無名の産地のものというのは、ワインに限らず農産物は大変安いです。ですから、お客様のご要望の味と価格のものを揃えると、結果としてうちのお店のワインはほとんど無名の産地のワインばかりになりました。
そしてお客様が誰でも買い易いように(後でご覧いただきますが)、どんなワインなのか、どんな人が作っているワインなのか、それがどんな味なのか、それらを大きなPOPで販売員がいなくても自分で買えるようなセルフサービスで買えるPOPに変え、陳列も大きく分けて白のすっきりタイプ、コクありタイプ、赤のすっきりタイプ、コクありタイプ、甘口タイプという5つの解り易いジャンルに分けて陳列するようにしました。それによって、自分の味でお客様が好きなタイプを選べるような売り場にしました。またPRになりますが、詳しくはこの本の中に味別のワインの選び方を書いております。その味別の分け方がユニークで解り易いということで、何年か前に出版社から執筆の依頼を受けるようになりました。まずは売り場を変えました。
他には、500万で作ったワインカーブを、こんなものがあってはお客様が入り難いと思い壊しました。お客様がセルフで堅苦しくなく買える、ヨーロッパのマルシェ(市場)のようなワインショップにしようということで売り場を変えました。業界の人からは呆れられました。「皆ワインカーブを作ろうとしているのに、山崎さんは壊してしまった」「有名なワインを売ろうとしているのに、山崎さんのお店は有名なワインが一本もない。ますます売れなくなってしまうのではないかと」言われました。試飲もそれまではメーカーにいただいたものを出していましたが、自分たちでいろいろな味のワインを開けて、試飲も売る為ではなく、お客様が自分の好きな味を見つける場として、いろいろなワインを開けて試飲を始めました。
とにかくマイナスのことでした。お金をかけたことはありません。セラーも潰し、解り易い店を作ったということだけでした。そして派手な呼び込みチラシはやめました。それは誰が喜ぶのだろうと考えた時、「それは不要」と思いました。その分を試飲代などに代えて、宣伝広告費を直接お客様に役立てようということで、折り込みチラシを辞めました。これでダメだったらもう辞めようと思って、全て自分がお客様だったらこういうお店がいいなというお店を作った途端に、何をやっても、折り込みチラシをやっても落ち込んでどうしようもなかった売上が、またグッと上を向いてきたのです。本当にお客様のためを思って商売をすれば、こんな自分でも商売をやっていけると思うと本当に嬉しかったです。
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そしてそれからチャンスが訪れてきて、1994年フランス大使館の方がお店を訪ねて来られました。「大使館の方が何だろう」と思っていると、大使館の方が「山崎さん、いっそのことワインを輸入しませんか?」とおっしゃるのです。「うちのような小さな酒屋は無理です。」とお答えすると、その方がおっしゃるには、やはりフランスでも日本と同じような問題があって、有名生産地と有名生産地の間、例えばお米だったら新潟米と山形米の間で聞いたことがないような村で良いお米を作っていたとしても、それが産地ブランドとして売れないように、ワインも有名産地と有名産地の間で無名の農村で一生懸命に作っている人がいるけれども、そういうワインはなかなか日本の大手インポーターの方は仕入れてくれない、実は日本中をマーケティングリサーチしたら、静岡に無名の産地のワインが売れる酒屋があり、驚くことにそこがとてもたくさん売っているということを聞いて、お店を訪ねて来た、ということでした。フランスの中でも無名な村で一生懸命にワインを作っている農家を、そういうワインを自分たちは日本に紹介したいので、是非ワインを輸入してくださいということでフランス大使館の方に試飲会にご招待され、フランス大使館に行って参りました。
そこで試飲したのは、驚くべく無名の産地のワインで、教科書では安酒のワインの産地と書かれていた、コルビエールという無名のワインでした。しかし飲んだらびっくりするくらい本当に美味しくて、柔らかいワインでした。一口飲んだ時、5000円か6000円のワインかなと思ったのですが、値段を聞いてびっくりしました。1000円ちょっとでした。なぜだろうと思いフランスに行きました。フランスに行って、ラングドクルーションという無名の産地の、今でいうとスペインのラマンチャのような所に行きました。もちろん安酒のワインの産地は機械がぐるぐる回っています。何故かというと、機械で葡萄を大量収穫するからのです。私は「こんなところに来て、間違ったかな」と思いつつ、自分たちが美味しいと思ったワインの生産農家に行くと、回りが全て機械で収穫している中、そこの農家だけは一つ一つ手摘みで、籠をしょって葡萄を収穫していました。そうやって一生懸命手摘みで葡萄を摘んでも、コルビエール。大量生産してもコルビエール。地産地呼称というのは、一瞬良いように思われますが、これはどうなのだろうと思いました。その産地名が書かれていれば、だいたい同じような価格で取引されるのですが、だったら私たちはここの手摘みでしっかり作っている生産者のワインを仕入れて売りたいと思いました。これがうちのお客様の求めた味だというようなワインに何種類か出会い、すぐにこれを仕入れたいと言って注文してきました。
そして、意気揚揚と日本に帰って来て来たのですが、待っていたものはワインでも何でもなく請求書でした。一度も海外と取引したことがないので、1000万円前払いでシッピングの前に支払ってくださいという請求書が来ていました。ところが、1000万円というお金はうちにはありません。父に、「お父さん1000万円貸して」と言うと、「ばかやろう、お前はこの前も商工会議所から500万円借りてワインカーブを作って、その返済の途中でそれを壊したろう。」と叱られ、「じゃあ、借金してください。」というと「うちは担保も何もない。どこも貸してくれないんだ。」と言われました。しかしどうしてもその1000万円のワインを仕入れたい気持ちは変わりませんでした。地元静岡には非常に優秀な地銀があり、別名をシブオカ銀行と言って、非常に渋くてケチな銀行ですが、三菱UFJよりもムーディーズの格付けが上の厳しい銀行で、いい企業にしかお金を貸さないという銀行です。そこを訪ねてみよう、そこが貸してくれるのであれば、ワインの輸入をやってみよう、そこがダメだと言えば、諦めようと思いました。商品が梱包され向こうを出る直前でしたので、融資の方と話をしても時間がかかると思い、一番近くの静岡銀行の支店長室に行きました。
先程からこのおばさん、ペラペラよくしゃべるなと、皆さんびっくりされているとおもいますが、実はここまでの話をその静岡銀行で一気に話し、「なので1000万円貸して下さい、これはお客様の為です。」と話をしたら、30歳の若い支店長が「解りました。ではお貸ししましょう。その代り6か月で返して下さいね。」と支店長決裁で判をポンと押してくださいました。これが運命の分かれ道でした。この判がなければ、今このようなところで私がワインの商売をしているというお話はしていなかったと思います。1000万円を6か月で返済という条件で、無担保で融資していただきました。
しかしお金を借りてからが大変で、フランスを出て日本に来て通関を通るまでに1ヶ月半、それを全部売って現金に変えるのに約1ヶ月半、約3ヶ月で1コンテナ=約1万本のワインを売り切らなければならないのです。静岡県の清水の次郎長で有名な清水港にやってきた1万本ワインを倉庫に見たとき、私は本当にいが痛くなってしまいました。生まれて初めて1千万円借金して、「このワインが売れ残ったら、首括っても返せない。どうしうよう・・・」と思いました。初めてその時胃カメラを飲みました。それでもいつも来てくださっているお客様に「こういうワインが届きました」とお手紙を書いて差し上げたところ、皆さんお店に来ていただいて沢山買っていって下さいました。そして一番うれしかったのは、ひとりの有名レストランのオーナーシェフのマダムがライトバンで買いに来てくれたことでした。私は祐子と言うのですが、そのマダムが「祐子ちゃんありがとう。」と言われるのです。お客さんにありがとうと言われるのはその時初めてでした。「本当に安くて美味しいワインを仕入れてきてくれてありがとう。大変だったね。はいこれ。」と言って小さな花束をいただきました。私はお客様に私がありがとうと言った事はあるのですが、お客様からありがとうと言われたのは生まれて初めてでした。嬉しかったですね。どんな売上が上がるよりも嬉しかったです。
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うちはそれまで配達を義理の弟に手伝ってもらっていたのですが、丁度売上がどんどん落ちていたころ、その弟を交通事故で亡くし、配達ができない酒屋になっていました。男手がない=配達が出来ない酒屋というのは、地方ではその当時は致命的でした。その時にそのマダムが「これからはね、私、車で買いに来るから」と本当に車でしかもお礼を持って買いに来てくれたのです。私は本当に嬉しくて、お店の奥に行って泣きました。涙が止まりませんでした。それまでの私は、実は自分のことを「酒屋です」とは言えませんでした。ソムリエールですとか、ワインアドバイザーですとか言っていました。酒屋というのはとても嫌な商売だと思っていたので、特にうちの父や祖父のやっていた行商を見ていたので、私はワインの専門家ですと言っていました。しかしお客様に「ありがとう」と言われて始めてその時、「商売だった。商売っていいな。商人っていいな」と思いました。「祖夫や父があんな夜中まで汚い格好をして行商をして・・・、恥ずかしいな」と思っていたけれども、お客さんに「ありがとう」と言われて始めてその意味が解りました。
そしてお客様の口コミで、3ヶ月で売るはずの1万本のワインをなんと1ヶ月ですべて完売し、1000万円を1ヶ月後に銀行に返済し、また借りてまた仕入れて、また借りて、また仕入れて、それから15年間、静岡銀行さんの融資でワインを輸入しております。ちなみにその時まだ30代だった若き日の店長は今静岡銀行の頭取になられ、本当に私も見る目が良い人の所に行ったものだ、向こうにも見る目があったのねと、時々会うとお話させていただいております。そういう後日談もございます。
そのようにワインを輸入し、お客様の口コミで広がり、どんどんワインの売上が伸びていきました。そして、1997年から大きくワインの売上が上がったわけですが、全国から「安くて美味しい」ということで沢山のご注文をいただくようになりました。今日本当に感動したのが、このセミナーが始まる前、私の控室にこの福岡でうちのワインを取ってくださっているというお客様が会いに来てくださいました。本当にうれしくて、始まる前から感動で目頭が熱くなっておりました。全国に沢山のお客様が増えました。しかし発送業務が増えて、お店の中は足の踏み場もなくなって、パートさん達は夜も帰れないということで文句が出始めたのですが、うちは物件もないので倉庫がないわけです。店にお客様が買い物に来られても足の踏み場もなく、お客さんからのクレームの嵐でした。そういうピンチの時に考えたのが、ワインを輸入した低温倉庫から直接お客様の所に送っていただくというシンプルな発想でした。考えてみると、ワインを輸入した倉庫から、一端もう一度うちの店に宅配便で送っていただいて、それを店に並べ、またそれを改めて全国のお客様に送っていたのですが、何もうちの店に一端届けなくても、倉庫から直接お客様に送ればよいということで、倉庫から直接お客様に届くシステムを作りました。これがうちのシステムで、左側が通常の一般的なワインの販売ルートです。
まず、現地の葡萄栽培農家というのは大体ワインの大手メーカーや、ワイン商というところにワインを売ります。通常日本の商社はそういったところからワインを仕入れて、日本のメーカーさん、KさんやSさん、今合弁になりましたがMさんなどといったところにワインを卸して、そこが問屋さん経由で酒屋さんやスーパーマーケットに行って最後にお客様の所に届くようになります。ところがうちの場合は、フランスの中華業者を介さず、まず葡萄農家に自分たちでコンテナを横付けして、農家から低温コンテナで直接輸送して静岡の清水の低温倉庫にワインを保管しております。というのは、うちのお店は倉庫や自社物件を持っていないので、低温倉庫会社と契約をしてここで保管していただいております。そしてお客様からご注文が入ると、そこから直接お客様の所に(6本後注文いただくと送料無料)届くシステムを確立しております。
後で紹介しますが、うちのお店は大変小さな坪数のお見せの中には、年商で1億、2億の売上を上げているお店があります。「駐車場なしでどうやって商売をしているのか」とよく聞かれます。例えば、お店でワインの試飲をして、ワインを数種類選んでいただきご注文いただくと、うちのレジにはその端末にお客様のデータが入っており、お客様のお電話番号をいただくだけで、倉庫にお客さまのお届け先が転送され、お客様は手ぶらで帰っていただき、商品は翌日ご自宅に届くシステムを持っています。我々はこれを蔵直便と言っております。蔵直というのは、蔵元さんから直送、ワインの倉庫から直送という意味を含み、このビジネスモデルを「蔵直便」として特許を取りました。こういうシステムを作ると、発送に神経を使わなくて良いので、思いきりマーケティングに没頭できるようになり、売上がグングン伸びていきました。
うちの物流倉庫を見てください。非常にシンプルですが、低温コンテナという温度管理をしたコンテナで、少しでも外気に触れさせないようにということで、倉庫の入口までコンテナを運び、全て丁寧に倉庫の中に入れます。倉庫の中は、室温は15度、室温は75%、外壁もすべて振動を起こさないような特別な加工を施した低温倉庫に、大体2万ケース位のワインを保管して販売します。お店で買っても、通信販売で買っても、ワインを痛めないようにこの倉庫から直接お客様に直接、もしくはレストランでしたらお店にワインをお届けするというシステムになっております。また、ここの倉庫会社の社長さんとは、商工会議所の異業種交流会を通じて知り合いました。また我々は、ピースピッキングというシステムを構築しました。
例えばそっくりなワインでも名前が違ったり、同じ名前でも年合が違ったりするわけですから、SKU(アイテム)にしてみるとかなりの種類(8万SKUくらい)があります。いろいろな種類のワインをパートさんがピッキングしてお客様のお荷物を作り易いように、共通コードを付与しております。このシステムによって、現在では全ての店舗で配送業務を行っておりません。店頭ではお客様とのコミュニケーションに集中し、お客様の好きなワインを選ぶお手伝いをさせていただき、全ての送付作業はこちらの倉庫からお客様に送っていただいております。非常にワインの状態が良いと、フランスの生産者に言われました。彼らがうちのワインを飲んだ時、「通常日本でワインを飲むと現地とは味が違ったりするけれども、おたくのワインは全く同じだ」という高い評価を受けました。うちは倉庫がなかったから、何もなかったから外部のこういった倉庫会社さんとコラボレーションしたわけです。もしうちにお金があったら、借金をすることもなかったと思います。また社員全員、回転率=仕入れたワインは3か月で売るという、ワインの最高年齢を頭に入れて販売しており、これも今考えてみると、6か月でお金を借りたことが元になっているような気がします。そしてこういった良い倉庫を使用させていただくことで、ビジネスモデルが出来たというのも、もし自分の所に大きな倉庫や土地があれば、こういったシステムは作らなかったと思います。(土地や倉庫が)無かった事やマイナスだったこと、ピンチだったことが今考えてみると、全て良いことになっていったように思います。
そして全国、特に首都圏にお客様が増えてきました。2001年は東京の渋谷西武デパートにワイン専門店の2号店を出店いたしました。2003年は株式会社ヴィノスやまざきを設立しました。ヴィノスやまざきヴィノスというのはイタリア語・スペイン語でワインという意味です。ワインの山崎=“ヴィノスやまざき”を社名にしました。その後、小田原のロビンソンに出店、その後数々の店舗を展開してまいりまして、2007年は今の基幹店となる大きなショップを東京の銀座有楽町の駅前のイトシアという丸井さんの地下に、70坪位の非常に大きくてお客様楽しめるお店を作りました。2008年には自由が丘にレストラン付きのお店を作り、今年の春はじめて関東圏を出て札幌に進出をしました。実はこのようにこういったお店を出店していった経緯も、出店計画を書いて進出をしたわけではなく、実は渋谷出店の折には、東京のお客様達が「ヴィノスやまざきを東京に招へいする委員会」というものを立ち上げて下さり、その中のおひとりが渋谷西武の設計士だったということで、その方からの強い推薦で強い誘致を受けて出店したというのが経緯です。ほとんどのお店の出店には、そういったうちのお客様の口コミで「ぜひ出店したらどうか」というお声をいただいて、進出というよりは、引出、お客様に引っ張られて出店させていただいたという感じです。
それではここからは、写真を見ながら、家のお店をご紹介したいと思います。ここが静岡の本店です。東京のお客様は静岡の本店を見ると、「ここが本店なの?ボロいね」とよく言われるのですが、祖夫の時代から何も変わっていないお店です。外装と内装は少し変えておりますが、もともとは変わっていないのでギシギシいいます。この前の静岡の震度6の地震の時は本当に皆さんからご心配いただきました。ワインが全部落ちて建物が倒れたのではないかと心配されるくらい、またテレビ局が真っ先に取材に来たりするくらい古い建物です。この26坪のお店に、(隣に駐車場がありますが)週末にもなると東京ナンバーの車や名古屋ナンバーの車とか、遠くからわざわざお買い物に来てくださる奥様もいらして、今は病気で引退した父が昔「商圏を超えてお客様に買い物に来ていただくのが夢だ」と言っていたその夢が、やっと叶ったなと思います。とても元気の良いお店で、26坪ととても小さいながらも、全店舗の中で一坪当の売上No.1 のお店です。静岡にいらした際は、是非遊びに来てください。
これは渋谷です。2001年に渋谷西武の地下2階にオープンしました。もう1回渋谷をお願いします。渋谷店舗は、下がワインバーになっておりまして、この裏側もすべてスタンディングのワインバーになっております。このバーは何のために作ったかというと、全てのワインを200円で試飲できるのですが、自分の好きなワインを試飲してから買っていただけるようこのワインバーを作りました。これもお客様の「ワインって味が解らないから、飲んでから購入したい」という声が多かったので、試飲してから購入していただくようにしました。200円いただいておりますが、例えば2000円のものですと200円で試飲出来ます。それを買っていただくと10%オフ、つまり試飲していただいた分はタダになるということになります。買っていただかなければ、お客様に200円いただくというシステムで、これが大変好評をいただいております。お客様からすると、200円でいろいろなワインが試飲できる、私達からすると全て無料試飲だとコストがかかりすぎて圧迫してしまいますので、試飲の分はお客様から最低限のコストを頂戴いただけるということで、双方よしということで非常に好評いただいているお店の1つです。
こちらは小田原ですが、ロビンソン百貨店という、ショッピングセンターの中に出店しております。こちらは、ワインバーはなく通常の店舗のみとなっております。
これは東京の広尾、大使館が多い麻布に近いところです。広尾の駅の丁度真上にある交差点の所にあり、とても解り易いところです。大変小さい坪数で、8坪しかなく、タバコ屋のような店です。この8坪で年間2億売っております。「どこに在庫を置いているの?」とよく言われますが、ここ(店)ではうちの社員とコミュニケーションを図っていただき、ほとんどのワインは先ほどの倉庫からの送付になります。またこのお店には東京のレストランや飲食店の方、そういうところのソムリエさん達が良く来てくださるお店でもあります。
これは池袋です。福岡にもMというパン屋さんがあると思いますが、MのK社長が初めて日本で商売をする時、「パンとワインを一緒に、パン屋とワイン屋をお隣同士で一緒にやりたいと」思っていたそうですが、まだそのころは店舗を出す資金がなかったので、うちの渋谷店の片隅にMのパン売り場を作らせていただき、そこで始めてK社長のパンが世に出ることになりました。そういういきさつがあります。サンシャイン池袋は、Mの出店の依頼を受けた時に、「是非パン屋とワイン屋は同じ商店街の中でやりたい」ということで、K社長からサンシャインさんにお話いただき、うちもお店を出しました。お向かいのパン屋がやっているレストランにはうちのワインをフリーで持ち込んでも良いというルールを作り、またうちのワインバーにはパン屋のパンを自由に持ち込んで良いというルールを作って、町内会のお隣同士のように仲良くやらせていただいております。
そして有楽町です。2007年、東京の玄関口、有楽町前有楽町イトシアにオープンいたしました。75坪という坪数で、最初は「大丈夫かな?家賃払えるかなと最初は思いましたが、この店舗には下に独立したワインバーがあり、ここはいつも満杯で、行く度に私は驚いております。丸の内の会社帰りの人達がここで試飲していただいております。またワインを作っている生産者の方に海外から来ていただいたり、いろいろなイベントを行っております。東京の中では一番行きやすいお店ですので、是非東京にいらしたら皆様に有楽町店にお越しください。ちなみに、ここでパワーポイントと動かしております福井という社員は、有楽町の店長を先日までやっておりまして、今は有楽町と札幌、それから静岡の3店を見ております。ほとんど暇があると有楽町にいるようですので、是非お見知りおきをよろしくお願いいたします。そして沼津ですとか、この辺りになりますと、静岡県の沼津市というところは、駅前がシャッター通りになってしまって非常に元気がないので、沼津市とJR東海が駅ビルを作って、第3セクターで何とか街を活性化していきたいということで、行政から「どうしても元気のいいヴィノスやまざきに出店してほしい」との要請があり、地域おこしの一環として出させていただきました。
そして昨年オープンした自由が丘店です。ここは2階がレストランになっており、下のワインを上で飲むことが出来ます。これはどういうことかというと、私どもはやはり「お客様を作る」ということが大事になります。ワインのマーケットは非常に小さいので、ワインを飲まない人に好きになっていただくという活動を一生懸命にしております。どこのお店でも毎月ワインセミナーをやっておりますし、ワインの本を書かせていただいたり、ワインの生産者をお店に招きし、お客様に教育していただくという啓蒙活動を熱心に行っております。先程どなたかが、「ワインは料理と一緒に飲むと美味しいものだ」とおっしゃっていただきましたが、どうしても小売のショップの中ではお料理との組み合わせで提案するということができなかったので、この自由が丘のお店では2階をワインショップにして、したのワインに合うお料理を2階で作りますというレストラン付きワインショップにしました。ここでお料理教室やワイン教室も行っております。これが去年できました。
もうひとつこれは新しい取り組みですが、静岡の本店のすぐ近くに、チーズショップを作りました。チーズというのもやはりワインと同じ農産物で、たとえば、カマンベールというチーズもフランスのカマンベール村という意味です。北海道カマンベールというのはあり得ない訳です。そういったチーズをワインのコンテナとともに日本に持ってくるため、非常に安くご提供出来ます。通常のインポーターは飛行機でチーズを持ってくるので、現地で1000円のチーズが、日本では2000円、3000円になってしまいますが、ヨーロッパ国内と変わらない価格で当社はチーズを販売しております。またこのチーズは全国のワインショップにデリバリーされて、ワインとともに販売しております。このようなお店です。
そして先日オープンした札幌店です。これも「すすきの」の駅のすぐ近くにあります。非常にすすきのも元気がなくなってきており、このビルの開発会社から「是非元気の良い店を入れたい」ということで、元気だけはある店ですので、そういうことから誘致をいただきまして、関東圏を離れて初めて札幌に出店させていただきました。オープンの時には既に通信販売のお客様が沢山いらっしゃいましたので、そのお客様にご来店いただいたり、フランスから生産者が来てくださったりして、楽しいオープニングを行うことができました。まだまだ離れたところでの運営はこれからですので、今後どうなるのか、やっていけるのかと思いつつ、頑張っている今日この頃です。ここまではとても良いお話ばかりをしてきました。
ここからが本音の話です。実はうちの過年度の実績を見てください。このようになっております。ワインブームのピークの頃にグンと売上が伸びました。ところが見ていただくと解ると思いますが、それから売上はガクガクと落ちたわけです。これはなぜだろうと自分達で考えてみました。まず失敗の要因としては、ワインブームの衰退があります。これは外的要因としては最初に見ていただいたグラフのように、業界全体が悪くなったので自分達も悪くて当然だという言い訳でもあります。そして酒販業界の衰退もあります。当社は有入したワインを全国の酒屋さんの息子さん達がうちの修行にこられ、この人たちが非常に安いお給料で修行として働いてくれていたので、うちの成長期には随分お世話になりました。その代り、彼らが実家にかえると家の商品を廻してさしあげるという形で共同輸入し、うちから出た酒屋さんが沢山あったのですが、そのような酒屋さんがこの10年、20年で本当に減ってしまいました。連絡が途絶えたなと思うと酒屋を辞めたという人もいました。そのような卸の売上がブームの後に落ちていき、そして景気も悪くなり過剰な価格競争に巻き込まれました。これらが当社の売上が落ちてきた原因だろうと思っていました。
しかし実はもっと内部的な要因がありました。まず生産者とのトラブルがありました。うちが右肩上がりで伸びているときは毎年発注量が上がっていくのですが、ところがワインブームの後、売上がグーンと落ちると発注量が落ちます。有名にしてあげたというと大変僭越ですが、無名だったフランスのワインが日本で大ヒットワインになったわけですから、彼ら生産者にしてみればもっと売りたい訳です。当然のことながら、これは何回やられたか解りませんが、日本の大手にどんどん移っていきました。うちが「ちょっと待ってくれ、今は非常に厳しい時なので量は増やせないから待ってほしい」と言うと、「では値段を上げる」と言いだし、「値段を上げると売れなくなって、うちは潰れるので、そんなことはやめてくれ」と言っても、結局その生産者のブランドの方がうちよりも強くなってしまったので、生産者も我儘になり、そういう生産者はうちから離れて行きました。そういうトラブルが数多くありました。
ここには書いておりませんが、もうひとつ言うと、そういう生産者が離れていくことによりワインも競合他社に離れていくわけです。そしてうちの従業員もそういう競合他社に離れていきました。このころいた従業員というのは皆寝返っていろいろなところに行きました。その時は、生産者を恨んだり、寝返ったと言えば大変失礼ですが、うちの力がなく家をお辞めになった従業員を恨んだりしたこともありましたが、しかしよくよく考えてみると、自分たちのブランドメイキングが出来ていなかったのです。そのなんとかというワインを有名にしたり、かんとかというワインを有名にしてはみたものの、では“ヴィノスやまざき”というのは何だったのかということです。今ようやく、「ヴィノスやまざきだから買う」というお客様が増え、最近「ヴィノスやまざきのワイン」と言ってくれるようになりました。「シャトーなんとかのワインが欲しい」とか、「なんとかという銘柄のワイン」が欲しい」とかではなく、ヴィノスやまざきさんのワインと、ワインの前にやっとうちの屋号がつくようになりました。ブランドメイキングの第一歩が踏み出せたかなと思っています。しかし当時は自分たちのブランドメイキングが出来ておりませんでした。そして、現在のうちの社員は、ワインのことをものすごく一生懸命に勉強しています。勉強も商業も一生懸命です。しかし当時は私も含めて、ワインブームでグングン伸びているときは、天狗になっていました。勉強しなくても、勉強会に行かなくても、何もしなくても売れていき、本当に満心でした。いい時というのは悪い時を呼んでしまいます。そんなことで売上は落ちてしまいました。
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もう一度ゼロからやり直そうということで、2001年から卸の売上に頼るのをやめて、自分たちでお店を作ろうということで、自社(店舗)展開も増えていきました。決して順風満帆にお店を増やした訳ではなく、卸のために在庫を取ってしまい、売り先がなくて困ったというのもこのブームの後の出店の理由の一つでもありました。そして従業員もある程度スキルのある人に来ていただいて、おまかせだったから良くなかった思い、5~6年前から新卒雇用に切り替え、ワインの名前も何も知らない学生に来ていただき、ゼロから、教育から自前でやっていこうということで、新卒採用しか行っておりません。こういうことがあって、2001年から自分達の自力で店舗展開し、またワインも生産者の元に行き、「美味しいワインを探す(それを輸入する)けれども、でも美味しいワインができなければ、どんなに有名な生産者のワインでもいつでも切ろう」ということにしました。
後でお時間があれば発表しますが、今年のボジョレーヌーボも現地に2回行きました。1回目は葡萄の収穫時期に行き、その方法を見てきました。2回目は2週間ほど前に、私自身が現地に行き、瓶詰前のワインの味を見てきました。そこで美味しいものでなかったらキャンセルするということを言って、最近は生産者から見ると怖いおばさんと言われているようです。マダム祐子が来たというと、喜ぶ生産者と怖がる生産者がいて、美味しくなかったら買わないということを徹底し、厳しく買付をしております。少しでも質を落としたり、畑を増やしてしまった生産者とは、当社の方から取引を御断りしていただいて、本当に真面目に作っている生産者さんのワインしか売らないという気持ちでやっております。
ちょっと暗い話になりましたが、明るい前向きな話、ヴィノスやまざきの顧客層についてお話します。我々は性別や年齢に関係なく、まだワインを飲んだことがないけれども、ワインって楽しいから飲んでみたいなという生活者全般に、自分達自身でワインのお客様作りを行い、市場づくりを行っていこうとしております。そのような前向きな気持ちが、ひいてはブランドメイキングにつながると考えております。
後はお写真で見てください。このように、全て味別に取り易いように陳列しております。そしてマルシェ陳列といって、こういう陳列しているところがあると思いますが、この角度も企業秘密で、一番お客様が取り易い角度というのを計算しております。
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このカートですが、女性のお客様でもお洒落に楽しく、思わずカートに入れたくなるカートにしています。ここだけの話ですが、籠を持っていると、ワインは重いので、2本買おうと思っていても1本で止めてしまいます。しかしこの押し式のカートですと、楽しくてドンドン入れていただけますし、このようにハンドバッグかけなどを後ろに付けております。実物が見たい方はぜひお店に遊びにいらしてください。
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そしてワインバーでの試飲システム、飲んでから買えますという、お好きだったら買ってくださいというワインのテイスティングコーナーです。そして、コンサルティングセールス、全てセルフで買える売り場を作っておりますが、従業員には全てワインの資格を取らせて、現地の買付にも一緒に行かせて、お客様にコンサルティングやサジェッションセールスの出来る専門店を目指しております。
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そしてワインのPOPですが、ここには生産者の思いや味、顔、どんな人が作っているのかという情報が全てこのPOPに書かれています。このPOPだけでなく、お店に来ていただくと解るのですが、この情報はお客様が持ちかえるインフォメーションシートというものに同様に記載して置いております。例えばお友達にワインをプレゼントする時に、そのワインがどのようなワインか、貰った側はそのワインのストーリーを知らないことが多いのですが、その情報(ストーリー)をインフォメーションシートとしてワインと一緒にお持ちかえりいただくことで、そのワインをご理解いただけるようになっております。また、ワインを購入されない方でも、このインフォメーションシートをご自宅にお持ちかえりいただき、あとから買いに来てくださることもあります。
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そしてこれがうちの楽しいワインフェスタというイベントです。小売業というのは何のためにあるかを考えたとき、ただ物を売るだけであれば、インターネットで十分です。インターネットサイトを開いてみると、何万ものサイトが存在します。ではお店に行くというのは何か。今は物が欲しいからお店に行く時代ではないと思います。今の消費者がお店に行くのは、物が目的ではなく、お店に行くのが「楽しい」からではないかと思い、各店舗でいろいろなイベントを行っています。例えば毎週土曜日はワインフェスティバルというワインフェスタを行い、実際はいろいろなワインをプレゼンします。とても楽しくプレゼンテーションをしております。時には歌をうたったり、踊りを踊ったりします。今日ももし皆さんよろしければ後で踊っていただく予定です。また、お店に生産者が来て、実際の生産方法をご紹介したり生産者の思いを発表したりしております。生産者が来ると、お客様が感動して「サインしてください」などとおっしゃって下さったり、長年自分が飲んでいるワインの生産者が来ると、お客様が感動して涙を流されたりするため、逆に生産者も自分の作ったワインを飲んで感動してくれるお客様に出会って感動されたりしております。また、私達が生産者とお客様の橋渡しをし、そこで感動している両者を見てまた私達が感動したりして、店内でいろいろな交流がなされております。そのようなイベントを行っております。
この集大成が、2年に1度行っている「蔵の祭典」トいうイベントです。(我々と取引のある)世界のトップ生産者に来ていただき、お客様が数千人集まって、全てのお客様と何百種類も集まる全てのワインを飲んでいただき、その国のお家芸やダンスを一緒に踊ったり、最後には生産者と私達とお客様が3者が一体となって、Be Our Guest というミュージカルの曲を一緒に歌って踊るという催しを行っております。時間があればムービーで本当はご紹介したかったのですが時間がないので、当社にご興味がある方は、当社のホームページのトップページにビデオライブラリーというのがございます。そこをクリックしていただくと「蔵の祭典」のムービーが動画で見られますので、よろしかったら是非インターネットでご覧になってください。私達が今どのようなことをしているかというと、これまではワインの仕入れも自分達が良いと思ったものではなく、お客様の「こんな味のこんなワインがあったら・・・」というご要望でワインの輸入を始めたのですが、最近は少し変わってきまして、「こんな味でこんな価格のワインがあったら」というワインがない場合は、蔵元に作っていただくという、オリジナルワインの展開が増えてまいりました。そして今年のボジョレーヌーボの展開もお客様のご要望を受けて、あるヌーボーを仕入れるのではなく、私達自身が現地に行ってそしてタンクの味を全て見て、自分たちで一緒に作り上げていくという作業を始めました。後半の30分はそのワインのプレゼンテーションとか、最後は眠くなると思いますので、今年ボジョレーに行って買いつけてきたムービーをみていただきながら、うちの大ヒットワインをご試飲いただきながら、あとの30分はフランスに行った気分になっていただけたらと思います。
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それでは5分休憩いただいて、ワインの試飲をさせていただきます。皆さんのテーブルの上に小さな紙コップがあると思います。いまお配りしようとしているワインは、ソレイユというワインです。ソレイユキュベユウコのユウコというのは私の名前ですが、これは何かと言うと、いくら良いワインをご提案してもワインが飲めないという方がいらっしゃいます。どういう人かというと、アルコールが苦手な方です。私がいくら良いワインを作っても(皆さんドンドン欲しいだけ注いで飲んでください)飲んでいただけなかったのですが、このワインは一言で言うとアルコールが普通のワインの半分以下の低アルコールで、赤ワインなのに甘いワインです。そしてポリフェノールがたっぷりというワインです。(お好きなだけ注いで廻してください)低アルコールで甘くてポリフェノールたっぷりというワインです。しかしワインを飲まれない方の中には、ワインのアルコールが強くて苦手という方が多く(特に女性に)いらっしゃいます。健康の為に赤ワインを飲みなさいとお医者さんに言われるがどうも赤ワインはアルコールや渋味が強くて飲めないというお客様がいらっしゃいました。大変うるさいおばちゃんのお客さんで、これは、あれは、とどんなワインを出してもだめで、これも飲めない、あれも飲めない。「甘くて飲みやすいワインを持って来てちょうだい」と言われました。そんなのがあるとしたら、日本のワインをブレンドしてお砂糖を入れて作った「なんちゃって甘いワイン」がスーパーで売っているので、そういうワインをお出ししたのですが、「私をなめないでちょうだい。フランスの一流シャトーで作った甘口低アルコールワインが欲しいのよ」とおっしゃるのです。そんなワインはフランスの一流シャトーにはありません。「でも欲しいのよ、ワインといえばフランスのシャトーでしょう。かつ私が飲める甘口で低アルコール」となんとも我儘なお客さまでした。それでもそれがお客様のためならと思い、南フランスのシャトーロスピタレという非常に有名なシャトーにダメ元でお願いして、なんとか低アルコールで甘口のワインを作っていただいたのが、こちらのソレイユです。ソレイユというのは太陽という意味です。皆さんゆっくりお楽しみください。
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(行きわたりましたでしょうか。)
ワインの試飲というのは講演の後半に持っていかないと、最初の方に試飲すると皆さんとっても気持ち良くなって、皆さんお休みになられるのではないかと思い、後半にしております。こうやって皆さんと縁あって皆が一緒にワインを語り合えるというのも健康でここまで生きてきたからと思います。フランスでは乾杯のことを「サンテ」と言います。折角ですので、我々がフェスタでやっているように、ワインをお持ちの方は是非カップを持っていただいて、皆さんの健康を祝して乾杯したいと思います。眠い方もいらっしゃると思いますので、声を出しましょう。皆さんよろしいでしょか。カップを持ってください。持っていらっしゃらない方は手だけで一緒にお願いします。それでは皆様の健康と福岡商工会議所の益々のお発展を祈りまして「サンテ!」どうです?美味しいですか?「(参加者)美味しい」嬉しいです。すごく嬉しいです。
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実はこの低アルコールのワインを作った時に、お客様からこういうワインが欲しいと言われ、お客様のご要望だから、絶対に大丈夫だと思い、フランスで1タンク作ってもらいました。そうするとある東京の百貨店のバイヤーに「種本さん君何をやっているの?低アルコールワインというのは業界では売れないというのが常識だよ。こんなもの作ってどうするの?お手並み拝見」と言われました。ちょうどその百貨店のフランスワインフェアに出て、どちらかというと重たい辛口のワインだけを持ってきてくれと言われたのですが、百貨店のイベントというと昼間来る主婦の方が多いと思い、私は「低アルコールのこういう甘いものも売れますよ。」と言うと、百貨店の人は「そういうものは売れませんよ。有名なシャトーワインとか持って来てください。」というのです。それにも懲りず、私はこの甘口ワインを試飲していたら、私の所に長蛇の列ができてしまい、みなおばちゃんたちがこのワインが欲しいというので、百貨店の人達が、「すみませんがこれを卸していただけますか?」と後から言いに来られました。
実はこのうるさいお客様が誰だったかと言うと、私の母でした。母が病院でお医者さんに「奥さんは酒屋さんなので、赤ワインを飲めばコレストロールも下がるし、血糖値も下がるのになぜワインを飲まないのか」と言われたそうです。母はそういうお医者さんに「うちの娘の仕入れるワインは不味いから飲まない」などと言ってきてしまい、母と大ゲンカになったこともあります。「商売を邪魔するような事を言わないでよ」と言うと、母は「だって私が飲めるワインはないじゃない、低アルコールで甘口でポリフェノールたっぷりな一流シャトーのワインを作ってこい」というので、それを作ってみると、本当に何も宣伝しないのに、母とお客さんの口コミで本当に良く売れて、今うちの商品の中で売上なNo.1のソレイユキュベユウコという、いつも在庫がなくてお客様にご迷惑をかけるような大ヒット、メガヒットワインになってしまいました。母や母の友達のおばちゃんの声に耳を傾けてなかったら、こういうワインと出会えなかったと思います。
また、ディアリッチというワインがあります。今、カリフォルニアワインが世界一と言われており、お値段が高騰しています。ナパバレーのワインなどは、1万、2万が普通なのですが、そういうナパバレーに葡萄を卸している葡萄農家に、3000円以下で飲める本格ワインを作ってほしいとお願いしました。しかし、うちのように少量では作れないと断られました。しかし10年間そこのオーナーにディア・リチャード(Dear Richard)という手紙を書き続けたら、有楽町のオープンの時に「そこまで頑張ってお店を増やしたのであれば作ってあげよう」と言われて、今新たなヒットになっているのが、このリチャードを商標にしたディアリッチというワインです。
うちも早いもので創業95周年になり、95周年の為になんとか2万・3万円クラスのワインを3000円くらいで売りたいということで、これもカリフォルニアのナパバレーに行き、ステージコージという最高の畑(ここの畑で作っているワインで1万円以下のワインはないのですが)の葡萄を全部買いつけて、現地のワイナリーで全てオリジナルで作っていただきました。ここに書いてある言葉も「ヴィノスやまざきの95周年を記念して作りました」と書いてあります。これも今年売上No.1になりました。通常お客様の「こういう味のワイン」というものを仕入れると高くなるので、「この味で3000円以下」というのを実現したらやはり売れました。そういうワインも作っております。そして今年11月の第3木曜日、ボジョレー解禁日ですが、皆さんボジョレーヌーボーのご予約はもうお済みでしょうか?
私今日このようなものを持って参りました。今年の春、フランスのボジョレー地方でボジョレーの騎士という、日本でボジョレーを啓蒙した人に与えられるこのような勲章をいただきました。勲章もいただいてしまったので、今年のボジョレーはいい物を作ろうということで、実際に現地に行き、1回目は葡萄の収穫に参加し、2回目は全部のタンクの味見をしました。
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ワインはタンクによって味が異なります。ひとつの畑があり、その区画ごとに収穫してワインを作るので、日当たりの良い畑のワインは甘いとか、そうでもないとか、酢っぱいとか、それらをブレンドして通常はヌーボーを作るのですが、7つのタンクのうち一番美味しいタンクはうちのお客様用に買付けてしまって、あと2つのタンクのものを混ぜて、そして自分たちのヌーボーを作りました。
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私達が拘っているボジョレーヌーボーはコンビニでもどこでも売っています。殆どは葡萄農家から葡萄を買って、工業生産的に日本用に作っているところが多いのですが、ボジョレーヌーボーは一般の方もお飲みになるので、これによって、ワインが好きになるか嫌いになるか、ものすごく大切なマーケットづくりの火だと思っています。ですので、特に力を入れているのですが、まず一つは畑に拘り、現地の葡萄の栽培もすべて自分達で行っているという生産者を選びました。普通のメーカーさんのボジョレーヌーボーは8月末には収穫しています。現在はどんどん早摘みで摘んで、日本にはもう第一便が届いたというニュースがありびっくりしたのですが、うちの生産者は完熟した葡萄の美味しいワインしかうちが許さないので、今年の収穫は9月28日でした。一般的なボジョレーヌーボーの生産者より1ヶ月遅く、葡萄が完熟するまで収穫を待ちました。完熟するまで待つというのは、リスクもありますし、収穫量も減るわけです。それでも待って、そして瓶詰する前にもう一度現地に(10月の第2週位に)赴き、味を全部チェックします。美味しくなかったらキャンセルすると言ってありますので、本当に一生懸命作ってくれていて、素晴らしいワインをサンプラージュ(調合)してきました。
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後で買付の様子など見てもらいますが、これはギオさんというここの蔵元です。普通のボジョレーはボジョレー地区のもので、その上の方にボジョレービラージュ地区というもっと良い区画があり、そこがボジョレーヌーボーの最高の評価になるのですが、実はそのさらに上にボルゴン村という村があります。お米で言うと新潟米の中の魚沼村のようなもので、そこにグランクラという特級畑があります。畑の名前がつくフランスのブルゴーニュなどに行くとワインが急に数万円になってしまうのですが、うちは、このボルゴン村の葡萄とグランクラの特級畑の葡萄でボジョレーヌーボーを作らせています。つまり敢えて格下げしています。というのは法律でそこまで高いランクの葡萄でヌーボーを作る人たちがいないので、一番高いランクでもボジョレービラージュヌーボーなのです。
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うちのヌーボーは、例えば3000円であれば、中身は5000円、6000円並のワインというくらい品質に拘っています。ですから、今年も9月28日に収穫した葡萄のボジョレーを1980円で売ります。お値段については、お客様から「今年は景気も悪いしコンビニでは1000円台で売っている」という情報をいただきましたが、1000円台で売っているようなものは、絶対早摘みのあっちから買ったビショビショのワインが多いのですが、我々はここまでして1980円で売ります。というのは、生産者にもいかにボジョレーヌーボーが日本のマーケットでワインのファンを増やすために大切なのかということを伝えているので、ここまでした葡萄で1980円でやっていただいております。
この生産者は現地の三ツ星レストランとかそういうところにしかお届けしない拘りの生産者です。そのような生産者のワインが1980円。これは社員用の報告書ですが、このボジョレーはものすごく濃くて、あとで実際に映像で見ていただきますが、普通のボジョレーヌーは色が薄くてビシャビシャビですが、ヌーボーとは思えないくらい濃厚だったのでぜひ映像で見てください。時間がだんだん無くなってきたので、実際に濃縮した色を出してください。ボジョレーヌーボーは飲まないよとか、ボジョレーヌーボーは飲んだことあるけどこんなもんだと思っている方、絶対もっとこれより薄いものだったと思います。ここまで濃縮した葡萄で作っていただいております。あとこのシャテルスというボジョレーの一番南の所ですが、ここの生産者は地元で一番という生産者ですが、更にその中から拘ったタンクだけを全て見て、私たち自身でアッサンブラージュをして責任をもって販売をするという活動をしております。自分達自身でアッサンブラージュした、大変個性的なフルーティーなワインができ上がりました。
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その他にも南フランスのワインを日本に輸入したのは当店が日本で初めてということもありますので、南フランスにはいろいろな地元の農家とのつながりがあり、地元のコンテストではいつもNo.1というシャトーラグラーブというところに、赤と白のヌーボを作っていただいており、お値段も1380円ということもあって、毎年ご好評をいただいております。今年はパッケージに拘って、お客様がすぐに赤ワイン、白ワインと解るようにしております。うちは6本セットでお買い上げのお客様が多いので、お店においてそのまま女性が手で持って帰れるようなパッケージも今年は拘ってみました。今飲んでいただいたソレイユですが、ワインの飲めないお客様(これもうちの母です)が、「ソレイユのヌーボーはないの?」とこれまた無理難題を言いまして、低アルコールのソレイユで今年ヌーボーを作ってもらいました。これも今からすごい気負いの注文をいただいておりまして、(特に2009年がものすごく良い年でしたので)今お飲みいただいたものよりもっと甘くて美味しいソレイユヌーボーが出来上がりました。また、我々が蔵元に買付に行くと、わけていただけない蔵の秘蔵ワインなどがあり、そういったものをうちのお得意様だけ、特定の方だけにお届けする、ワイン倶楽部という会員制の倶楽部があり、クラブ会員の方には、我々が現地に行った時に蔵の片隅にあるオールドビンテージをのワインをお届けする、といったサービスも行っております。

ヴィノスやまざきのスターブランドというと、どういうものがあるか考えてみました。1番は品質と価格への信頼です。これは食べるものを、飲むものを、口に入れるものを売る商売である以上、何屋であってもこれは絶対ではないかと思います。まず美味しいということに尽きると思います。いくら綺麗にしても、かっこいいお店を作っても、美味しくなければダメですし、その美味しさよりも価格が上回ってはいけないという風に考えています。美味しいというのがまずもっての必須条件です。これは譲れないうちの大きな要因です。そして2番目が顧客満足の提供です。これも物を買うだけでしたら、ネットでも何でも調達は出来る訳です。しかし敢えて小売業というお店が存在しているのは、かつては物の受け渡し業であったからだと思います。戦後IやDが発展していった時、物がない時代だったと思います。メーカーが作った商品をお客様に手渡す場、それが小売業であったと思います。
しかし、現在物があふれているこの時代、私は小売業とは、このお店に来て楽しかった、このお店にきて良かった、とお客様に満足していただけることに意味があると思いますし、それがお店のブランド力ではないかと思います。私が最近一番嬉しかったのが、蔵の祭典というイベントで、世界の生産者さんとお客様が歌って踊ったときに、お客様が「楽しかった。ありがとう。ヴィノスやまざきさん存在してくれてありがとう。私達の人生がお宅のお影で本当に楽しくなりました。」とあるご夫妻の方に言われた時に、「酒屋をやっていてよかった」と本当に思いました。こんな顧客満足、この店が楽しい、この店に行きたい、何も買うものないけれどあのお店に行ってみたい、と思っていただくためには、社員・スタッフが本気で、上っ面ではなく、お客様のことを思ってお客様とコミュニケーションが取れる人材に育っていくことが大変必要なのではないかと思います。
そして透明性です。商品だけではなく、なぜこの商品は安いのか、どういうコンテナに乗ってきているのか、その仕入れ過程などもお客様に全てオープンにしております。そして何かあったとき、例えば虫が入っていたことがありますが、これは有機栽培で作っているワイナリーに良くあることですが、そういう時も「虫が入っていました。それはこういう理由だからです」と情報をオープンにしてまいりました。いっときはクレームやご批判をいただきますが、とにかく力がない小さなお店ですので、お客様に支えていただいてここまでやってきました。お客様に一緒にやっていただくといか、お客様は仲間だと思っていますので、それがすごく大切なのではないかと思います。お客様が「これは私のお店なのよ(This is my store)」と言っていただけるようなお店になること、それが小売業である私達が目指すストアーブランドではないかと考えております。
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本日いろいろお話をさせていただいて、最後5分になりました。映像も見ていただけなかったので残念ですが、ヌーボーの映像もインターネットでご覧いただけるようになりましたので、是非ヌーボーの買付の映像もネットで見てください。また、今いろいろなメディア、雑誌で紹介されております。KやHやフランス新聞にまで昨年のヌーボーの時などは取材されました。多くの取材をしていただきました。これは南フランスの生産者が美味しいワインは全部ヴィノスやまざきに売って、もう現地に売るものはないという話から、フランスのミディヌーブルという新聞が、「美味しいヌーボーを飲みたかったら日本に行きなさい」という記事にしていただきました。また、日本ではY新聞に特集をしていただき、また講談社のセオリービジネスでは、日本一のカリスマバイヤー、本当に美味しいものが仕入れられるバイやーのいる店という題で、19人のバイヤー(ワインは1名だけでしたが)を取り上げていただきました。
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今、いろいろな方に支持していただいてお店も伸びていますが、どんな時代が来ても私達はお客様と生産者をつなぐ懸け橋となり、そして先々代の祖父が大八車で農家からお客さんの所に行商に行ったように、また先代である父が鉄道で小さな蔵に行きお客様に三輪車で配達したように、私達は飛行機と船というように乗り物は変わりましたが、大八車を引いてお客様の為に一軒一軒足を使って働くことを厭わない、そんな商人であり続けたいなと思います。それは全て私達の企業理念でもあり、私が救われて商人として生き返った一言「店は客の為にある」ということだと思っております。皆様本当に長い時間、退屈な話を眠ることなくご拝聴いただきまして、本当にありがとうございました。ご静聴ありがとうございました。
添付資料(印刷用にご利用ください)
- 20091106report.pdf (2.1 MB)















